東南アジアのブルネイでは、2019年4月3日、同性愛行為や不倫に対し、鞭打ち、懲役、または石打ちによる死刑を科す厳格な刑法改正が施行された。こうした「反LGBT (※1)法」は国際的な非難の対象となり、ブルネイ国内でも人権団体の反発を招いた。ブルネイは極端な例であり、東南アジアの11カ国においては、LGBTの権利に関連する法律は国によって大きく異なる。LGBTの権利を拡大する国もある一方、総じて逆戻りし、その権利を抑圧する国のほうが多いと言えよう。そこで、この記事では、東南アジアにおけるLGBTの事情を紹介していきたい。

2016年ベトナムのプライドマーチ(写真:USAID Vietnam/Flickr [CC 0])
同性愛行為と法律
LGBTの権利に関連する法律は政府によるが、同性愛行為、同性結婚、性自認およびその表現の容認までの多岐に渡る。まず紹介したいのは同性愛行為に関する法律である。
東南アジアにおいて、同性間の性行為を違法とする法律が残っている国は少なくはなく、懲役や死刑を科す国もある。また、死刑までは至らなくとも、国によっては、男女で刑法の内容が異なるものもある。しかしその一方で、同性愛行為は名目上は違法であるにもかかわらず、同性愛行為を規制する刑法は実際には適用されていないという国もある。
国ごとに例を挙げてみよう。前述した通り、ブルネイでは、同性愛に対して石打ちによる死刑を科すという、東南アジアで最も厳格な法律を導入した。マレーシアとインドネシアでは、州によって法律が異なり、特にマレーシアではこれらの法律が政治家によって権力闘争に使われることもあった。例えば、与党のナジブ・ラザク元首相が当時の野党指導者のアンワル・イブラヒム元副首相を追い出そうという意図のもとで、同性愛行為を強要した罪でアンワル氏を起訴した。結果として、アンワル氏が2015年に同性愛行為の罪で有罪判決を受け、3年服役していた。
また、インドネシアのアチェ州では、同性愛行為に対しイスラム法による公開鞭打ち刑を科すことも珍しくない。2018年には、アチェ州の州都であるバンダアチェのモスク(※2)の前で、同性愛者のカップルが公開鞭打ち刑の執行において80回以上鞭打たれた。他方で、インドネシアのバリ島は「LGBTの聖地」と称されるほど、同性愛行為に対して寛容的である。シンガポールでは同性愛行為は違法であるが、規制する刑法は実際には適用されていない。また、東ティモール、タイ、フィリピン、ラオス、カンボジア、ベトナムでは、同性愛は法的には罰せられていないが、認められているわけでもなく、曖昧な状態にある。

インドネシアのバンダアチェにおける公開鞭打ち(写真:Voice of America/Wikimedia Commons [CC 0])
同性結婚
では、東南アジアでは同性結婚に関する法律の現状はどうなのだろうか。シビル・パートナーシップ(異性間の婚姻に準ずる、同性カップルの法的な関係)を含む同性結婚は、法律上は東南アジア全土で容認されていない。フィリピン、シンガポール、ブルネイでは、同性結婚は容認されないどころか、違法とされている。しかしながら、東南アジアの他の国では、同性結婚は原則的に禁止されていても、なんらかの抜け穴が存在している場合がある。例えば、カンボジアでは、同性結婚は厳密に禁止されているが、1995年には例外的に同性の結婚が法的に認められたケースもある。さらにベトナムにおいては、2014年に結婚法が改正されたことにより、同性結婚の禁止が廃止された。これによって、ベトナムにおける同性結婚は罰金の対象にならないが、同性結婚が法律上明確に認められたわけではない。
性自認およびその表現
次に、東南アジアのジェンダー・アイデンティティ(性自認)およびその表現に関する法律も紹介したい。この地域では、性自認(※3)はLGBTコミュニティにとって大きな課題である。出生時に割りあてられた性と異なる性自認及びその表現を法的に認める国はある一方、認めない国では、そのような人たちは訴追され、法的な制裁の対象となりうる。しかしながら、法的に性自認を認めない国の中でも、実際にはその行為を罰しない国もある。また、男女の枠を越えた「第三の性」の存在を政府が法的に認めることは現時点において不可能である。
具体的な例をみると、シンガポールとベトナムでは、トランスジェンダーの人々が望む性を法的に認知することは可能である。しかし、その他の国、例えばタイでは、性自認を法に適合させる目的で行政上の記載を変更することは容認されていない。タイでは2015年に東南アジアで初めて、性表現の自由を保護する法律が成立し、性転換手術における中心的な役割を担っているにもかかわらず、国際連合開発計画(UNDP)によると、タイでは性自認を法に適合させる目的で行政上の記載を変更することは容認されていない。

