2001年のアメリカ同時多発テロからもう17年がたつが、テロへの関心は依然として高いままである。フランスの同時多発テロ、ドイツのクリスマスマーケット、イギリスのコンサート会場など、先進国で起こったテロが大きな注目を集め、「テロリストたちが世界を恐怖に陥れた」ことは記憶に新しいだろう。では、テロよりもはるかに破壊力のある武力紛争はどうか。先進国で「次々と」発生するテロに、いつ自分が巻き込まれるか不安になるのに比べて、紛争はどこか遠い国の出来事のように感じられることはないだろうか。この傾向に報道は関連しているのか。紛争とテロに関する情報が、新聞によってどのように日本の読者に届けられているのかを分析する。

サウジアラビアによって空爆されるイエメンの首都、サナア (写真:fahd sadi /Wikimedia Commons [CC BY 3.0])
報道量で見る紛争とテロ
紛争とテロの報道量による注目度がどのようなものか、これから2つのグラフを使って分析していく。まずは、2016年の1年間で読売新聞が報道した各国の紛争とテロの報道量を文字数で計測し、ランキング形式で並べたものだ。左側には2016年1年間の各紛争・テロの合計死者数を添付してある。
これを見ると、第1位のシリアを除き、首位をテロが占めていることがわかる。2位のベルギーは、2016年3月に発生したブリュッセルのテロ関連が大半を占める。「アメリカのテロ」は第3位にランクインしているが、取り上げられたトピックのほとんどは、実際に発生したテロに関するものではなく、アメリカが掲げる対テロ政策に関するものだ。第4位のフランスのテロは、2016年に発生したニースのテロだけでなく、前年2015年に発生したパリ同時多発テロについての報道も依然として多かった。
今度は反対に、死者数が多かった紛争・テロをランキング形式に並べたグラフだ。右側にその報道量を添付しているので、先ほどのグラフと見比べていただきたい。
二つのグラフを見くらべて感じていただきたいのは、シリアを除き、被害規模の圧倒的に大きかった紛争よりも、テロが大々的に報道されていることである。例えば、テロの中でも最も注目を集めたベルギーは35名の死者数で36,000字報道されたのに対し、麻薬カルテルの勢力やギャングとの戦いで、このテロの死者数の1,200 倍に当たる39,000 人が亡くなったメキシコと中米北部地域(エルサルバドル・ホンジュラス・グァテマラ)の紛争や、3,500名が亡くなったスーダンの紛争は、1年間でただの1度も報道されていない。
さらに 、報道の時期に着目すると、紛争が1年を通してこの量しか報道されていないのに対し、テロは発生後のたった数日間で何万字も報道されている。また、グラフ以外にも、インドネシアやマレーシアなど、日本に地理的に近い国でテロ未遂が起きれば、注目すべき事件として紙面に載ることが多々あることが分かった。つまり、テロが未遂に終わり、実質的な被害が全くない状況でも、それがテロであるだけで、報道されやすい傾向があるということだ。
見えない死者たち
グラフの死者数の対比からも容易に想像がつくだろうが、紛争はテロに比べて、圧倒的にその国に与えるダメージが大きい。テロが破壊するものはあくまで極一部の建物や施設であり、紛争よりも圧倒的に死者が少ないのに比べて、紛争はその国の政治、経済、インフラなどすべてを破壊し、言うまでもなくテロの何百倍・何千倍もの死者が出る。先ほどのグラフで紛争の死者数だけが概算になっているのは、数えきれないほど死者が多いからで、メディアの監視の目が入らない紛争地域では死者数の正確な記録すら十分に残っていない。
このグラフがカウントしているのは暴力による直接死のみだが、紛争が引き起こすその他さまざまな問題を死因とする死者数を含めると数はさらに増える。例えば、ソマリアでは反政府勢力のアルシャバブ、ナイジェリアではボコハラムなどの武装勢力による民間人への暴力だけでなく、保健衛生機能の停止から蔓延する感染症などの間接死でも多くの人々が命を落としており、紛争で亡くなる方のほとんどの死因はこの間接死だ。例えば、イエメンでは上下水道などインフラ設備の破壊により、衛生環境が悪化し、戦後最多と言われる100万人がコレラに感染した。さらに、紛争は、国を追われた難民が近隣国にも流入することで、他国の社会や経済にも影響を及ぼす。コンゴ民主共和国を例にとると、2016年の1年間で家を追われた人々は約268万人、そのうち、国外への避難を余儀なくされた難民は約45万人で、こうした人々は近隣国の国境に設けられた難民キャンプに流れ込み、何年もそこで生活を送ることも少なくない。

