北朝鮮という国に対して抱かれるイメージはどのようなものだろうか。拉致やミサイルへの恐怖?人権侵害への怒り?崩壊しかけの社会主義一党体制?学者はこのようなイメージを、「理解不能」、「侮辱と恐怖」と言語化している。
では次に、旅行で足を運ぶのも難しい北朝鮮に関する情報は、普段どこで手に入れるものだろうか。北朝鮮は「わが民族同士」という公式ウェブサイトをもち、日本語でも閲覧することができる。国営通信社 「朝鮮中央通信」も、“Korean News”と称し英語でニュースを配信しているが、それらを日常的にチェックしている人は少ないのではないだろうか。SNS上で人々の日常生活が簡単に見つかるわけでもない中で、私たちが得る北朝鮮に関する情報の大部分は、日本のテレビや新聞から見聞きしたものであるように思う。
ただ、外国メディアが北朝鮮国内で自由に、独自で取材をするのが難しいため、 各メディアは同じ情報ソースを使い、北朝鮮当局からの写真や映像を使わざるをえない。ニュースを構成する情報の画一性は否めない中、その見せ方を工夫して独自性を出す、「料理」の役割は大きいものだと考えられる。よって、私たちがもつ北朝鮮のイメージの形成は、日本のメディアの見せ方の影響を大きく受けている可能性が高い。この記事ではテレビ映像自体を分析し、メディアの北朝鮮の写し方や切り取り方を、北朝鮮を取り巻く大イベントの前後を比較することによって検証する。

写真:金正恩とトランプ大統領、2018年6月12日の米朝首脳会談で (写真:Shealah Craighead, White House Photo)
米朝首脳会談についてのNHK報道
画像は、2018年6月12日に行われた米朝首脳会談での一枚だ。このシンガポールでのイベントは史上初の米朝のトップ会談で、ハノイでの第二回と合わせて記憶に新しい。北朝鮮の第3代指導者、金正恩委員長の映され方は変わったのか、今回はNHKの夜の報道番組「ニュースウォッチ9」を例にとって検証する。
「ニュースウォッチ9」は平日の夜9時から10時までの報道番組で、この米朝首脳会談の前後1ヶ月(5月12日〜7月12日)の43タイトル(※1)を検証したところ、北朝鮮に関するニュースを扱っていたのは25日間の計203分であった。

目線を戦わせているように見えるトランプ大統領と金正恩委員長(5月18日)
会談前の1ヶ月には15日間(計118分)、会談後の1ヶ月では9日間(計46分)と、前後では大きく報道量が異なる。会談が実際に行われるかの混乱が連日報道されて会談前の報道量が多くなったこと、そして大阪での地震や西日本豪雨災害が相次いだことも関連し、会談後には報道量が減ったものと思われる。6月12日の会談当日には、番組の3分の2にあたる39分間がそれに関するニュースだった。
内容としては、北朝鮮高官とアメリカ政府高官が米朝会談についてすり合わせを行なっている過程についてのニュースや、専門家やNHKのワシントン、ソウル特派員による解説などが多く見られた。北朝鮮の市民の生活を捉えようとする映画や写真集の特集(5月16日、6月28日)もあったが、朝鮮中央テレビからの映像も多く使われており、トランプ大統領や拉致被害者家族の会見も多く組み込まれていた。会談前日と当日(6月11日、12日)には、有馬嘉男キャスターがシンガポールから中継を行い、会談の映像や街の様子などを伝えていた。
注目される金委員長の行動
では、その北朝鮮、とくに金正恩委員長の「見せ方」は米朝会談を境に変わっているのだろうか。まず、金委員長のどのような行動が切り取られ、映像として使われているのかを、米朝会談当日を除いた前後1ヶ月で比較したのが以下のグラフである(※2)。
会談前には、 誰に対してかは不明でありながらも言葉を発している金委員長を背景にナレーションを被せた映像や、彼が朝鮮人民軍に向かって話している場面、韓国の文大統領やロシア外相と会談をしているなど、「話す」場面が多く見られた。その一方、会談後は金委員長がトランプ大統領と握手をしている模様や、会場のホテルを2人で散策している模様がより長く使われていた。
また会談前には、何をしているか判断がつかない顔の表情だけが切り取られることが多かった。上の写真のように、トランプ大統領と金委員長の顔を画面の左右に写し、お互いが対面したり睨み合ったりするように加工された画像とともに、「会談が〜日後に迫った、、」とナレーションが加えられている。しかし会談後にはそれも減り、金委員長の握手や歩いている様子などがより長く映されていた。
また、会談前にはよく見られた委員長の軍への敬礼や軍を見つめる映像が米朝会談後に使われたのは1回のみで、軍を前にして険しい顔を見せる金委員長のイメージはつかみにくくなっているといえよう。
笑う最高権力者
次に、金委員長の表情を分析する一環として、彼の「笑顔」がどれほど画面に写っているか、時間を測って検証した。ここでは彼の顔の口元が上がっているのを、笑顔と捉えている。以下は金委員長の映像が使われている秒数のうち、彼の笑顔を見せていた割合を時系列で表したグラフだ。
このグラフから、会談前から会談後につれて笑顔の時間数が増えていることが読み取れる。すなわち会談当日を除いても、会談後の1ヶ月間の金委員長の映像の50%以上で、彼は笑顔であったということだ。 単純に会談後のニュースだけを見て判断すると、 冒頭のような「理解不能な独裁者」というイメージより、国際協調を推し進める柔和な印象が先行するに違いない。実際の核・ミサイル問題、拉致問題を始めとする人権問題が解決していない中で、この傾向は、金委員長に対する偏った印象を与えかねない。

