2019年7月3日、リビアの首都・トリポリの近くにある移民・難民の収容施設が爆破され、少なくとも53人が死亡した。リビア政府の内務大臣は、反政府勢力を応援するアラブ首長国連邦(UAE)の戦闘機による爆撃であると断言し、UAEを非難した。UAEは認めていないものの、アメリカ国防総省や国連安保理は2014年にUAEとエジプトがリビアで秘密裏の爆撃を行ったとの認識を示しており、今回の爆撃もUAEによるものであるという可能性を否定できない。UAEは他にも中東・北アフリカ地域を中心に多くの地域で軍事面や、政治面などあらゆる面から干渉しているとされる。多くの国に介入を続ける外交戦略をとるのには一体どのような思惑があるのだろうか。また、実際どのような介入をしているのであろうか。

UAEの戦闘機(写真:Aaron Allmon/Public Domain)
アラブ首長国連邦:UAEとは
具体的にUAEの戦略と行動を説明する前に、前提としてUAEという国について説明する。UAEとは西アジア、アラビア半島の北岸ペルシャ湾に面した面積の小さな国である。7つの首長国からなる連邦国家であり、1968年にイギリスがスエズ以東からの撤退を宣言した後、首長国の間での統合の機運が高まり、1971年に建国され、1972年に7首長国による現在の国家体制が確立した。天然資源の原産地として広く知られており、石油の埋蔵量は世界第7位となる約483億バレル、天然ガスも世界第7位の埋蔵量があるといわれている。1959年にアブダビで石油が発見されて以降、国内各地で大量の油田が発見され、これによりUAEは急速な経済発展を果たした。現在、日本やインドなどの国に向けて大量の石油を輸出している。
この発展に伴い、石油関連企業を筆頭にあらゆる産業に他国籍の労働者が多く従事して生活するようになり、現在でも、UAE国籍を持っている人は全人口の12%にも満たず、UAEは世界で最も高い純移民率をもつ国家となっている。今なおGDPの約3割(2017年)を天然資源に依存しており、2018年には、2021年までに「脱石油」経済のための経済政策を打ち出している。また、UAEは租税回避地(タックスヘイブン)として認知されており、欧州連合(EU)は2019年3月に同国をタックスヘイブンのブラックリストに追加した。

Wikimedia Commonsを元に作成 [CC BY-SA 3.0 DE]
建国されてから、各首長が独立性をもち首長国を君主制の下で統治している一方、国家全体としては独裁国家という側面が強い。首長国のうち首都・アブダビとドバイの影響力が強く、その中でもアブダビの力は格別である。国王とされる大統領は5年ごとに選任されることになっているが、実質的にはアブダビ首長の世襲となっており、現任のハリーファ・ビン・ザイド大統領も2004年に建国以来の大統領であった父親からその地位を受け継ぎ、以降現在まで15年以上国のトップに君臨している。しかし、2014年に大統領が脳卒中と診断されて以後は、次期大統領とされているモハメド・ビン・ザイド皇子が国の権限をつかんでおり、絶対君主制のもとで国家を掌握している。
ドバイも、副大統領兼首相を世襲しているなど影響力をもってはいたものの、過去にはドバイが財政難に陥った際にアブダビが2度に渡って資金援助をし、合計300億米ドルもの負債を肩代わりした経緯があり、これによりアブダビは一層UAEにおけるトップの座を確固たるものにした。データでも、政治的な自由度を示すフリーダム・イン・ザ・ワールドによれば、満点が100点のところ17点と低く評価されている。

アブダビにある油田での石油掘削機材の移動の様子(写真:Guilhem Vellut/Flickr [CC BY 2.0])
UAEの外交戦略
では、UAEはどのような外交戦略をもっているのだろうか。そこには、以下で説明するような複数の積極的な戦略につながる利害があるとみられている。
まず、挙げられるのが石油の輸出ルートを確保したいという思惑だ。先に述べたように、UAEは経済の大部分を石油と天然ガスに頼ってきた。天然資源の輸出が経済の要である以上、輸出ルートの確保というのは最も重要な外交戦略の一つに位置付けられてきた。
次に挙がるのが、イランへの対抗だ。建国以来、UAEは、周辺国であるサウジアラビアやその他の湾岸アラブ諸国、中東における影響力の強いアメリカやイギリスなどと関係を構築してきた。2003年にアメリカなどの介入によって始まったイラク戦争をきっかけに、イスラム圏でのスンニ派とシーア派の対立が激化するようになり、シーア派であるイランが中東での影響力を広げようとしてきた中で、UAEはイランをそれまで以上に脅威としてみるようになった。UAEとしてはイエメンなどでイランの力が拡大していくことを防ぐために、その地域での自国の影響力を強めておきたいという狙いも見て取れる。
また、「アラブの春」の発生もUAEの外交戦略に影響を与えているだろう。2010年から始まったアラブの春では長期独裁政権が次々に倒れ、民主化の波が広がった。体制を保持したいUAEは自国で民主化運動が起こることを防ぐために、エジプトやスーダン、イエメンといった国外でも民主化の歯止めに力を入れるようになったとみられる。
それに加え、UAEは、アルカイダやイスラム国(IS)といった過激派武装勢力やムスリム同胞団のような、宗教を中心とする運動も政権の脅威として見ている。そのため、シリアへの介入に代表されるように、さまざまな形でこのようなグループに対抗できるような対外関係の構築に力を入れるようになった。
ここまでに述べてきたような積極的な外交戦略を展開させたのは先ほど述べたモハメド・ビン・ザイド皇子である。あまりにも積極的で幅広く影響を及ぼそうとしていることからアラブ諸国で最も力をもつ支配者ともいわれ、その影響力を国外に知らしめている。彼の外交戦略からは、複雑な利害関係が存在する中で他国との関係の中で優位に立ちたいという魂胆が見える。とりわけ中東・北アフリカ地域での権威を強化するのに躍起になっているのだ。その異常とまで思える積極性については、次のセクション以降で説明する他国への具体的な介入をみれば明らかであろう。

