貧困の撲滅は2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)の第一目標として掲げられており、国際社会にとって重要な課題とされてきた。貧困の撲滅に向けて、より多くの人が貧困に対しての理解を深めていくことは必要不可欠である。市民の主要な情報源である新聞が貧困をどのように報じているのだろうか。今回は国際的に見ても貧困問題が深刻な地域であるアフリカに焦点を当て、1995年、2005年、2015年の3カ年の日本の主要3紙のアフリカの貧困に関する報道を分析した。

キトウェ、ザンビア(写真:岩根あずさ)
アフリカの貧困は今どのような状況にあるのか
アフリカの貧困問題はどのような状況にあるのだろうか。世界銀行のデータによれば、1996年の貧困率は南アジアと東アジア・太平洋地域でそれぞれ40.3%、41.0%だった。サブサハラアフリカ地域の貧困率が1996年の時点で58.1%であったことを考えると、南アジア、東アジア・太平洋地域での貧困率は低いように見えるが、全ての地域を含めた全体の貧困率29.4%と比較すると高いことがわかる。2005年の数値を見ると大幅な改善傾向が見られ、南アジア、東アジア・太平洋地域地域の貧困率がそれぞれ33.7%、19.1%となりサブサハラアフリカの50.0%を大幅に引き離している。2013年にはいるとその差は一層顕著となり、南アジア、東アジア・太平洋地域の貧困率が16.1%、3.6%となっている。このような東アジアと南アジアで貧困が大幅に削減された背景には、インドと中国の急速な経済成長がある。一方でアブサハラアフリカ地域の2013年の貧困率は42.5%と依然として高い値を示している。また、貧困層の貧困がどれほど深刻なものであるかを表す指標である貧困ギャップ率を見るとサブサハラアフリカの値は1996年に27.0%、2005年に21.5%、2013年に16.5%であった(※1)。
サブサハラアフリカ地域でも徐々に貧困率が下がってきていることがわかったが、南アジアや東アジア・太平洋地域と比較すると未だに貧困率は高い状態にあるといえるだろう。
アフリカの貧困への報道量
アフリカでは未だに貧困率が高く深刻な状況にあることはわかったが、それらは報道の中にどのように現れているのだろうか。1995年、2005年、2015年の3つの期間を取り上げて、主要3紙(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞)の中でアフリカの貧困がどのように報道されているかを探った。
はじめに、報道の量を見ていこう。「アフリカ」と「貧困」をキーワードにして検索した結果抽出された記事から、直接アフリカの貧困に関係のない記事を除いて得られた記事数は以下のようになった。
3紙ともに2005年の記事件数が最も多いことがわかる。分析対象期間で月別の記事数の変化を観察したが2005年の6月と7月に報道量が増加したことを除いて、3カ年3社に共通する報道量の変化はなかった。2005年の年間での記事数の増加の背景には6月から7月にかけて開催されたG8による第31回主要国首脳会議(以下グレンイーグルズ・サミット)関連の記事の増加が考えられる。このサミットではアフリカの貧困削減と気候変動が主要議題として位置付けられ、特にアフリカの債務削減について話し合われた。
また、2005年以外の年についてアフリカの貧困に関する報道は決して多いとは言えないだろう。1995年と2015年では、おおよそ毎月平均して2から3件程度の記事がアフリカの貧困に関連した報道をしていることになる。報道全体の中でもアフリカ地域に関する報道が少ないが、貧困報道を通しても同様の傾向があることがわかった。
アフリカの貧困原因の報道のされ方
では、これらのアフリカの貧困に関する記事はどのようにアフリカを捉えているのだろうか。今回は貧困の原因に関する報道に焦点を当てた。得られた記事の中で貧困原因に言及する段落が何段落あるのかを数えると1995年で10段落、2005年で66段落、2015年で20段落となった。貧困報道全体の記事の段落数は1995年に184段落、2005年に942段落、2015年に227段落という結果となった。
同じ分析対象の記事の中から貧困対策に言及する段落数を集計すると、貧困原因に関する報道が少ないことがわかる。例えば、全体の報道量が増えた2005年では貧困対策に言及する段落数は全体で642段落あり、同じ年の貧困原因に言及する段落数が66段落だった。貧困原因と貧困対策を合わせた段落数の中での貧困原因の報道される割合は9%から20%にとどまった。貧困の原因は日本の新聞社の報道の中では中心的なトピックではなく、むしろ貧困対策の方が報道される傾向がわかった。
