2020年に入ってから、ヘンリー王子とメーガン妃によるイギリス王室離脱の話題が、ニュース番組や週刊誌などのメディアによって異例なほどに大きく報道された。日本の報道機関は、イギリス王室に関する話題をいち早く世間に提供している。しかし、旧サセックス公爵夫妻の離脱などといった王室内の出来事は、それほどまでに重要な話題なのだろうか。そして、他の報道を切り捨ててまで報道する価値があるのだろうか。世界を見渡すと、イギリス王室に限らず多くの王室が存在する。これらも日本のメディアによって、同様にとりあげられているのだろうか。本記事では国際報道のうち王室を巡る報道に関して分析を行いたい。

旧サセックス公爵夫妻が北アイルランドへ初めて訪問した際の様子(写真:Northern Ireland Office/Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
世界のロイヤルファミリー
現在、世界には27(※1)の王室が存在している。一口に王室といっても、主に3種類に分類することが可能だ。すなわち、実質的な権限を持たない王室(イギリス、日本、ベルギーなど)と、一部限定的な政治的権限を有する王室(トンガ、モナコ、リヒテンシュタインなど)、君主が実質的に国家を統治する王室(オマーン、サウジアラビア、ブルネイなど)である。本記事では、君主制国家のうち、国王が元首として一国全体を実質的、あるいは象徴的に統合する国家を王国とする。これら以外にも、アフリカやインドネシアにおいて数多くの王室は残っており、土地の分配などにおいて実質的な権限を有している場合も少なくはない。しかし、一国内に複数の王室が存在したり、統治地域が国境とは一致しなかったりしている。この記事では統治範囲が国家全土に及ばない限り、君主としては計上していない。
そもそも、なぜ国王・王室が存在するのだろうか?歴史をさかのぼると、国王は各地の権力争いに勝ち残った一族に由来する。その後、その一族は世襲制の独裁政権という形をとり始めた。その権力を維持するために抑圧的な統治のみでなく、国民に受けられるように長年をかけたイメージ作りにも力を入れた。場合によっては宗教とも関連させ、その一族が国を支配し続けることは神から命じられたものとする神話も作り上げた例も少なくない。しかし、腐敗や権力濫用などが原因で王室に対する不満が募ると、軍や民主化運動によって倒され、完全にその存在が消滅されたものもある。現存する王室の多くは権力だけ奪われ、その象徴的な存在のみ守られている。

敬礼をする13代目マレーシア国王のミザン・ザイナル・アビディン(中央)(写真:Wazari Wazir/Flickr [CC BY-NY-SA 2.0])
王室報道はどのようになされている?
現在、実権を握る国家において、王室の動向に着目することは理にかなっているだろう。なぜなら、どのような人物が王室を構成するかによって、国家全体の体制および国際関係が大きく変化するからである。しかし、実際は、実権を持たない象徴的な王室の動向が頻繁に報道されている。政治に直接関与しない王室の話題が、どれほど重要視されているのかを詳しく見ていきたい。事例として、朝日新聞の10年間(2009年1月から2019年12月)の記事のうち、世界各国の王室に関する報道かつ政治的な要素のない話題を取り上げた記事を収集した。(※2)
朝日新聞における王室に関する報道総文字数は、10年間で60,633文字であった。そのうち28,876文字がイギリス王室の関連するものである。つまり全世界の王室報道のうち半数近くがイギリス王室に関連した話題である。王室報道のうち、イギリスに次いで総文字数が多かったのが、タイで7,953文字、次いでサウジアラビアが4,998文字だった。イギリスとタイとの文字数の差が3倍以上あることから、いかにイギリス王室の報道が突出しているかが分かる。
圧倒的な注目を受けているイギリス王室の報道内容を詳しく見てみると、結婚・出産に関する話題が半数以上を占めている。一方でタイやサウジアラビアでは、国王の訃報を報じるものが大部分であり、結婚や出産について触れる記事は一つも無かった。王室報道全体を通して、結婚・出産に触れているのは、イギリス、スウェーデン、ブータン、マレーシアの4か国のみであった。
世界の王室離脱
では、イギリスのヘンリー王子とメーガン妃(旧サセックス公爵、旧サセックス公爵夫人)に関する話題は、どれほどの規模で報道されていたのだろうか。SNS上ではその注目を表すかのように、国のEU離脱を指す「ブレグジット(Brexit)」の造語になぞらえた「メグジット(Mexit)」(※3)とよばれる言葉が盛んに飛び交った。2020年1月1日から3月18日までの朝日新聞(朝刊・夕刊)を用いて調べてみた。その結果、旧サセックス公爵夫妻によるイギリス王室からの離脱に関する記事は、約2.5か月の間に10記事書かれており、文字数にして7,218文字であった。10年間の全朝刊を通じて報道されたサウジアラビア王室に関する報道を大きく上回っている。
今回のイギリス王室離脱がこれほど大きく取り上げられるのは、イギリス王室において離脱が珍しい事例とする見方もあるかもしれない。しかし、日本では一般人と結婚した皇族女性が必ず皇籍を離脱する例に見られるように、王室からの離脱は必ずしも珍しい事例だとは言えない。世界には離脱の背景に重大な問題を孕んでいるケースも少なくない。それらの例を、これまでに報道された文字数と共に詳しく見ていきたい。

