ケニア政府は安全上の問題から2022年6月30日までにケニアにあるかつて最大であった2つの難民キャンプ、カクマとダダーブを閉鎖すると発表した。2つ合わせて43万人の難民が厳しい状況の中で暮らしている。難民キャンプの閉鎖がこれらの難民たちにどのような影響をもたらすかはいまだ不鮮明である。
最近はロシアのウクライナ侵攻により発生した難民に対しても注目が集まっている。2022年5月時点でウクライナから国境を超えた人の数は700万人を超えると言われている。彼らが命の危険から逃れてきていることは紛れもない事実であるが、しかしそれでも他の難民と比較した時に恵まれた状態であると言わざるを得ないのもまた事実である。この記事では取り上げられることの少ない難民キャンプの実態、そしてその中で広がり続けている格差を探る。

バングラディッシュにあるクトゥパロン難民キャンプの様子(Russell Watkins / Flickr [CC BY 2.0])
難民とは
そもそも難民とはどのように定義されるのだろうか。1950年国連難民高等弁務官事務所(※1)(UNHCR)規程、1951年難民条約、1967年難民議定書において、「『難民』は、人種、宗教、国籍、政治的意見または特定の社会集団に属するという理由で、自国にいると迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れ、国際的保護を必要とする人々」と定義されている。しかしながらこの定義には武力紛争から発生する難民は含まれておらず、実際に「難民・避難民」として扱われる人は定義以上にいるとされている。近年では上記の定義(条約難民と呼ぶ)の他に広義の「拡大された定義の下での難民」という扱いをするようになり、それらもUNHCRの支援対象者である。しかしながらその定義の中に同じような原因で家を追われたが越境をしていない「国内避難民」と呼ばれる人は入っていない。特定の危機の場合では国内避難民もUNHCRの支援対象になる場合もあるがその多くが保護されていないという現状がある。
難民は現在世界にどれだけ存在しているのだろうか。UNHCR によると2020 年に紛争や迫害を原因に家を追われた人は世界に8,240 万人いるとされる。これは世界人口に換算すると100人に1人である。そのうち、難民は約 3,030万人(うちUNHCR の支援対象者は 2,070 万人、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)(※2)支援対象者は570 万人)、国内避難民は約4,800 万人、庇護希望者は約410 万人。2021年時点で難民を出している国の上位3カ国はシリア、ベネズエラ、アフガニスタンで難民を受け入れている国の上位3カ国はトルコ、コロンビア、ウガンダである(※3)。ここからわかるように難民を受け入れる国も低所得国であることが多く、そのために支援の体制が整えられないといったことも頻繁に起こっている。
さて、この3,030万人の難民はどのような場所に住んでいるのだろうか。俗にいう難民キャンプと呼ばれる場所に身を置く難民は少数派でその割合は約22%である。残りの78%は知り合いや支援者の住居に受け入れてもらったり、独自で家やアパートを借りたり、空き家や使用されていない建物に住んだり、空き地にテントを張るなどして暮らしている。以下から、単純計算して約600万人以上が暮らす難民キャンプはどのような場所なのか詳しく見ていく。
難民キャンプとその問題点
難民キャンプとは受け入れ国や受け入れ国の要請に応じたUNHCRおよびその他団体によって設置される集団滞在施設であり、難民にとっては安全が保障され住居(テントや仮設住宅)、食料、水、衣類、医薬品、生活用品を援助してもらえる場所である。本来的に難民キャンプとは一時的な避難場所であり、難民が永住することを想定しているものではなく、本国が安全になれば帰国させる目的をもつ。

ヨルダンにあるザータリ難民キャンプに立ち並ぶ無数のテント(United Nations Photo / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
難民キャンプは難民を保護するためのもので、一時的な生活を提供する環境であるはずだが必ずしもその本義を達成できていない場合も多く、実際にはさまざまな問題を抱えている。ここからはその問題点に関して言及する。
まずは食料・水不足である。これはほとんどの難民キャンプが常に抱えている問題であり、難民キャンプ本来の目的を全うすることを阻害している一番の要因と言っても過言ではない。これはそもそも受け入れ国でも供給量の絶対値に余裕がない場合が多く、難民の分の必要量を確保できないことが問題である。特に水資源に関しては現地の水インフラが未発達であることでキャンプのロジスティックスが機能不全に陥ることにより行き渡らないことがある。また基本的に難民キャンプを設立する場所は国境付近にある痩せた土地であったりあることが多いので食料の自給自足をすることが困難であったり、飲料水の確保が困難であるのだ。また国連機関などが提供できる食糧も限られている。これは恒常的な問題であったのだが近年、ウクライナ情勢や新型コロナウイルスのパンデミック、気候変動を受け食糧の価格が上がりさらに提供の状況は厳しくなっている。
次に衛生状態の劣悪性が挙げられる。難民キャンプは非常に人口密度が高い。世界でも最大級の規模を誇るバングラディッシュのコックスバザールにある難民キャンプの人口密度は約3.3万人/㎢であり、これは世界最大級の人口密度を誇る同国の首都ダッカの人口密度を上回る値である。人口密度の高さは伝染病の蔓延度合いに直接的な影響をもたらすために難民キャンプは常にあらゆる感染症のパンデミックが起こる危険性を孕んでいる。また上記の水不足問題のところでも言及したが水インフラの未整備により、上下水道が発達しておらずそれも難民キャンプの衛士状態悪化に影響している。さらに衛生・医療スタッフの不足および衛生・医療関連資源の不足も大きな原因である。

