わたしたちが着ているTシャツやスウェットなどの衣類の素材のうち、最も身近であると言えるコットン。世界では年間2,690万トンが消費されている。その原料となる綿花は主にインドや中国、アメリカで生産され、2017年にはこの3か国で世界の生産量の約62%を占めている。2019年においては、インドの生産量が最大であった。世界最大の生産量を誇るインドであるが、実はその生産者たちの暮らしは豊かであるとは言い難く、その大半は貧困状態にある。その背景には何があるのか?インドの綿花農家が抱える問題を紐解いていこう。

店頭に並ぶコットンのTシャツ(写真:PickPic [public domain])
インドにおける綿花産業
まずはインドにおける綿花の歴史を辿っていく。綿花の生産は、紀元前6000年ごろにインダス川のデルタ(現在のパキスタン)で始まったと考えられている。インドで生産が始まったのも5,000年以上前にさかのぼる。西暦200年頃のインドでは、綿製品は高級な商品として中国やパルティアなどの周辺地域へ輸出し、それがさらに西方のローマ帝国にまで渡っていたという。
18世紀初頭まではインドが世界の綿花生産の中核であったが、それ以降は奴隷制に支えられた北米南部地域での綿花栽培も増加した。18世紀後半以降、産業革命によりイギリスで綿工業が発達するとイギリスは原料である綿花を植民地のインドに輸出させ、イギリスが綿製品を生産するようになった。イギリス産の機械製綿布がインドに流入するようになったため、インドの綿織物工業は大きく打撃を受けた。19世紀後半に、当時の綿花の主要生産国であったアメリカで南北戦争が起きると、インドによる綿花の輸出が伸びていった。
そして現在も綿花はインドの重要な商品作物であり、多くの人が繊維産業に関わっている。インドには綿花農家が約580万人存在し、さらには国内人口の約3.7%に当たる5,100万人が綿糸や綿織物の生産など、綿花に関連する産業に従事している。また、インドは綿花の栽培面積が世界最大の国でもある。綿花栽培が盛んな地域は主にインド西部にある9つの州であり、北部、中部、南部の3つに分類されている。2018-19年の統計によると、インド国内ではグジャラート州の生産量が最大で、 マハーラーシュトラ州とテランガーナ州が続いている。この3州の生産量だけでインドの綿花生産の約62%を占めている。

Vemaps.comの地図とインド政府繊維省の資料(2018-19)を基に作成
こうして生産した綿花を世界の150カ国以上 に輸出しており、特に輸出量の多い貿易相手国はバングラデシュ、中国、パキスタンなどである。中国とバングラデシュは世界1位、2位の衣類輸出国であり、パキスタンも繊維の輸出で世界トップ10に入る国だ。インドで生産された綿花や、それを加工した綿糸や綿布はこうして近隣の衣類生産国に輸出される。世界の統計を見ると最大の綿花輸出国はアメリカで、世界の輸出量の3分の1以上をも占めている。
1970年から、インドの綿花農業は伝統的な栽培方法からテクノロジーを駆使した栽培方法に変化し始めた。まずはインドの綿花栽培における「ハイブリッド種」の利用である。ハイブリッド種とは、異なる品種を掛け合わせて開発した種子で、十分な肥料や水と併用することで収穫量の増加を見込むことができる高額な種子である。ハイブリッド種は自然には生成されないため、栽培を続けるためには毎年種子を購入する必要がある。
2002年には遺伝子組み換え種子(GM種子)の利用が合法化され、Bt種子という品種の遺伝子組み換え種子がインドで栽培され始めた。Btとはバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)の略語で、土壌の中に生息している細菌のことである。この細菌は体内で殺虫効果のあるたんぱく質を生成することができるため、この遺伝子を農作物に組み込むことで、農作物を害虫の被害から守ることができるとされている。このBt種子からできたBtコットンは、ワタのつぼみ、花、種子を食べるワタアカミムシ(pink bollworm)という害虫の駆除を目的に生まれた。2020年現在、インドの綿花用地の95%以上でBtコットンが栽培されている。インドで使用が認められている遺伝子組み換え種子は、バイエル社(旧モンサント社)の販売するBtコットンの種子のみである。モンサント社は、Bt種子の販売当時はアメリカに本社を構える多国籍バイオ化学メーカーであったが、2018年にドイツ製薬大手のバイエル社に買収された。今はバイエル社が引き継ぎ、インドの種苗会社や生綿花生産者へBt種子を販売し続けている。