ロシア・プーチン大統領と会談するモハメド・ビン・ザイド皇子(写真:President of Russia [CC BY 4.0])
UAEの軍事的介入
冒頭で述べたリビアの施設への爆撃に代表されるように、UAEは自国から遠く離れた複数の地域で紛争に軍事介入を行い、多数の犠牲者を出している。個別の軍事介入について、以下で具体的に説明していく。
第一に挙げられるのが、北アフリカ・リビアへの介入だ。UAEのリビアへの軍事介入は、2011年3月にムアンマル・カダフィ独裁政権を倒すために行われた北大西洋条約機構(NATO)主導の軍事作戦に参加したことから始まる。これ以降、UAEはたびたびリビアに干渉するようになった。2014年から現在まで続くリビア紛争では、空爆や武器の提供などの介入を行っている。そもそもリビア紛争とは、国連の支援を受けた「国民合意政府」と、元将校であるハリファ・ハフタル率いる「リビア国民軍」と呼ばれる反政府勢力と、その他の勢力の間での紛争である。各国がそれぞれの勢力を支持する中、UAEはハフタル勢力を支援するために、2016年初めには基地を設立し、それ以降も首都・トリポリの爆撃に関与したとみられている。その上、軍事介入だけでなく武器の横流しとして、2019年6月にはリビア国民軍の基地からUAEのラベルが付いたアメリカ製の対戦車ミサイルが見つかった。リビアは国連から武器禁輸国に指定されており、UAEはミサイルの所有権を否定しているものの、もしミサイルがアメリカから輸入したものであるならば、国連の武器禁輸、アメリカとの売買契約に違反することになる。
しかし、UAEがリビアよりも遥かに本格的に介入したのはイエメンだ。UAEは2014年に始まったイエメン紛争に軍事介入をするようになった。イエメン紛争とはもともと、南部を支配するハディ暫定政権派と首都を含む北部を支配するフーシ派の勢力との対立であったが、中東諸国の介入やアルカイダ・ISの勢力拡大により複雑化している(詳しくは過去のこちらの記事をご参照いただきたい)。戦闘により多くの国内避難民や国外難民が発生したり、飢餓による健康状況の悪化が問題になっている。加えて、衛生状態の悪化から病気が蔓延するなどの凄惨な被害の出ている紛争である。
UAEは2015年から、イエメン紛争にサウジアラビアとともに連合の中心として対フーシ派の勢力に参加し、アメリカ、フランス、オーストラリアなどから買った武器の供給に加え、地上兵の投入も行い本格的に介入している。派遣された兵士にはUAEの兵士に混ざるようにコロンビア・エリトリアなどから雇われたり、連れてこられた兵もいることが明らかになっている。できる限り自国の兵士を過酷な環境の戦地に赴かせたくはなく、金で雇うことで解決できるのであればその方がよいといった本心があるのかもしれない。また、混乱に乗じて、正当な根拠なくイエメンの南方にある島・ソコトラ島を支配下に置いていることも大きな問題となっている。