ヨルダンにあるザータリ難民キャンプで水を汲む子どもたち(Mustafa Bader / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
そして次に難民キャンプへの滞在長期化によって起こる種々の問題である。上記したように本来の難民キャンプの目的はキャンプへの永住ではなく、本国に帰還する安全性が確保されるまでの「一時的」な避難場所である。そのため計画段階では短期的な居住を想定した簡易の施設を作ることになる。だが実際のところ近年の調査によると難民の平均滞在期間は20年を超えている。そのためそれに伴う問題も頻発している。
まず教育の欠如である。多くの難民キャンプでは教育を受けられる機会が設けられている。その一方で報告によると難民の子どもたちの就学率は年齢が上がるにつれて世界の平均との乖離が大きくなるという。小学校に通う割合の世界平均が91%に対して難民では61%であり、これが中等学校になると世界平均84%に対して難民では23%である。しかもこれは難民全体の平均であり、特に低所得国だけに絞るとおよそ9%まで下がる。
次に就業に関する問題もある。難民条約によると登録された難民には正当に賃金が支払われる職業に就く権利を認められているが多くの難民キャンプにおいて難民の就業は大幅に制限されている。さらに人種での制限も大きくトルコでは難民キャンプにいるヨーロッパ出身の難民には就業を認めているがその他、非ヨーロッパからの難民に対しては就業を大きく制限している。
他にはメンタルヘルスの問題がある。各種要因から家を追われた人はそれだけで心身に大きなダメージを負っている。自分の家族が命を奪われたり、自分自身も命の危険に晒されたりしている可能性は高い。その上、一時的な避難場所であると考えていた難民キャンプでの生活が長期に渡ることとなればそのダメージはさらに大きくなる。仕事ができない中でキャリアが築けない、子どもに満足な教育を与えてあげられない、子どもも含め将来がどうなるのかが不透明であることなど彼らの精神に多大な負担をかける。例えば、ギリシャにあるレスボス島にあるモリア難民キャンプを担当している医者によると圧倒される数の精神患者が存在しており、また調査によるとキャンプにいる子どもの4人に1人は自殺を考えたことがあるのだという。

オーストリアとハンガリーの国境を越えるための列に並ぶシリア難民(Mstyslav Chernov / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
難民キャンプの事例
ここでは難民キャンプの実態についてアジア、アフリカ、中東の各地域おける大きな難民キャンプの事例を取り上げながら解説する。
最初にアジア地域からバングラディッシュのコックスバザール地域に位置するクトゥパロン難民集落について。上記の衛生状態において言及したこの難民集落はミャンマーのロヒンギャ難民が逃れているキャンプの集合体であり、26のキャンプに約77万人の難民が暮らしている。その半分以上が子どもである。この地域では地理的な問題から自然災害における甚大な被害を受けている。毎年モンスーンのシーズンになるとキャンプそのものに壊滅的な被害が出る。洪水による避難所の浸水などが起こっている。さらにこのキャンプでは2021年3月に大規模な火災が発生しており、9,500もの避難所が破壊され4.5万人以上が一時的に家を失った。この事例からもわかる通り人口密集地域における自然災害は一回で大きな打撃をもたらすことがわかる。またこのキャンプでは食糧問題も深刻である。バングラディッシュ自体が裕福な国ではないため彼らは自分たちの食糧のほとんどを他の国からの食糧に頼るしかない。だがその支援物資も77万人という膨大な難民を包括することはできていない。
次にアフリカ地域からケニアにあるカクマ難民キャンプについて。このキャンプには南スーダンとソマリアをはじめとした15カ国から避難してきた18万人を超える難民が居住している。このキャンプの最も大きな問題として人口の過密によるインフラと資源の不足が挙げられる。特に水不足が深刻であり、一部の人はキャンプで支給される水では足りず、非公式に取引されている水を購入しているという。そんな中、冒頭でも言及があるようにケニア政府はこれらのキャンプを閉鎖することを発表している。閉鎖の理由についてケニア政府は、これらのキャンプが武装集団の結集地になっており、周辺地域の安全上の脅威となるためだとしている。しかしながら決定的な証拠はないままである。このキャンプの閉鎖に伴い、放出される難民たちの処遇をケニア政府として発表しているのが①自発的な本国への帰国、②東アフリカ共同体(EAC)(※4)の提供するキャンプへの代替滞在、③ケニア人としての帰化を認める、④第三国定住を促すというものなのだがプランとしてダダーブと合わせた43万人を包括できるほどのものではないと考える。現在はまだ実際に閉鎖されたわけではないが、閉鎖されたのちどのような問題が出てくるかは注目するべきであろう。