言及されている貧困原因を分類すると、債務問題に言及する段落が2005年に数を増やしていた。これは、この年にスコットランドで開催されたグレンイーグルズ・サミットと関連があると考えられる。このサミットでは「アフリカ」と「気候変動」を主要議題とし、特にアフリカの議題の中では債務削減などが話し合われた。そのことにより分析対象の記事の中でも2005年に債務問題に関する段落が急増したと考えられる。
アフリカの債務問題は解決したのだろうか。2005年以降アフリカ地域の債務は、一旦は減少したかにみえた。しかし、2007年ごろから再び債務額が増え2014年にはその総額は10年前と比較して2倍になっているという算出もある。では、2015年にも債務問題は貧困原因を報道する記事の中で中心的な役割だったのだろうか。実際には2015年に債務問題に言及した段落は1つもなかった。2005年に債務問題への注目が集まったのはサミットでの議題を受けての一時的な報道であった可能性が高い。換言すれば、サミットのような大国が注目する場で議論されなければ貧困や債務問題が報道でもそれらの事柄が問題視されず、結果として報道されないという構図があるのかもしれない。

サミットで債務問題が取り上げられたことにより、貧困を歴史にしようというメッセージを掲げるデモ、スコットランド(写真:TED Conference / Flickr [CC BY-NC 2.0])
アフリカの貧困を引き起こす背景には様々な問題がある。今回の分析ではそれらの原因を環境問題や汚職などの内部要因(※2)とアンフェアトレードや不法資本流出などの外部要因(※3)の2つに分類した。そして貧困原因に言及する段落を、これら2つの基準に照らして分類した。
3紙の分析対象期間中の合計では内部要因への言及が47段落、外部要因への言及が35段落あった。債務の返済が滞るなどして債務問題となる背景には内生的な要因もあるが、その対策の多くが外生的な変化を必要とする。そこで、ここでは債務問題を外部要因と分類した。債務問題に関する段落は17段落あり外部要因の約半数を占めるにも関わらず、実際の債務問題に関する記事の中では、債務問題もアフリカ諸国内部にその原因があるような印象の書き方をされていることが目立った。2005年に債務問題を記述した記事の13件のうち、同一記事内で独裁者もしくはアフリカ諸国の汚職について言及していた記事は8件あり、そのなかで債務問題の背景と過去の独裁者・独裁国家が直接結び付けられているものは4件あった。一方で分析対象となった記事の中で外生的問題から、債務問題の背景とアフリカの債務問題の直接的な結びつきを説明したり、その関係性を報じている記事はなかった。つまり報道の中では、債務問題もアフリカ諸国が原因となって作られている貧困原因のように捉えられかねないのである。債務問題や債務危機は国家の債務が予定通りに返済されなくなることにより発生する。それらが発生する背景には「税収基盤の脆弱さに代表される内生的問題や、外貨獲得産品の価格下落や災害などの途上国政府自身にはコントロール不可能な外生ショック、あるいは通貨・金融危機」があるとされている。日本の新聞報道に倣って債務問題も内部要因とするならば、全体の集計は内部要因64段落、外部要因18段落なる。
貧困の内部要因で特に多く報道されていたのは汚職・政治問題・腐敗と環境問題・自然災害の2項目であった。汚職・政治問題・腐敗に関する段落数は3ヶ年、3紙の合計が18段落、環境問題・自然災害へ言及する段落の合計が12段落であった。
全体的に見ると日本の新聞の中ではアフリカの貧困要因を内部要因に多く見出していた。そればかりか、外部的要因によっても作り出されている債務問題に関しても、内生的な問題ばかりと結び付けられて報道されていた。このような報道はアフリカの貧困原因を多面的に捉えられていると言えるのだろうか。
アフリカの貧困の原因はアフリカ諸国の中だけにあるのか
これまでは、アフリカの貧困に関する報道が貧困の原因をアフリカ内部に見出している可能性を指摘してきた。アフリカの貧困を作り出しているのは内生的な問題だけなのだろうか。ここでは貧困の原因にはどのようなものがあるのかを見ていこう。

「汚職にはただNOと言おう」、チパタ、ザンビア(写真: Lars Plougmann / Wikimedia [CC BY-SA 2.0])
汚職や政策の失敗、インフラストラクチャーの問題、災害、伝染病などその国の中で起こっていることがその国の貧困の引き金となったり、貧困を長引かせたりする場合がある。もちろん、これらの問題の背景にはアフリカ外の関わりが全くないわけではない。今回の分析ではこれらを便宜的に内部要因と呼んだが、政治家による汚職に外国企業が関与していたり、政策の失敗には世銀や国際通貨基金(IMF)といった国際的なアクターが関わっていたりする場合もある。
