1.3兆米ドル。これは全世界の企業がタックスヘイブンに移転している利益の総額である。この額はイギリスを拠点にタックスヘイブン問題を扱うNGO団体であるタックス・ジャスティス・ネットワーク(Tax Justice Network)によって推定された。法人税は会社の利益に対して税率がかかるものだが、実際に経済活動が行われ、利益を得たはずの国から実質的に経済活動のないタックスヘイブンに利益を移転し、そこで利益を得たように見せかける。これによって本来かかるはずの法人税を逃れるという仕組みである。さらにこの利益移転額を追ってみると、なんと世界で3,300億米ドルの税損失を引き起こしていると推定されたのである。
これらの推定はいずれも経済協力開発機構 (OECD)が2020年7月に初めて公開した多国籍企業に関するデータをもとにしている。世界における部分的なデータではあるものの、いずれも目を見張るほどの金額である。この中でも特に注目されるのは、タックスヘイブンに移転することによって生じる税損失の総額トップ5に、カリブ海付近の小さな島である、イギリス領バミューダ諸島、アメリカ合衆国の自治的・未編入領域のプエルトリコ島、イギリス領ケイマン諸島の3領土がランクインしていることである。タックスヘイブンの問題は各地にあるが、その中でもカリブ海付近の諸島は、上位にランクインした他の国々と比べると人口は少なく、経済の規模も小さい。それにも関わらず、なぜこれほど巨大なタックスヘイブンになっているのだろうか。タックスヘイブンを世に知らしめたパナマ文書の公開から2020年で4年の月日がたつ。カリブ海付近の諸島においても、世界においても、未だに状況改善は見られないのだろうか。この記事では世界経済をつなぐカリブ海のタックスヘイブンに焦点を当てていく。

OECDの税務上の透明性と情報交換に関するグローバルフォーラムの様子 (写真:OECD Organisation for Economic Co-operation and Development /Flickr[CC BY-NC2.0])
タックスヘイブンとは?
まず、そもそもタックスヘイブンとはどんなものなのかを説明していきたい。広辞苑 (岩波書店·広辞苑第六版)によるとタックスヘイブンとは、「外国企業に対して非課税かきわめて低率の課税しか行わない国や地域」のことである。つまり、タックスヘイブンを拠点に経済活動を行えば、企業や資産家は節税が出来る。
また、タックスヘイブンのもうひとつの大きな特徴は秘匿性である。通常、タックスヘイブンの地域ではそこで設立された企業とその所有者に関する情報公開を制限している。追跡されずに資金を動かしたり、貯めたりすることができる秘匿性を売りにして、タックスヘイブンは企業や富裕層の資産を誘致しているのである。そのため、タックスヘイブンの地域は秘密管轄区間と言い換えることもできる。また、タックスヘイブンとなるのは、国の場合も、海外領土や州の場合もある。地域によって税率は様々で、秘匿性のレベルもばらばらであるため、実はタックスヘイブンは定義するのが難しい。
それではなぜ国や地域がタックスヘイブンになることを決めるのだろうか。大きな理由としては、外国企業に対して非課税または低率の課税にすることによって、多数の企業が会社を立ち上げてくれたり、利益を移転してくれたりするからである。多くの企業活動や取引が行われることで、莫大なお金がタックスヘイブン内で経由されることとなり、その手数料が発生する。わずかでもその利益が積み重なり、タックスヘイブンの地域にとっての経済の燃料となるのである。さらには国外からの大手銀行、法律事務所、会計事務所、コンサルタント事務所などを引き寄せることにより、経済活発化につながる。

タックスヘイブンの抗議デモ:低所得国から搾取した大金で満喫する大富豪のパロディ(写真:Enough Food IF/Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
タックスヘイブンの特徴としてペーパーカンパニーの存在が挙げられる。ペーパーカンパニーとは、法人として登録はされているものの事業活動の実態が伴わない会社のことを指す。企業はタックスヘイブンの地域に関連会社としてペーパーカンパニーを持ち、その関連会社に利益を移転させれば、法人税などの租税を節約することが出来るのである。しかしタックスヘイブンは企業グループ内の利益移転だけに使われているわけではない。他社との取引に係る課税を回避するために利用したり、資金を保管するまたは隠すために信託口座を利用したり、資金の出処をすり替えてマネーロンダリングなどのためにも利用されている。