ケニアのカクマ難民キャンプにある学校(D. Willetts / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0 IGO])
そして最後に中東地域からヨルダンのザータリ難民キャンプ。このキャンプは2012年に設立された世界最大のシリア難民キャンプである。2013年に住民数はピークを迎え6万人のキャパシティに約20万人の難民が暮らしており、その影響でこのキャンプはヨルダンのなかで4番目に大きな都市となった。現在も約8万人が暮らす大きなキャンプである。このキャンプはシリア紛争に対応すべく、わずか9日で設営されたという特徴がある。そのため当初はライフラインや、住居などが整頓されていなかった。このキャンプでは違法就業が問題になっている。賃金の面や児童労働と言ったところでヨルダンにおける雇用法を守っていない非公式な雇用が横行している。現地ヨルダン人よりも賃金を安く払うだけで済む難民を雇用主が労働力として搾取しているという現状もある。しかしながらこれも正規の雇用を得ることができないという現状において是正することが非常に難しい問題である。
難民支援に蔓延る格差
受け入れられる場所や国籍やその人の人種によっては同じ難民という区分であっても全くもって最低限度の暮らしを確保できていない人がいるという現状がある。ここではそういった難民支援における格差に関して述べる。
まず難民支援の格差というものは大きく2つに区分できる。「世界規模で見た時の格差」と「同じ受け入れ国の中での扱いの格差」である。前者は違う国にいる難民の間の格差を指し、後者は同じ国に存在している難民でも国籍や人種によって扱いが変わると言ったような格差のことを指す。
最初に前者の「世界規模で見た時の格差」について取り上げる。国連を通して行われる緊急人道支援に関するデータによると2022年6月15日現在、ウクライナには国連諸機関が必要としている資金の70%が集まっているのに対してほとんどの国では概ね30%を切っている。その結果としてウクライナ難民は比較的安全かつ水、食糧、保険医療サービスへのアクセスが確保されている暮らしを送っている一方で、ここまで主に取り上げてきた多くの難民たちは次の日の生活さえ見えないままの暮らしを行なっている。そんな中、多くの国がウクライナの支援金に多額の予算を割いているが、その分、政府開発援助(ODA)の予算が大幅に増えたわけではなく、結果的に他の地域へ割く予算が減っているのではないかという指摘もある。