さらに他国の政治、経済活動もしくは国際社会の中での関係性などのアフリカ諸国以外のアクターが、アフリカの特定の地域や国の貧困問題の原因もしくは貧困を長引かせる直接の要因になっている場合もある。例えば、タックスヘイブンや合法・非合法な形で行われる節税や脱税などが、その国の財源の不足を引き起こし、結果として貧困を作り出したり、長引かせたりしている。また、資源が豊富にあるにも関わらず、外資系企業や国際社会の中で不利な立場に立たされやすいアフリカの国々は鉱山使用料や天然資源の価格設定に十分に関与できないため、結果として自国の持つ資源から十分な利益を得ることができないなどの問題もある。

パナマ文書によってタックスヘイブンを利用した金融取引の記録が暴露された(写真:Sollok29 / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
貧困の原因を知ることは必要な対策を考える上でなくてはならない情報である。特に今日のアフリカにおいて、構造的に作り出された貧困への対策を取ることは貧困撲滅に向けて必要不可欠である。そのような中で、日本の新聞報道に見られるような偏った貧困への理解は、貧困対策が議論されていく上でどのような影響を及ぼしていくのだろうか。今後も観察していきたい。
※1 貧困ギャップ率とは貧困線と貧困層の支出と収入の差に着目した指標である。貧困の深さをはかる指標とも言い換えられ、貧困層の貧困がどれほど深刻かを測定する。
※2 内部要因の原因フレームとしたのはインフラストラクチャー、環境問題・自然災害被害、食料不足・水不足、人口増加、低賃金、教育不足、汚職・政治問題・腐敗、犯罪・テロリズム、疾病・障害・死の9項目である。
※3 外部要因の原因フレームとしたのはアンフェアトレード・搾取、アンフェアトレード以外の貿易上の問題、債務問題、タックスヘイブン、資本流出・不法資本流出、国際金融上の問題、紛争・戦争7項目である。
本記事は、岩根あずさ(2018)「アフリカの貧困はどのように報じられているか-日本の新聞3紙を用いた内容分析から-」、『国際公共政策』、第22巻2号を元に作成されたものである。
ライター:Azusa Iwane
グラフィック:Virgil Hawkins
「貧困を無くしたい」といった志の高い学生は周りにも多くいますが、その貧困の原因を知っている学生は私を含め多くないように思います。
先進国によるイベントなどが開催されないとメディアが貧困に注目しない現状の中で、貧困を始めとした様々な国際問題の原因をこのサイトで学ばせてもらっています。ありがとうございます。
私もこれが気になりました。世界の政治的エリートに問題提起をするはずのメディアが結局、後を追ってばかりでは・・・世界の問題が改善されることはありませんね。
貧困を一面的に解説する報道が、アフリカに対する偏見を助長することもあるかと思います。
アフリカに対する貧困のイメージはありますが、報道が少ないと、原因や詳細もわからないまま漠然と「貧困」というイメージのみを人々に与えてしまう気がしました。
また、貧困の原因よりもその対策の方が報道されているというのが興味深かったです。原因から目を背けることはできないのに、報道がこういう在り方なのは残念です。
原因を正しく理解しているから、対策も立てられるということは本当に感じています。外交や政策だけに関わらず、一般市民にも言えることです。例えば市民が貧困を作り出す構造への理解が進めば、市民レベルで貧困撲滅に向けて取れるアクションもあると思います。
貧困に関する報道は偏見を助長する危険性が高く慎重なリサーチをもとにした報道が必要ですが、一方で報道量を増やさねければ注目されることはなく、注目されるべきアフリカの貧困には「質と量」の点である種のジレンマがあるように感じています。
ですが正しい情報を届けることが報道に求められる前提的な責務であることは間違いがなく、このGNVの記事で指摘・疑問視されていることが広く浸透することを願います。
確かにアフリカは貧困だ、といった一側面だけを強調した報道が増えることは、偏見の助長につながるかもしれません。一方で、それらの偏見には貧困がつくりだされる構造を理解していないという問題もつきまとっています。そのため、情報の質の部分にも当たりますが、どのようなアクターがどのような形で関わっているのかといった問題の背景をきちんと理解する必要があると考えています。そのような情報の量が増えることでアフリカの貧困に対する見方が変わるのではと思います。