タイの王宮(写真:Andy Marchand/Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
イギリス王室のヘンリー王子の王位継承権は、王室脱退時には5番目であった。しかし、2019年1月のマレーシアでは、第15代国王ムハンマド5世が、任期途中で突然退位をしている。任期満了まで約2年を残したこの退位は、マレーシアがイギリスから独立した1957年以来初めての出来事であった。退位の理由は明らかにはされていないが、元ミス・ロシアだったロシアの女性との結婚がその背景にあるとされる。国王を辞めるほどの大恋愛の末に結婚した相手であったにもかかわらず、1年を経たずして離婚した。このことに関する報道は朝日新聞の夕刊にて260字のみだった。
人権問題と関わるさらに深刻なケースもある。タイで起こった、元皇太子妃の離脱のケースを挙げてみたい。2014年12月、当時皇太子であったタイのワチラロンコン新国王は、皇太子妃だったシーラット妃と離婚。シーラット氏は王籍を離脱したのち民間人に戻った。しかし、離婚後シーラット氏の両親や兄弟が、汚職罪や不敬罪によって次々と逮捕されている。また、タイには極めて厳しい不敬罪があり、フェイスブックへの投稿が原因で30年の禁固刑となった例もある。シーラット氏との離婚に関する話題は、朝日新聞夕刊にて455字の記事となっていた。
アラブ首長国連邦(UAE)では王室から逃亡を図る人がいる。UAE副大統領兼首相・ドバイ首長ムハンマド・ビン・ラシド・アル・マクトゥム氏の身内の女性がここ数年、立て続けに逃亡を図っている。まず、2000年にマクトゥム氏の娘であるシャムサ王女が、イギリスにて休暇中に逃走するも、2か月後に見つけられ、ドバイに強制送還されている。次に、2018年にシャムサ王女の妹であるラティファ王女がヨットにて国外への脱出を図った。しかし彼女もインド付近でUAEの特殊部隊にヨットを乗っ取られ、ドバイへと強制送還されている。2019年には、マクトゥム氏の妻であるハヤ妃がイギリスに亡命したとされる。ハヤ氏は亡命先のロンドンにて訴訟を起こし、2020年3月には、裁判所によって、マクトゥム氏による娘2人の拉致の指示、および妻への脅迫が事実認定される決定が下されている。しかし、これほどの人権に関わるほどの一連の騒動であっても、朝日新聞内では一度も取り上げられていない。