綿の実が弾けた様子(写真:S Aziz123/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
綿花生産者たちが直面する貧困の課題
このように繊維産業を支える綿花生産者たちであるが、一方で彼らの多くは深刻な貧困問題に直面している。綿花農家の70~80%が綿花のみを栽培しており、収入源を綿花に大きく依存している人が多いことが分かる。しかし、綿花栽培は他の農作物に比べて儲かる作物ではない。インドの農家の平均年収は、1ヘクタール(ha)あたり約1,315米ドルであるのに対し、綿花農家の平均年収は1haあたり約995米ドルと、約300米ドル程度の差がある。さらに、綿花栽培のコスト等を引いた純利益は1年で1haあたり約126米ドル。綿花から得られる収入が他の農産物と比べても低いこと、そして綿花の栽培に大きなコストがかかっていることが分かる。
また、児童労働は貧困がもたらす深刻な問題の一つだ。インドでは16歳以下の労働は法律で認められていないにもかかわらず、国内の綿花関連産業で約50万人が児童労働をしていると推定されており、国内の他のどの産業よりも児童労働の割合が高いと指摘されている。特にハイブリッド種を用いる綿花栽培は多くの労働力が必要とするため、農地での作業や、綿花の種子から綿繊維を分離する綿繰りの作業に児童が就かされている場合が多い。その上多くの子供たちは8~12時間働きながら、最低賃金に満たない収入しか得られていない。1日の最低賃金が約7米ドルであるにもかかわらず、その3分の1以下である2米ドル程度しか支払われないケースも確認されている。また、こういった子供は貧しい家庭の出身である場合が多い。親が斡旋業者に10歳前後の子供を引渡し、子供が綿花農家で長時間働き、その収入を親が直接受け取っているという例もある。

綿花畑で働く子供たち(写真:François Zeller/Wikimedia Commons [CC BY-SA 2.0])
さらに、綿花農家の自殺も問題視されている。1995年から2014年の10年間で、27万人以上の綿花農家が自殺をしたとされている。皮肉なことに、綿花栽培に使用する殺虫剤が自殺に用いられることもある。綿花に限らず、農業従事者の自殺率は人口全体の自殺率に比べ高くなっている。中でも小規模農家における自殺率が高く、借金地獄に陥ったことが原因としてしばしば報告されている。
収穫量の増加や害虫駆除などに役立つと期待された、ハイブリッド種や遺伝子組み換え種子を利用して栽培する「農業の工業化」もまた、必ずしも農家の貧困問題を解決する手段にはならなかった。むしろ、小規模の農家を一層苦しめる要因にもなったのだ。なぜなら、農業の工業化によって生産者がより大きなリスクを背負って栽培しなければならなくなったからである。高額をはたいて購入したBt種子や肥料などを使用しても、灌漑へのアクセスが無い限り、収穫高は降水量など天候によって大きく左右される。実際に、Btコットンの生産を成功させるには灌漑の有無が大きく関わることが分かっている。灌漑を有する農家では安定的に水を利用し、遺伝子組み換え種子を有効活用して害虫の発生を抑制し、より少ない殺虫剤でより多くの綿花を収穫することが可能となり、これが貧困の軽減につながっている。灌漑を利用している農家の収入は、利用していない農家に比べて2倍以上も高い。
しかし、インドの綿花農家の65%は灌漑設備を持たず雨水に頼って農業を営む。こういった農家では遺伝子組み換え種子の利用する場合にも、収穫量は結局天候に左右される。初期投資として高額な値段を払ってしまっているため、収穫量が減るとコストが収入を上回りローンを返済できなくなるリスクが高まる。中には、支払いのために家や農地を手放さざるをえなくなる農家もいるという。こうして「農業の工業化」は小規模農家を貧困や、時として自殺にまで追い込んでいるのだ。
加えて、害虫を駆除するために用いられてきた遺伝子組み換え種子や殺虫剤の利用によって、むしろ害虫が進化し化学物質への抵抗力が強化されるという側面も指摘されている。また、遺伝子組み換え種子の利用などにより農地面積当たりの収穫量が多くなると、その分綿花を餌にするワタアカミムシなどの害虫も増えやすくなってしまう。こういったことから、結局遺伝子組み換え種子を利用する前以上の殺虫剤が必要となり栽培の費用を増加させてしまうという、本末転倒な結果に陥っている農家もある。
さらに、Bt種子 の販売元であるバイエル社(旧モンサント社)は、種子に加えて専用の農薬の販売や、種子の利用に対して特許料の支払いを求めてきた。インドの40以上ある種苗会社は、種子450gあたり商品代として約10米ドルと、それに加えて特許料を支払う義務を負ってきた。しかし、長年のインド政府と企業との協議の結果、2018年にようやく特許料を20%減らして0.53米ドルに、続いて2019年に半額の0.27米ドルに引き下げ、そして2020年3月には特許料を廃止することに成功した。しかし農家が種子を購入する際の価格の上限は据え置きされるため、綿花農家の状況は変わらず、特許料廃止によって負担が解消されるのはインドの種苗会社にとどまるだろうと言われている。