それではタックスヘイブンを利用することは合法なのか、あるいは違法なのか。実はそれは、利用する人の使い方次第なのである。法律やその抜け穴をうまく利用して租税回避として使うことは合法である。それに対し、秘匿性に隠れて法律を破って、脱税などの不法資本流出やマネーロンダリングとして使うと違法になってしまう。さらに、その間の違法か合法か判断が難しいグレーなレベルでの使い方も決して少なくないといえる。
しかし、タックスヘイブンの利用は世界の末端で例外的に行われているわけではない。タックスヘイブンは今やとても一般的なものになっている。大手企業や大手金融機関が通常利用しているのである。そのため世界経済において、タックスヘイブンの規模は想像を絶するものとなっている。なんと世界の貿易の半分以上はタックスヘイブンを通るのだという。世界のタックスヘイブンに保管されている財産は最大で世界の国内総生産(GDP)約3分の1、つまりおよそ32兆米ドルであるという驚くべき統計がある。また、世界の直接投資(FDI)の4割(15兆米ドル)が架空のもので、タックスヘイブンのペーパーカンパニーなどを通して利益移転に使われているだけだとも言われている。 さらに、政府開発援助(ODA)対象国に入る援助金の10倍もの金額が、不法資本流出などによりタックスヘイブンを通して裏口から出ると言われている。

船から見える英領バミューダ諸島の首都ハミルトンの景色 (写真:TravelingOtter/Flickr[CC BY-SA 2.0])
企業や資産家の視点からタックスヘイブンを見る
ここで視点を変えて、企業や資産家がどのように海外企業やその他のタックスヘイブンの仕組みを利用するのか見てみる。オンライン上で多くの作業ができることにより、企業レベルでも、個人レベルでも簡単にペーパーカンパニーの設立が可能となっている。まずオンラインでエージェントなどを通じて、タックスヘイブンの地を選択し、企業内容を決定する。次に架空の取締役や社員、株主の人数、使用する銀行などを決める。その諸費用を支払えば、数日でペーパーカンパニーは設立できる。さらにここから秘匿性を高めるために、複数のタックスヘイブンと複数のペーパーカンパニーを経由させて複雑なネットワークを作り上げていくのである。個人レベルの例としては、自家用ジェットやヨットなどの大きな買い物をする際に、タックスヘイブンの地でペーパーカンパニーを作り、自分自身の会社からリースすることにより、租税を逃れることが出来る。
多国籍企業になると、タックスヘイブンを通じてグループ内の利益移転のシステムを定着化させていく。下のイメージ図はタックスヘイブンを利用する多国籍企業の利益創出及び納税状況を、利益移転する前後で示している。関連会社のあるタックスヘイブン(国・領土B)へ利益移転をせずに、本社のある高所得国(国A)で実質的な経済活動に合わせた納税の仕方をすれば、利益額に応じてその国の法律に従い通常の納税額を支払うこととなる。しかし国・領土Bへ利益を移転すると、関連会社で表面上の利益が高くなり、納税額を低くすることが出来る。
利益移転のルートは様々あるが、主として3パターンがある。1つ目は、負債移転である。本社がタックスヘイブンにある関連会社からグループ内での負債を負うような形をとる。利息を関連会社に払うという名目で利益を移転し、これによって納税額を抑える。2つ目は知的財産移転である。自社の知的財産をタックスヘイブンの関連会社に置いて、関連会社に対してグループ内で特許料金を払わせる。これによって関連会社で利益を得ているように見せ、納税を抑える。3つ目は、振替価格設定である。例えば企業が商品を輸出する際、一旦タックスヘイブンの関連会社が低価格でグループ内の会社に販売する。この関連会社を経由させることで輸出する本社での利益を抑え、さらに関連会社から実際の顧客に高価格で転売させる。このようにタックスヘイブンで商品の利益を得たように見せかけて、租税を回避する。
タックスヘイブンにおけるこのような複雑な仕組みと取引を支えるために、膨大な金融インフラが生まれている。例えば法律事務所や、弁護士事務所、銀行、会計会社、さらには政府までが利益移転や租税回避に協力しサポートしている。
