近年、難民は増加し続け、世界はWWⅡ以降最大の難民危機に直面している。その数6,350万人、うち2,000万人(2015UNHCR )が国外避難民となり、残りは未だに国内で避難生活を送っている状況だ。中でも、中東諸国に難民が溢れかえっており解決が急務であるが、そこから遠く離れた太平洋にもその余波が及び、難民問題が発生している。太平洋に浮かぶ小さな島国ナウル共和国、パプアニューギニア独立国のマヌス島では、オーストラリアを目指して祖国から逃れてきた難民が「難民審査待ち」という名目で島内の地域審査センターに留置され、まるで囚人のような扱いを受けている。その生活環境は非常に劣悪で、現地住民や施設職員による虐待や性犯罪も蔓延している。そしてこの現状はオーストラリア政府によって意図的に放置されているのである。
ナウル共和国(以下「ナウル」と表記)とパプアニューギニア独立国(以下「パプアニューギニア」と表記)は比較的、経済状況が弱い。そしてこの経済状況が、オーストラリアの難民を対象とする国外処理政策に関係している。二国は、難民を一時的に受け入れる代わりに、オーストラリアから多額の経済援助を受けている。ナウルに関しては、国内で深刻な経済崩壊が発生しているため、この援助に依存していると言っても過言ではない。具体的には、2014~2015年のナウルの国家収入の15%がオーストラリアからのODAによるものであった。またそれとは別に、二国における難民用の施設運営費や移送費等の政策関係費も全額オーストラリアが負担している。その他難民抑止政策費を含めると、その額は2013~2016年で73億米ドルに上ったとされている。
現在、ナウルとマヌス島では、中東・アフリカ・南アジアなどから逃れてきた人々が地域審査施設の内外で生活している。彼らは、インドネシアなどを経由し航路でオーストラリアへの入国を試みる。その防止策として、オーストラリア政府は北海岸の軍備を増強し、難民たちをインドネシアへ追い返す。一度オーストラリア領海に入った難民に関しては、先に述べたように難民認定審査と称して、ナウルやマヌス島に送還する。これは、難民認定が完了するまでは、正式な難民とは限らないという考えに基づいている。しかし、2011~2012年に来た難民の内、93%以上が生活水準の向上を目的とするいわゆる「経済難民」ではなく、正式な難民であったという調査が存在する。ナウルでは410人、マヌス島で823人(2016.8.31時点) がセンター内に留置されており、彼らは外に出ることを厳しく制限されている。またナウルでは難民認定を受けた749人が施設外で生活している。

難民が地域審査施設に収容されるまでの流れ Human Rights Watchのデータを基に作成
長年、これらの島への入国は、オーストラリア政府によって厳しく管理されており、島内の状況が明るみに出ることはほとんどなかった。しかし、最近になってアムネスティ・インターナショナル(NGO)の潜入捜査や、元施設勤務者の告発により、その現状が明らかになった。
難民の置かれている環境は非常に過酷である。ナウルでの調査によると、彼らの住居はビニールテントで、40℃を超える暑さの中、空調設備が整っていない。またプライバシーもほとんど確保できていないという。衛生状態は劣悪で、皮膚病やマラリアなどの感染症が蔓延している。マヌス島では、センター内に住む約40人の子どものほとんどが結核にかかっていると報告されている。しかし、医療もほとんど受けられない状況である。治療薬の不足は元より、比較的容易に治療できる病気でさえ意図的に治療を遅らされたり拒否されることさえあるようだ。これが原因で、マヌス島では2014年8月に死者が出ている。軽度の皮膚感染症にかかった24歳の青年が、やがて敗血症へと発展し亡くなった。

難民が生活する施設(ナウル)
By DIAC images CC BY 2.0 via Wikimedia Commons
また地域審査施設では、地元住民や当局関係者による難民への暴力、虐待、性犯罪、略奪などの犯罪が常態化しているとの告発もある。しかし、地元住民が難民に対してこれらの行為を働いても、罪を問われることがほとんどないのが現状だ。一方で難民たちは、証拠を捏造し逮捕されることさえある。マヌス島では2014年5月に23歳の青年が、センターで起こった暴動の最中にパプアニューギニアの守衛の暴行により命を落とした。またナウルでは、2015年だけで女性へのレイプが20件記録されている。二つの島で蔓延する犯罪や劣悪な生活環境の中、人々は先の見えない不安と戦っている。だが十分なメンタルケアを受けさせてもらえず、自傷行為を繰り返す人や自殺を試みる人が後を絶たない。この事実を知っていながら関係国政府はそれを放置し容認している。その背景には、難民たちのオーストラリア定住を阻もうとする政府の意図が存在する。現状に耐えられなくなった難民たちが祖国へ帰ることを申し出る、あるいはそもそもオーストラリアに向かわせない、という目的のために為されているのである。