綿の実の不要な部分を手作業で取り除く労働者たち(写真:CSIRO/Wikimedia Commons [CC BY 3.0])
綿花の取引における問題点
繊維産業全体を俯瞰してみると、アパレル関連のサプライチェーンの上方に位置する商社や繊維・衣類メーカーが大きな影響力を持ち、大半の利益を得られるようになっているが、その一方で綿花の参加者たちは一番下の部分に位置し、影響力が小さい。製品化した衣類の価格のたった10%しか原材料費として農家に還元されていないのだ。
多くの農家では契約農家の形態をとり、企業がローンで工業的農業に必要となる高価な肥料や殺虫剤、ハイブリッド種、遺伝子組み換え種子を提供し、収穫後に生産物である綿花を買い取るという契約を生産者と結ぶ。しかし提供する価格も、収穫物の買取価格も企業側が決めるため、農家は綿花の価格設定にほとんど関わることができず不利な立場におかれるケースが大半だ。またインドでは、最低価格や農家で働く人の最低賃金を守らせる法律とその実効性が低い。農家が取引の際に弱い立場にいることも、更なる貧困に陥ってしまう要因になっている。
契約栽培ではない場合には、農家が作った綿花を仲介人や貿易業者が買い取るが、その際、農家は生産コストよりも低い値段など不当に安い価格で綿花を買い取られるという問題が起きている。主な原因としては情報の非対称性が挙げられる。貿易業者たちは海外の綿花の価格状況や生産高の予測、国際経済の動向について詳しく知っているが、一方で農家たちは綿花の価格や国際経済についてほとんど何も知らずにいる。市場が安定していればさほど問題ではないが、綿花は価格変化の波が激しいため、市場や取引に関する知識の少ない農家は不利になる。
綿花の市場価格の低下も課題だ。1960年代に1キロ3米ドルだった綿花の価格は、2014年には1キロ1.73米ドルと45%も下がっている。その要因の一つにアメリカの綿花の値段の低さがある。アメリカが公的に巨額の補助金を綿花生産者に与えていることから、アメリカの農家は非常に安く綿花を売りつつ、補助金により安定した収入を得ることができるのだ。アメリカと競争するために他の綿花生産国でも価格の低下を余儀なくされるが、それでも太刀打ちできないほどアメリカは国際的な綿花の市場価格を引き下げた。アメリカ産綿花の輸出シェアは補助金によって1995年から2002年の7年間で約2倍に増えたが、その一方でインドや西部アフリカにある小規模綿花農家にとって国際価格の低下が死活問題になっている。