複雑なネットワークの具体的な例として、ルクスリークスやマレーシアの大型汚職事件が挙げられる。前者は大手会計事務所であるプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)とルクセンブルクの税務当局が結託し、340社以上の顧客への課税優遇措置を行ったとする経緯が示されたものである。後者は、ナジブ・ラザク前首相が政府係投資会社の1MDBの資金から45億米ドルという金額を不正に流用させ、そのうちの7億米ドル近くを横領したというものである。その際、アメリカやドイツの大手金融会社が複数のタックスヘイブンにあるペーパーカンパニーに融資を行っていた。このように高度な力が加わり、複雑なネットワークを築くことによって、資金の流れが世に知られないようにできるのである。
カリブ海付近でのタックスヘイブンの現状
世界で一番規模の大きいタックスヘイブンの地域はどこなのだろうか。2020年に初めて公開されたOECDのデータによると利益移転によって税損失をもっとももたらしているのは圧倒的にオランダであった。しかしこのデータは26カ国のみのデータであり、アメリカなどの大国が含まれていないことに注意したい。さらに架空のFDIにおいては、世界の約半分はルクセンブルクとオランダにあたるのだとされている。
ところがカリブ海付近の全諸国及び領土(※1)を合わせると世界で2番目にタックスヘイブンの規模が大きいとされる。またタックス・ジャスティス・ネットワークが発表している、法人による租税回避に加担している指数を示したランキング(Corporate Tax Haven Ranking)や秘匿性の高さを示したランキング(Financial Secrecy Ranking)などの複数のランキングを詳細に見てみると、上位に入っているカリブ海付近の諸島が目に留まる。法人による租税回避のランキングではイギリス領ヴァージン諸島が1位、バミューダ諸島が2位、ケイマン諸島が3位となっている。秘匿性のランキングではケイマン諸島が1位、イギリス領ヴァージン諸島が9位にランクインしている。このカリブ海の大半は独立国ではなく、イギリスやアメリカ、オランダなどの領土であるものが多い。
カリブ海諸島の人口や大きさを考慮すると、タックスヘイブンの問題は深刻であることが分かる。例えばケイマン諸島は人口が6万人であるのに対して、企業の登録社数は11万を超える。さらに領土内の銀行の資産と負債のシェア額は、ドイツや日本を超えて世界4位だという報告も過去にある。その上、ケイマン諸島は長期の財務省証券を除くと、米国証券の世界最大の保有者でもあり、また世界のヘッジファンドの約6割が所在しているという。またイギリスのバミューダ諸島(人口6.3万人)、ヴァージン諸島(人口2.9万人)、ケイマン諸島(人口6.4万人)はいずれもFDI受入総額としては日本、カナダ、イタリアなどの主要国を上回っているのだ。
これらのカリブ海付近の諸島は日本やアメリカ、イギリス、中国などをつなぐ拠点になっていると考えられる。例えばケイマン諸島にある金融機関の外国債権はアメリカと日本の金融機関が中心になっており、それぞれが全体の3割ずつ占めているという。また、世界の最大級の銀行はカリブ海に複数の拠点がある。例えば、日本の三菱UFJ信託銀行の海外資産管理業務を行うインベスターサービスはバミューダ諸島にある会社になっている。中国銀行はイギリス領ヴァージン諸島に大きな拠点を置いている。アメリカのJPモルガン・チェースはケイマン諸島に拠点がある。このように、多くの主要国の企業や金融機関はカリブ海のタックスヘイブンに拠点を置いている。

ケイマン諸島のリゾート地の夕日 (写真:slack12/Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
カリブ海におけるタックスヘイブンの歴史と背景
タックスヘイブンは世界各地で存在しており、長い歴史を持っているが、なぜカリブ海でこれほど多くタックスヘイブンが見られるようになったのだろうか。最初のきっかけのひとつは1930年代にアメリカの犯罪組織とその弁護士たちが、組織の違法な資金を国外で合法に変えて戻すというマネーロンダリングの拠点として、カリブ海に注目したことである。最初はキューバのカジノを利用してマネーロンダリングを行ったが、キューバ革命後、カジノがなくなり、バハマやバミューダ諸島などに移っていったとされている。