トランプ大統領と握手をし、笑顔を見せる金正恩委員長(6月28日)
また会談前には、金委員長が白い壁を前に誰かに語りかける映像など、同じ映像がしきりに、様々な文脈の背景として使われていた。ただ会談後になると、その映像はほとんど使われなくなり、会談の映像が多くを占めていた。この検証を総じて、画面に映される映像資料のバリエーションの少なさが目立つ。だからこそ、世界中のメディアが金委員長を撮影できたシンガポールでの会談映像は貴重で、それが会談後にも笑顔の金委員長の映像がよく使われていた原因のひとつかもしれない。
映像も「作られる」もの
そして、背景の映像が同じでも、そこに重ねるナレーションやテロップの文字によって、彼の印象は簡単に操作される。下の写真のように、金委員長のメガネを掛け直す仕草を、首脳会談を取りやめることを企んでいる図のように使っている映像があった。映像制作者の想像力の結晶と見ればそれまでだが、金委員長はそれを意図してメガネをかけ直した訳ではないはずだ。やはりメディアが映像の一部を切り取り、伝えたいことをあたかも当事者からの情報のように「語らせる」ことは簡単なものだと思い知る。

めがねをかけ直す仕草をミステリアスに見せている(5月16日)
切り取る行動を変えること、切り取る表情を変えることで、視聴者の印象を操作することは意外なほどに簡単なのである。あの米朝首脳会談が単なる「政治ショー」だと批判されたように、私たちもそれを「ショー」にしたメディアの見せ方に踊らされたのかもしれない。ひとつひとつのシーンに対する批判的な視点を含めたメディアリテラシーが、私たちに求められている。
※1 期間中9回の土日、サッカー中継による休止が一度ある(6月19日)。また、7月6日は豪雨災害のニュースで2時間の放送。
※2 金正恩の行動を、話す・表情・歩く・握手・軍パレード(敬礼・軍をみつめる)・手を振る・拍手・ハグ・写真撮影・署名の10のカテゴリーに分け、回数をカウントした。
ライター:Shiori Yamashita
報道される指導者の行動を分析するという観点が面白かった。
確かに、私自身も米朝会談で金正恩の印象は良くなっていたことは否めない。
報道の切り取られる部分によって無意識に誤ったイメージを付けられる危険性を自覚した上で、批判的に物事を捉えていきたいと再認識させられた。
“疑うことが重要だ”と口で言うのは容易いけれど、いざ振り返ってみると想像以上にメディアに洗脳されている自分がいるのに気づいた。