施設で生活する10歳の子供が描いた絵(マヌス島)
“とても暑い。僕は監獄にいる。この丸はマヌスに来てからの日数だ。”(画中の文章を一部抜粋)
By Greens MPs /Flicker CC BY-NC-ND 2.0
難民が航路でオーストラリアに向かう際、密入国業者を頼り、大幅な定員オーバーのまま大海原を航海するケースが少なくない。ボートの沈没や転覆などで死者が出ることもあり、命がけの旅となる。入国者の増加とそれに伴う海上での死者の続出に歯止めをかけるために生み出されたのが「パシフィック・ソリューション」と呼ばれる、オーストラリア近隣の第三国で難民認定の審査を「じっくりと」行う難民国外処理政策であった。2001年実際に開始されたが、2007年にケビン・ラッド首相により廃止された。しかしパシフィック・ソリューション廃止後、再び航路でオーストラリアに到着する難民が増加した。そしてその批判の矛先は、密入国業者とオーストラリア政府に向いた。これを受け2012年、政府は再びこの政策を開始するに至ったのである。2000年1月~2017年1月の間に少なくとも1,991人が航海中に亡くなったとされている。

スリランカからボートで辿り着いた難民 By Mike Prince / Flicker CC BY 2.0
だが、衝撃的な実態の暴露による国内外での批判の高まりや、NGO団体からの圧力により、この政策は今廃止されようとしている。パプアニューギニアでは、2016年4月26日最高裁判所で難民収容施設は違法であり閉鎖を指示する判決が下された。しかしパプアニューギニアもナウルもその貧しさ故に難民たちを受け容れる余裕はない。カンボジアやフィリピン、キルギスへの移送も検討され、実際に実施された例もあるが、成功には至らなかった。そこでオーストラリア政府が出した代替案は、他の先進国に移送するというものであった。アメリカが2013年以降の難民2,400人の内、1,600人を難民認定し定住させるという内容で合意に達した。しかし、これはオバマ政権下での合意であり、移民排斥主義のトランプ大統領はTwitter上にて“バカな取引”だと発言している(2017.2.2時点)。破棄される可能性も含め、今後の動向に注目が必要である。またあくまで今回一回限りの合意であり、オーストラリア政府は今後ボートで来る難民への終身ビザの禁止を検討している。定住が却下され、その後祖国への帰国を拒否する難民に対しては、ナウルとの20年ビザを交渉中である。つまり、マヌス島の施設は今後閉鎖される見通しだが、ナウルに関してはその残存が予想される。

地域審査施設の閉鎖を求めるデモ(メルボルン) By Takver / Flicker CC BY-SA 2.0
確かに密入国業者の存在は問題ではあるが、それを利用する他ない状況に難民は置かれている。その難民が避難先でも非人道的な扱いを受けていては、難民危機は一向に解決に向かわない。しかしこれはオーストラリア政府に限った問題なのだろうか。「世界で最も裕福な5か国は全難民の5%も受け入れていない」という調査結果が発表された。アメリカ・中国・日本・イギリス・ドイツ、この5か国だけで世界の富の半分を有している。一方、ヨルダン・レバノン・トルコ・パキスタン・パレスチナの5か国の難民受入数を合計するとその数は全難民の半分に上る。また国外避難民の86%は発展途上国にいるという。オーストラリアを含む先進諸国の多くが、経済的負担を理由に難民の受け入れを拒んでいる。この姿勢は不均衡な受け入れの現状をもたらした一因であろう。果たして難民は経済的に負担としかなり得ないのか。人道的危機を迎えている今、全世界でこの問題に取り組む必要があるのではないだろうか。
ライター:Mizuki Nakai
グラフィック:Aki Horino