世界で一番軽い金属、リチウムは現在世界中で需要が急増している。リチウムはガラス・セラミックや、充電可能なリチウムイオンバッテリーに用いられ、バッテリーは携帯電話やパソコン、ハイブリッド・電気自動車などに使用される。
2006〜2016年の10年間で、リチウムの価格は約3倍にまで高騰した。今後もハイブリッド・電気自動車、スマートフォンに加え、ソーラーなどの再生エネルギー用のバッテリーなど、リチウム需要は更に増していくと考えられており、各国の企業がその資源の獲得のために注力している。
ではそのリチウムはどこで産出されるのか。現在主要な産出国として挙げられるのはオーストラリアやチリ、中国などだが、世界の全埋蔵量の約70%は南米のボリビア・チリ・アルゼンチンの3カ国に存在すると推定されている。この3カ国のリチウム産出地域はリチウムトライアングルと呼ばれており、特にその中でも、ボリビアのウユニ塩湖は世界の全埋蔵量の約50%のリチウムが眠ると言われる世界最大のリチウム鉱床である。
ウユニ塩湖はまだ開発されておらず、今後世界のリチウム需要を満たすためにはこの鉱床の開発は必要不可欠だ。しかし、このボリビアに眠る莫大なリチウムをめぐり様々な波乱が起こっている。

ウユニ塩湖 (写真:Ksenia Ragozina /Shutterstock.com)
ボリビアは南アメリカ大陸の中央部に位置する国で、金や銀などの重金属や石油・天然ガスといった豊富な天然資源に恵まれている。しかし奇異なことに中南米の最貧国の1つでもある。

解説地図: mapcruzin 、 siteselection より出典
2006年よりボリビア大統領を務めるエボ・モラレス大統領は、リチウムを経済成長の鍵と考え、リチウムの採掘・バッテリー生産まで全て国内で行う意向で、9億9500万ドルを2019年までにリチウム開発に投資すると発表した。
発展途上国で鉱山開発を行う際は外資系企業が関わることが多いが、その場合大半の利益は企業側に流れてしまうといっても過言ではない。実際に、近年鉱物資源の価値が跳ね上がっていたにも関わらず、鉱山を持つ中南米諸国の利益には反映されていないという事実がある。この利益分配は国と企業の間で正式な合意がされた上で行われていることだが外資系企業とボリビア政府との力関係からか、外資系企業に有利に分配されることが多い。
しかし、それ以上に問題になっているのは不法資本流出だ。外資系企業はタックスヘイブンなどで関連会社を経由させることや、不正価格設定をすることで脱税を行い、本来途上国に納められるべき税金を搾取するという仕組みである。この問題は注目されることが少ないが、世界的規模で見ると、最貧困国・発展途上国からの不法資本流出は先進国による政府開発援助(ODA)を遥かに上回るレベルとなっている。2003年から2014年までの10年間で、ボリビアから不法資本流出したと推定される金額は約62億ドルである。
非常に莫大な金額ではあるが、チリやアルゼンチンといった他の中南米諸国と比較すると決して多くはない。外資系企業がボリビアでリチウム開発を担うことになるならば、この額が膨れ上がるだろう。不公平な利益分配と不法資本流出が横行している現在、外資系企業が開発を行うことは途上国にとって損が非常に大きいのだ。
グラフ:Global Financial Integrity (GFI)のデータに基づいて作成
また過去にボリビアでは、コチャバンバという都市の水道事業を外資系企業の下で民営化した結果、水道料金が2倍以上に跳ね上がった「水紛争」と呼ばれる事件も起きている。このような先例もあり、モラレス大統領はリチウムでの利益を自国に還元するために、国内での開発を望んでいる。
一見、自国で開発を行うことはボリビアにとって最善の選択肢であるように見えるが、国内では賛否両論がある。前述したように、ボリビアは中南米の最貧国の1つであり、大規模なリチウム開発を行うだけの資本がないと言われている。また2016年8月にボリビア政府に対して、鉱山の規制緩和を行い外資系企業の参入を認めることを求めた鉱山労働者がデモを起こし、交渉に当たっていた副大臣が殺害される事件も発生している。外資系企業の資本が入れば労働賃金は上昇すると睨んでの要求だろう。
また資本以外にも、開発による環境破壊の懸念もある。すでにボリビアでは、金や銀などの重金属の採掘により、鉱山周辺で土壌汚染・水質汚濁・大気汚染などの環境問題が発生している。そして水に乏しい地域で見つかるリチウムの採掘には大量の水が必要で、水の枯渇や汚染などの危険性が高い。開発を行う上で、環境汚染を防ぐことも考慮して進めていかなければならないだろう。
ボリビアのリチウム開発は、先進国による搾取の構造や環境問題、労働問題などが絡み、他にもここでは述べていないが国内での格差や民族対立といった問題も内包される。
様々な事象が絡み、問題は複雑化しているが、これを読み解くことでグローバル化により引き起こされた問題の構造の一端を見ることが出来るだろう。
ボリビアのリチウムを巡っての波乱はまだまだ続く。その後の行方に今後も注目し、最善の開発とは何かを考えていきたい。
ライター:Mai Ishikawa
グラフィック:Mai Ishikawa