2010年世界経済フォーラムに出席するUAE副大統領兼首相・ドバイ首長マクトゥム(写真:World Economic Forum/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
上記、マレーシアにおける任期中の退位、タイにおける離婚後の親族連続逮捕、アラブ首長国連邦における逃亡のケースはどれも単純な王室離脱だとは言えない。しかし、どの話題もほとんど日本のメディアによって取り上げられていない。これら3事例の報道の総文字数を合計しても、旧サセックス公爵夫妻の王室離脱報道の総文字数の10分の1にも満たない。
ゴシップ重視の王室報道
これまでに見てきたように、世界に王室は複数存在している。日本の紙面における国際報道、中でも王室に関する情報の絶対量は決して大きいものではない。しかし、その限られた王室報道のうちに、象徴的な存在である王室、中でもイギリス王室が占める割合は異常に大きい。
もし、王室に関する話題を報道する価値があるとするならば、むしろ、サウジアラビアやUAE、ブルネイの王室といった国家体制および国際関係に影響を直接与える、実質的な権力を持った国々がより重いと考えられる。日本との経済的な繋がりという観点においても、これらの国々の存在は決して軽視することができない。日本経済は、サウジアラビアやUAEからの石油、ブルネイからの天然ガスに大きく依存している。そのため、後継者選びといった王室の動向が、重大な懸念事項となりうる。しかし、これら3か国の王室における結婚・出産といった話題は10年間を通して一度も報道されていない。
イギリス王室に関する記事のうち、政治的な話題を除いたものが提供する話題は、基本的にはゴシップだ。これほどまでに、日本の報道機関、特に週刊誌以外においても、イギリス王室の私的な話題が好まれる背景には、1981年に執り行われたチャールズ皇太子・ダイアナ妃のロイヤルウェディングの華々しさが余韻として残っているのかもしれない。この結婚式では史上最高額の予算が投入され世界中でテレビ中継を通じて7億5,000万人もの人々が見たとされる。その後、人気絶頂期に交通事故で無くなったダイアナ妃の人生は、どこかドラマ的な要素があったともいえる。あるいは、情報へのアクセスという観点から、英語圏かつ情報規制が厳しくない君主国であるという点で、イギリス王室の情報が流れ込みやすいのかもしれない。
いずれにせよ、偏った王室の話題、ましてや国内や国際的な政治・経済に直接は関与しない象徴的な王室を中心に、結婚・出産、そして王位継承権から遠い王子の離脱に関して集中的な報道をすることは果たして必要なのか。さらに、王室内部での重大な人権問題や、王室による権威主義的な体制といった問題があるにも関わらず、「権力の番犬」たるメディアが、中東の王室ではなくイギリス王室の動向をとりたてて監視する意義は何なのか、我々は冷静に評価しなければならない。

バッキンガム宮殿のバルコニーに集うイギリス王室のメンバー(写真:Michael Garnett/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
※1 参考文献においては、事実上の持ち回り制を採用するマレーシア王室を省いているが、本記事においては王室として計上している。27か国の内訳は以下の通りである。
・実質的な権限を持たない王室(12か国):ノルウェー、スウェーデン、オランダ、スペイン、グリーンランド、ルクセンブルク、ベルギー、レソト、カンボジア、マレーシア、イギリス、日本
・一部限定的な政治的権限を有する王室(3か国):モナコ、リヒテンシュタイン公国、トンガ
・君主が実質的に国家を統治する王室(12か国):サウジアラビア、クウェート、カタール、アラブ首長国連邦、スワジランド、ブルネイ、オマーン、バーレーン、ヨルダン、モロッコ、タイ、ブータン
※2 朝日新聞のうち、朝刊を用いて集計。関連国が多数の場合、総文字数を関連国数で割った値を、各国の記事数として計算。日本の新聞における国際報道を計っているいるため、日本の皇室に関する報道は含んでいない。
※3 「メグジット(Mexit)」とは、「Meghan(メーガン)」と「Exit(離脱)」の言葉を掛け合わせた造語である。
ライター:Yuka Ikeda
グラフィック:Yuka Ikeda
イギリスの王室が日本のメディアで度々取り上げられることに対し疑問を抱いていたため、他の国の王室に関する出来事の報道量との比較から問題点がより明確に浮かび上がった。
また、他の国の王室について知らないことが沢山あり、面白かった。
日本のマスメディアは見るなという事でしょう。
特にテレビは。
報道しない自由かな。
このサイトは大丈夫ですか?
常に自戒しましょう。