秋の美しい山岳風景。それを眺めるように、ナチス・ドイツの親衛隊(SS)の軍服に身を包んだ兵士がベンチに腰掛けている。
この作品の原画には、もともと兵士の姿は描かれておらず、後からゲリラ・アーティストとして活躍するバンクシーによって描き加えられた。バンクシーの関係者がアメリカのチャリティー・ショップで販売されていた原画を購入し、兵士を描いた上で、同チャリティー・ショップに寄付したという。
作品のタイトルは「悪の凡庸さ」である。「悪の凡庸さ」とは、ナチス・ドイツによる大量虐殺に関わった幹部の裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレント氏が提唱した概念であり、一説には、「悪行」を行う者の多くは単に上からの命令に従う「平凡」な人間という考えである。
バンクシーは「悪の凡庸さ」について作品を通じて何を訴えたかったのだろうか。ナチス親衛隊の軍服に身を包む兵士は、山岳をぼんやりと眺めるその後ろ姿から、「悪行」とは対照的に、まるで秋の過ぎるのを惜しんでいるかのような「平凡さ」すら感じられる。
現代の紛争においても、関係国政府やメディアが、我が善、相手が悪、という善悪ナラティブのプロパガンダによって紛争を描く場合も少なくない。しかし、そのプロパガンダの中の「悪」も、実は、我と同様に「凡庸」なのかもしれない。
プロパガンダと報道についてもっと知る→「プロパガンダ・モデルと日本の国際報道」
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(写真:carnagenyc / Flickr [CC BY-NC 2.0 DEED])