また第二次世界大戦後、イギリス帝国の時代が終焉に向かい、植民地を手放していった。そんな中で、これらの地域で活動していた企業が利益を確保するためにさまざまな法律の抜け穴を利用し始めた。イギリス政府はこれを止めるどころか協力する部分もあったという。イギリスの中央銀行に当たるイングランド銀行が1957年にその1つのきっかけを作った。それはイギリスの領土においても、ポンド以外を使い、使用者がイギリス在住の人や企業でないならば、イギリスの取引としてカウントされないというルールが採択された。ケイマン諸島など、現地で法律が合わせて採択され、一気にカリブ海のイギリス領土や、シティー・オブ・ロンドンの自治体、ジャージー島、マン島などで広がった。イギリスのカリブ海などの領土はある程度の統治権を与えられながらも、あくまでイギリスの領土であることは変わりなかった。そこでのタックスヘイブンの仕組みの設置と維持にあたり、イギリスのコントロール外だと見せかけながらも、実質的にはコントロールをしてきたとされる。ロンドンからカリブ海のイギリス領土まで作り上げているという点で、イギリスのタックスヘイブンのネットワークはイギリスの第二帝国と呼ばれた。
1973年にバハマがイギリスから独立を果たすと、タックスヘイブンのお金の多くはケイマン諸島に移された。バハマのシステムは独立によって大きく変わったわけではないが、多くの資産家や企業はイギリスにコントロールされたケイマン諸島に安心感をおぼえたとされた。これから徐々に、タックスヘイブンの主要な役割は、マフィアのお金を扱うことから、一般の貿易やヘッジファンド、保険会社などが租税回避のために利用することへと変わっていった。
イギリスだけでなく、アメリカでもプエルトリコの植民地的な存在を利用して昔からタックスヘイブンを取り入れていた。世界的に大きなタックスヘイブンであるオランダも、昔から国防と外交を管理しているキュラソーやアルバを収益性の高い領土だとして目をつけていた。タックスヘイブンに必要な要素である財政自治権を獲得したとき、島の政府は島を金融センターとして発展させたいと考え、有利な税法とオランダによって後押しされた。
最近の進歩状況
OECDやG20がここ数年ようやくタックスヘイブン問題改善のために動き出している。金融口座に関する情報を自動的に多国間で交換するという自動的情報交換基準(AEOI)とその活動が少しずつ進み、2019には100カ国が参加している。さらに8,400万口座から11兆米ドル分のお金を把握できるようになっている。このようにOECDによって公開されたデータを報告することによって、透明性の欠如が少しでも改善されれば大量の租税の濫用の検出と抑止に役立つかもしれない。
しかしAEOIには大国のアメリカなどが参加していないことや、タックスヘイブンでの活動から大きな被害を受けている低所得国の参加度は問題である。低所得国は銀行情報を収集するための設備やリソースが不十分なため参加が難しいのである。つまり交換が原則のAEOIでは、低所得国は自国における口座に関するデータ提供に限界があるため、他国から十分にデータを受け取ることが出来ない。
その他にもイギリスの欧州連合離脱(BREXIT)がきっかけとなり、2020年2月、EUはケイマン諸島を、悪質な租税回避に対する取り締まりが出来ていない国や地域のリストである、EUのタックスヘイブンのブラックリストに載せた。これは大きな進歩であるとされる。つまり初めてイギリスのタックスヘイブンをブラックリストに載せたのである。しかしバミューダ諸島やバハマ、イギリス領ヴァージン諸島などの大きなタックスヘイブンをブラックリストに載せていない。さらにオランダ、アイルランド、ルクセンブルク、キプロスなどのEU内のタックスヘイブンにも依然として制限をかけなかった。
このようにタックスヘイブン問題は少しずつ対策に進歩がみられている。しかしその規模はあまりに大きく、世界経済の大きな一部になってしまっているため、解決が難しい。まだまだすべての国や領土に対して対策を実行できていないうえ、カリブ海付近の諸島においては依然として問題である。今後もタックスヘイブンの問題とその対策の動向は目が離せない。
※1 バハマとバミューダ諸島は地理的にカリブ海内ではないが付近にあり、今回の分析に含んでいる。
ライター:Mei Hatanaka
グラフィック:Saki Takeuchi
タックスヘイブンについての理解が深まりました!!
タックスヘイブンがこんなにも大きな問題だとは知りませんでした!もっと関心を持たなくてはならないと感じました。
複雑なタックスヘイブンについてまとめられていてわかりやすかった。
タックスヘイブン問題の改善の動きも知ることができた。