綿の実の山に立つ作業者たち(写真:Adam Cohn/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
投機がもたらす価格の変動
価格の低下のみならず、価格が変動することも農家にとっては重大な問題である。生産に先だって種子や肥料に投資をする必要がある農家や、それを貸し付ける企業側にとって、収穫後の綿花がどの程度の価格で売買されるかの予測が立てられなければ不都合であるからだ。綿花の場合も、その年の天候や害虫の発生状況などによる不作や、繊維や衣類などの需要増加による綿花価格の上昇の可能性もあれば、逆に価格が下落する可能性もある。そこで、この不安を解消するために先物取引が綿花市場では取り入れられている。生産者である農家とそれを買い取る企業や流通業者側との間で、生産量の内ある一定の量の価格を収穫より先に決めて契約しておくという仕組みだ。価格が大きく変動しても、先物取引が保険のような役割を果たす。
しかし、価格を変動させる要因が天候や生産者・消費者間の需給バランス以外のところにも生まれてしまっている。2000年代後半以降、先物取引での綿花が株のように扱われ、投機をする投資家やヘッジファンドの一環に組み込まれ、繰り返し売買されるようになった。つまり、第三者である資産家などが儲けのために先物取引を利用して綿花を売買することで、綿花栽培の現場と直接関係のない原因により、以前よりも大きな振れ幅で、四六時中価格が変動するようになってしまった。こうなると価格の予測は難しい。結局、先物取引がそもそもの狙いであった「安定した価格での取引」を妨げるようになってしまった。
今後の展望
これまで見てきたように、世界有数の綿花輸出国であり繊維産業を支えるインドの綿花生産者たちの多くは、複雑に絡み合った数々の問題により生活できるレベルの収入すら確保できていない。この問題を、どう解決に近づけていけばよいのだろうか。その兆しが全くないわけでは無い。
工業的農業の問題については、遺伝子組み換え種子の利用を代替して、実るまでの期間が短く、ワタアカミムシなどの害虫が発生するよりも前に収穫することのできる種を活用することが効果的であると指摘する研究報告がある。
また、不当な仲介業者や、価格決定に強い影響力をもつ企業によって綿花の価格が下がっていることに対しては、フェアトレードを促進する動きがある。農家の健康や安全、遺伝子組み換え種子の禁止など、一定の基準を満たして生産された綿花をフェアトレード商品として認証し、定められた最低価格を下回らないように取引がされている。フェアトレード綿花のうち約88%がインド産であり、綿花全体の生産量のごくわずかではあるが、フェアトレード綿花の生産量は少しずつ増えている。さらに、労働者への正当な賃金保障や、インドの伝統的職人技術を守ることを掲げるエシカルなファッションブランドがインドでも増えてきている。

インドの紡績工場(写真:lau rey/Flickr [CC BY-NC 2.0])
他にも、高所得国における農業への助成金の制限、綿花の取引に対する規制強化、仲介業者から小規模の農家を守る対策を講じることも必要になるだろう。しかし、問題の大きさや複雑さからするとこれだけでは不十分であろう。ここまで述べてきたのは、私たちが毎日着ている衣類を作ってくれている人々が抱えている問題。シーズンごとにトレンドの服が安く買える、その背景には生産者の苦難があるのだ。消費者として、わたしたちが「何を買うか」を考え直し行動していくことが、一番の解決策になるかもしれない。
ライター:Yuna Takatsuki
グラフィック:Yumi Ariyoshi
綿花の裏側で発生している格差の仕組みがよくわかりました。
しかしこのような課題を解決するために、私たちが具体的にとれるアクションは何なのかまで追求する必要があると思います。
例えばフェアトレードはどうすれば増加するのか。
このような格差を多くの人が認識することも重要だが、さらには具体的な解決策を報道し、読者も考えるべきだと思いました。