訓練中のUAE軍(写真:Ted Banks/Public Domain)
最後に挙げるのが、シリアへの介入だ。2014年9月にはアメリカが主導するシリア国内のISへの爆撃に参加するなどしたのち、新たに、2018年11月にはシリアのクルド勢力を支援するために軍隊を派遣したと言われている。クルド勢力はトルコと敵対しており、この派遣はトルコとの対立関係を深刻化させた。2011年から始まったシリア紛争では反アサド政権の会合に参加していたものの、2018年12月には在シリア大使館を再開するなどアサド政権に歩み寄りを見せている。トルコと対立するアサド政権との利害が一致したことや、シリアがイランに対する影響力を弱めたいということも、シリアに軍隊を派遣した背景にあるとされている。
また、実際にUAEの部隊が戦闘を行っているわけではないが、イエメン紛争での軍の配備のためか、アラビア半島とアフリカの間に位置するアデン湾や紅海での活動に便利な、ソマリランドやエリトリアといったアフリカの角と呼ばれる地域に軍事基地を建設しており、加えて、経済的な目的のために港を建設している。
外交的圧力と内政干渉
最初に述べたように、UAEは、多くの国への軍事的介入だけでなく、あらゆる内政干渉をしたり外交的圧力をかけている。2017年にはサウジアラビアなどのアラブ諸国と手を組み、敵対視するムスリム同胞団への支援をしたことに対抗し、カタールとの国交断絶を表明し同国を中東地域から孤立させた。これらの国はカタールの航空機による領空の通過を認めないなど人やモノの動きを大幅に制限したが、UAEの司法長官は、カタールに同情したりUAEの立場に対抗したりする者は厳しく処罰される旨を発言し、実際に禁錮刑や罰金刑が科される可能性があるとして強硬な対抗姿勢を見せるなど、UAEはとりわけ厳しい態度を示した。それに加え同国は、英語・アラビア語で放送しており、世界的にも大手放送局となったカタール運営のアル・ジャジーラの閉鎖も要求した。

エジプト・カイロのモスクに座り込むムスリム同胞団の支持者(2013)(写真:H. Elrasam for VOA/Public Domain)
この他にも、UAEはアフリカ諸国でも政治に介入している。エジプトに対しては2013年にアラブの春以降初めて民主的に選ばれたモハメド・ムルシ元大統領の政情不安を恣意的に作り出し、大統領に対するクーデターを起こしたグループに資金援助していたことが明らかになっている。その後は現在まで、クーデターの後就任した現大統領であるアブドルファッターフ・アッ=シーシー大統領との結びつきを強めている。また、スーダンに対しては、オマル・アル=バシル元大統領へのクーデターが国内で計画されていた段階からスーダンの国軍と協議をしており、燃料供給や資金援助をやめるなどして長年支援をしてきた政権を見捨て、逆に倒す計画に加担し、結果的に2019年4月、30年に及ぶ長期政権を終わらせた。また、クーデターの後に拡大した民主化を求める市民運動を抑圧する国軍に支援をし続けている。
今後の対外戦略は?
しかし、2019年中旬なってUAE政府のこれまでの動きに変化が訪れている。その例として2つの出来事が挙げられる。1つ目は、6月からイエメンからの部隊の一部撤退がなされたことだ。UAEはその理由を「国内安全保障上の理由」、「戦略的敵配置転換」としているが、実際はその他の理由も推察される。介入にコストがかかっており成果をあまり得られていないことに加え、アルカイダと関係のあるグループへの武器輸送がなされているとの疑い、イエメン南部での抑留者への虐待などの疑いを懸念していると思われる。その中で、国連がイエメン紛争を「世界最大の人道危機」だと警鐘を鳴らしたことも受け、紛争をこれほどにも悪化させた責任など、対外政策に強硬な姿勢をもつUAEに対する世界各国からの悪い評判を抑えるためとも考えられている。しかし、UAEの外務大臣は一部撤退するも軍は今後も残り続けるとも述べている。また、支援を続けている「南部暫定評議会」が大統領宮殿を占拠するなど勢力を伸ばしており、自国兵を撤退はしたものの軍事支援は続くとみられていることもあり、今後のイエメンでの情勢は不透明だ。
2つ目は、7月末にイランとの6年ぶりの会談が行われたことだ。ホルムズ海峡を含むペルシャ湾で特にアメリカとイランの間で緊張が高まる中で、海洋安全保障を目的としての話し合いとはしているものの、6年間もの間なされなかった会談が開かれたというところからイランに対する外交的な歩み寄りが見えなくもない。

整列するUAEの軍隊(写真:U.S. Department of Defense Current Photos/Public Domain)
UAEによる、最近のこのような一見姿勢の軟化とみられる行動は一時的な戦略に過ぎないのであろうか。それとも、これらの行動は本当の意味での安寧へとつながる「変化」といえるのであろうか。今後もUAEの動向に注視する必要がありそうだ。
ライター:Taku Okada
グラフィック:Saki Takeuchi
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サウジアラビア以外にも、軍事介入を行い、被害を拡大させている国があると知った。
改めて”内戦”というものは存在せず、様々なアクターの利害関係が複雑に絡んで国際問題が生じるのだと思った。
自国の利益のために人道危機を悪化させる介入をどうすれば防げるのだろうか。
各国のいろんな利権が絡み合っているなと改めて思った。なのにほとんど教えられる機会もないし、伝えられない。どうしたら予防できるんだろう。
もっとこういった実態を日本で報道してほしいですね。