コンゴ民主共和国の難民の子ども、難民キャンプで暮らす (写真:Elisa Finocchiaro /flickr [CC BY-NC 2.0 ])
注目されるテロ、注目されない紛争
では、国や人々のあり方をこんなにも大きく変えてしまう紛争が、テロと比べて注目されないのはいったいなぜだろうか。このような報道のメカニズムとして考えられるものをいくつか挙げよう。まず特筆すべきは、1つ目のグラフで報道量の多かったテロが起こった国として、ベルギー、ドイツ、フランスなどの先進国が多く見受けられることだ。これらの国々は、生活水準の高さや、国内で紛争よりもテロが発生する可能性の方が高い点などから、現在の日本によく似ている。また、貿易相手や観光の行き先としてもなじみがあるだろう。最貧国よりもこれらの親近感の持てる先進国で起こった出来事を、日本の視聴者はイメージしやすい。つまり、最貧国で起きている紛争の悲惨さよりも、先進国で発生したテロの恐怖に共感しやすいということだ。最初のグラフをみると、これらの先進国に並び、発展途上国であるバングラデシュでのテロもかなり報道されているが、それは、このテロで日本人に直接的な死傷者が出ているからだろう。
生活水準の高さや貿易、観光等のつながりに並び、報道機関の海外特派員の配置も紛争の報道量を減少させる大きな要因だ。この問題については過去の記事で詳しく取り扱っているが、まずアフリカにほとんど支局が置かれないこと、また、数少ないアフリカの支局も紛争の現場から地理的に遠く、インフラも十分に整備されていないため、ヨーロッパなどの都市部で起こったテロの現場に比べると、特派員には駆けつけにくい。これも、紛争の報道量がテロに比べて少ない原因だ。同じ理由で、先進国で起こったテロが、途上国で起こったテロよりも報道されやすいという問題もあるが、そちらについては過去の記事を参照していただきたい。

イラクのバグダッドで爆弾として使用された車の跡 (写真:Jim Gordon /Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
テロは「めずらしい」?
先進国で起こったテロが大きな注目を集める最後の理由として、メディアが「意外な出来事」を好む点が挙げられる。ここまでグラフで見てきたように、先進国で起こったテロは大きく取り上げられてきた。しかし、そもそもテロはそんなに珍しいものなのだろうか。報道だけを見ていると、先進国だけで「次々に」テロが起きているように見えるが、実際はどの紛争地でもテロは日常茶飯事だ。シリアでも、ソマリアでも、イラクでも、ナイジェリアでも、爆弾テロが多く見られる。メキシコ・中南米での麻薬関連の紛争では、見せしめのための脅迫手段にもなり、テロと紛争は、切っても切れない関係にある。しかし、メディアは「意外性」を売り物にするため、普段爆発が起きない先進国のような場所で爆発が起きると、報道が一気に増え、逆に、日常的に爆発の起きる場所ほど、報道量は少なくなるという皮肉な結果になるのだ。
メディアはテロの「酸素」
テロは暴力の一種として、センセーショナルな出来事を突発的に引き起こした反政府勢力が、メディアを通して人々の注目を集めることによって大衆の恐怖心を煽り、社会における存在感を示すのが狙いである。裏を返すと、メディアがテロの現場にいち早く駆けつけ、現場の悲惨さをセンセーショナルに取り上げて世間に発信することで、実際は比較的小さい被害を大きく見せ、弱い加害者を必要以上に恐ろしく、「世界を恐怖に陥れる」存在として認識させてしまうのだ。このような現在の報道は、残念ながらテロを起こして「こっちを見てくれ」と思っているテロリストたちの思うつぼであり、メディアがテロの「酸素」となって、テロリストたちの生き延びる術を提供してしまっているとも言える。テロ発生後の報道量が多ければ多いほど、追加のテロが起きやすいという研究結果まで発表され、メディアの報道がテロリストの犯行を助長するとすらいえるかもしれない。

ベルギー、ブリュッセルのテロの現場に駆け付けるマスメディア (写真:LeMecChat77 /Wikimedia Commons [CC BY SA 4.0])
だからテロを報道すべきでない、と私は述べたいのではない。トピック次第で、ある出来事を必要以上に脚色して大きく見せたり、逆に無関心と思えるほど取り上げなかったりする報道のアンバランスを指摘したいのである。現状の報道では、紛争の被害の大きさに見合った報道がなされているとは到底言い難い。日本と似ている国で起こったテロは確かに脅威だが、だからといって遠い国の紛争を他人事のように扱うべきではないし、グローバル化が加速する中で、日本が遠い国の紛争に完全に無関係だとは言えないだろう。メディアから見える世界に、このようなバイアスがかかっていることを自覚しながら普段のニュースを眺めるだけでも、世界が違って見えてくるかもしれない。
ライター:Yuka Komai
グラフィック:Yuka Komai
ひどいですね。
バランスがまったくとれてない報道で、現実が全然見えてこない。
「テロ」が比較的に小さいな問題なのに、報道がこのように武力紛争を忘れ、テロに夢中になると、
テロの発生率にも影響するし、紛争への対応のなさにも貢献してしまう。
紛争で命を落とす人の多くが「間接死」が原因であることに驚きました。現代医療の技術があれば防げるようなことが原因で亡くなっている人もいるのだろうと思います。適切な報道がされることが他国の支援を得ることにも繋がると思うので、バランスのとれた報道がなされることを願うばかりです。