アメリカで行われたウクライナ支援のためのチャリティーコンサート(写真:Alec Wolvec / Wikimedia Commons [CC BY-NC-ND 2.0])
今回の事例と似た事案でウクライナと同じヨーロッパにあるコソボで20年以上前に起こった紛争による難民の発生がある。この時はこの紛争と同時にコンゴ民主共和国やエチオピア、アンゴラなどをはじめとする国々でも紛争が起こっていた。その中でもコンゴ民主共和国の状況は悲惨なものであり、結果として2年で170万人が死亡した。一方でコソボは2年間で2,000人が死亡するというものであった。しかしながら今回のウクライナの事例のように多数報道され注目の集まっていたコソボへの支援は必要とされていた金額とほぼ同じかそれ以上であったのに対してコンゴ民主共和国を含む7つの最も貧しい国に対しては必要とされていた金額の17%から44%の支援しか集まらなかった。
次に後者の「同じ受け入れ国での扱いの格差」に関して取り上げる。同じ国の中でもその難民の出身国や肌の色などによって扱いが違うことがある。例えば、ポーランドはウクライナ難民の大多数を受け入れている。ポーランドの内務副大臣はこれまでの難民と違って家庭への受け入れを積極的に進めていると公言した。その一方でポーランド政府は2015年にハンガリーと共に中東やアフリカからくる難民の受け入れを拒絶したという過去もある。さらに世論調査によるとポーランド国民の75%は中東とアフリカの難民を受け入れることに反対しているという。ウクライナ難民に関しては90%の人が自国に受け入れるべきであると考えているという世論調査があることと比較するといかにその格差があるかわかるだろう。
またスイスにおいてはウクライナ難民に対してS許可証が発行された。S許可証とは自国から逃れた理由の個別審査といった長期間にわたる難民申請手続きを免除し、避難民を迅速に受け入れられるようにすることを可能にする許可証であり、またそのほかにも他の難民は受けることのできない恩恵を受けることが可能になる。これはシリア危機の時でさえ発行されなかったものであり、これによりウクライナ難民たちはさまざまな恩恵を受けることになる。
日本という国は比較的難民に対して冷たい態度をとってきた国であり難民認定した割合は2021年において申請があった2,413人のうち74人で1%未満であった。しかしながらウクライナからの難民には異例の対応をとっており、迅速に1,000人の難民を受け入れると日本政府は公表した。彼らに対して受け入れ後も手厚いサポートをすることを公表しており、まず入国後はホテルに滞在させたのち、そのホテルを出る際の一時金、生活費を支給するとしている。またビザに関してもまずは90日のビザで入国するがそこから1年間有効なビザに切り替えることを許可するという。これは今までの日本の難民政策を考えると極めて異例のことと言える。
ウクライナ情勢以外にも同じ国でも扱う難民の国籍によって違う対応をしている例がある。トルコである。トルコにおいては多くのシリア難民を受け入れてきたものの、シリア難民の就業の権利は大きく制限されている現状がある。これはトルコにおいてヨーロッパ出身の人々にのみ「難民」という地位を与えるという独特の方針 によるもので、これにより非ヨーロッパ国であるシリア出身の難民に関しては「条件つきの難民」という扱いになり、労働許可が与えられなくてもできる非合法かつ、低賃金な職場での就業を余儀なくされているという現状がある。

トルコにいるシリア難民(European Parliament / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
なぜ格差が生まれるのだろうか
ここまで現在難民が置かれている現状およびその格差について見てきた。ウクライナ難民への支援は驚異的に集まっている事実がある一方で支援の不足により厳しい暮らしを強要させられている難民も数多くいる。この格差について考察してみるとそこには種々の可能性はありさまざまな指摘がなされている。その中でも人道主義における白人優先に関してはかなり格差に関係があると考えられている。ある指摘ではこのような人種による差別は個人レベルでもさらには国家レベルでも見られるという。またWHOの事務局長のテドロス・アダノム・ゲブレイェソス氏もウクライナ難民への扱いを受けて、「世界は緊急事態に際して白人と黒人を平等に扱っていない」と指摘した。
また報道も格差に大きく関連している。ウクライナのみに対して常に同情を引き出すような報道をすることでウクライナに対しては多額の支援が集まっているが他の人道危機に関しては報道されることも比較的少なく注目されないので支援は一向に集まらない。
難民支援のおける格差、特にアフリカ、中東、アジアにおける格差が是正されるにはどのような対策が必要なのだろうか。迫害から逃れた先で新たに迫害、差別されている人がいるという現状は見過ごすわけにはいかない。
※1 UNHCRは大戦後の1950年、避難を余儀なくされたり、家を失ったりした何百万人ものヨーロッパ人を救うために設立された。当初は3年でその活動を完了し解散する予定だったが設立から半世紀以上がたった今でも世界中の難民問題に取り組んでいる。
※2 UNRWAは、1949年にパレスチナ危機に対応するために設立されたパレスチナ難民の支援を担当しているUNHCR とは別組織の国連機関。UNHCRが設立されたことによってその存在は不要であるとの意見もあるがいまだにパレスチナ難民に関してはUNRWAが管轄している。
※3 難民を出している国の上位10カ国はシリア、ベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマー、コンゴ民主共和国、スーダン、ソマリア、中央アフリカ共和国、エリトリアである。難民受け入れ国の上位10カ国はトルコ、コロンビア、ウガンダ、パキスタン、ドイツ、スーダン、バングラディッシュ、レバノン、エチオピア、イランである。
※4 EACはブルンディ、ケニア、ルワンダ、南スーダン、タンザニア、ウガンダからなる地域政府間組織であり、本部はタンザニアにある。
ライター:Yusui Sugita
人口密度の高い難民キャンプでは、コロナの流行も相当なものだったと推測されます。しかし実情は知りません。ここで改めて、コロナ報道で取り上げられる地域にも差があるのだなと感じました。
ウクライナ情勢に対して過敏な反応を示していることは感じていたが、ここにも報道される世界とされない世界とでの格差が存在しているということがよく分かる記事でした。