バンコクにおけるトランス女性によるHIVに関するスピーチ( 写真:Richard Nyberg/USAID [CC BY-NC 2.0])
トランスジェンダーの性自認が法的に認められている国でも、様々な困難に直面している。例えばシンガポールとベトナムでは、生殖腺を取り、性器の外観を変える手術(性別適合手術)を受けていないと、性別変更が法的に認められない。しかし、ベトナムでは性別適合手術とホルモン治療を受けることは違法行為とされているため、性転換を求める人々は闇市場でホルモン剤を購入するか、もしくは隣国のタイで手術を受けるというような選択を余儀なくされている。闇市場などでの違法なサービスを受け、命の危険にさらされることは決して稀なことではない。
歴史的・宗教的背景
東南アジアにおけるLGBTの法的権利について述べたが、その背景には一体何があったのだろうか。まず、東南アジアの歴史的経緯を鑑みなければならない。タイを除く東南アジア諸国は、過去に植民地支配されていた時代背景を持つ。この植民地時代に制定された同性間の性行為を禁止する法律の影響により、同性愛者は犯罪者としての扱いを受けてきた 。元々イギリスの植民地であったミャンマー、マレーシア、シンガポールでは、植民地時代に導入された法律がそのまま残っており、今は「反同性愛法の模範」となっている。また、オランダの植民地となる前のインドネシアでは、民族グループによっては「男女」というジェンダー概念の枠を超え、ジェンダーの多様性に対する差別はない場合もあった。しかし、インドネシアはその後植民地化され、支配国であるオランダが同性間の性行為を禁止したことで、ジェンダーの多様性という伝統は希薄になってしまった。
次に、宗教的観点から見てみよう。東南アジアの多くの国では、宗教的な理由によってLGBTは不道徳的な存在であるとみなされている。現在では、ブルネイの人口の約78% がイスラム教徒であり、絶対君主政のもとで、2014年から厳格なイスラム法を導入した。近年、イスラム教徒が過半数を超えるインドネシア(人口の約90%)とマレーシア(人口の約60%)でも、イスラム保守主義の台頭によって、LGBTに対する法律は厳格になりつつある。
LGBTは社会的に危険な存在であるという考え方はイスラム保守派に止まらず、一般民衆にも浸透されている。米調査機関ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が2013年に行った調査では、インドネシアのイスラム教徒の72%が、同性間の性行為を禁じるイスラム法の施行に賛成している。イスラム教徒が人口の大多数を占めるマレーシアでも、回答者の86%は、「社会は同性愛を受け入れるべきか」という質問に対して、「受け入れるべきでない」という回答を選択した。一方、インドネシアのバリ島は、インドネシアの他の州と違って、ヒンドゥー教徒が人口の83%を占める。ヒンドゥー教は性の多様性に寛容であると言われているため、バリ島の人々はLGBTに対して寛容であると推測される。

フィリピンのブラカン州サンタマリアの教会(写真:Secaundis/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
フィリピンなどのキリスト教徒が人口の大多数を占める国では、カトリックの教えに基づき、離婚、婚前交渉、避妊、中絶、同性愛などが禁止されている。キリスト教の信者が全人口の90%以上を占めているフィリピンの憲法には政教分離規定があるが、キリスト教会が国民に与える影響力の大きさから、キリスト教が政治の決定についても大きな影響力を持ってきたのが実情である。そのため、フィリピンではLGBTの人々に対して不寛容な側面もかなりある。
LGBTの規制に言及していない、仏教徒の多いタイにおいても、仏教の活動を通してLGBTが矯正されることがある。実際、表面上でLGBTコミュニティに寛容であるタイでも、自分がLGBTと認識している10代の若者たちの約2.5%が矯正の対象となっている。彼らの性的指向や性自認を異性愛の基準や規範に当てはまるように変えることを目的として、いわゆるコンバージョン・セラピー(※4)で、彼らが親に出家を強要されるケースも存在する。
これらからわかるように、東南アジアにおける歴史的、宗教的な背景がLGBTの法的権利の抑制に強く反映されているのだ。
LGBT差別とLGBT運動
これまで述べてきたように、宗教・道徳または歴史を背景に、LGBTの人々に対して社会における差別や偏見などが社会に浸透している。こうした法的な制限の存在により、東南アジアの社会におけるLGBTの人々は、生活のあらゆる場面で差別の対象となっている。例えば、職場や教育の現場における言葉によるハラスメント、ネット上のいじめ、排除、身体的暴力、性的暴行など、LGBTは差別的な取り扱いの対象とされている。また、医療・保険へのアクセスも問題になっている。

LGBTの尊厳を象徴するレインボーフラグ(写真:Ludovic Bertron/Flickr [CC BY 2.0])
数えきれない課題があるものの、LGBTへの差別解消に向けて、東南アジアでのLGBT運動は拡大している。例えば、この地域におけるLGBTの権利を訴えるために、東南アジア8つの国のLGBT運動家がフィリビンでASEAN SOGIE(※5) コーカス(ASC)という地域の非政府協力機関を作り上げた。ASCが2018年12月にASEANリーダーシップウィークを発足し、LGBTの権利について、東南アジア諸国の間でディスカッションができる場が作られた。国家間の協力だけでなく、各国でのLGBT運動も拡大していることが見られる。2014のUNDPの報告書によると、インドネシアでは現在119のLGBTコミュニティにHIV予防に関する知識の普及などを支援する組織が運営されている。また、シンガポールでは、2009年から公にLGBTの権利や差別解消に向けた法制化を訴えていくために、ピンクドット(PINK DOT)イベントが発足した。2009年には1,000人ほどの参加者であったが、2019年の参加者は2万人にも上った。

シンガポールで毎年行われるピンク・ドットイベント(写真:Jnzl's Photos/Flickr [CC BY 2.0])
LGBT運動の成果として、例えばシンガポールでのピンクドットといった運動で、若者がLGBTに対して寛容になりつつあることがうかがえる。これによって、2019年11月には、男性同士の性的関係を犯罪とする刑法377A条は、憲法が保証している基本人権に違反するとして、その廃止が法廷で議論されていると、ピンクドットの広報担当者がGNVとのインタビュー(※6)で言及した。また、タイでは2015年にLGBT差別禁止法が施行され、政府や企業の、LGBTに対して差別的な政策、法律、規則などを一切禁止するようになった。
東南アジアにおけるLGBT運動はLGBTへの差別解消に向けて、これから大きな役割を果たすだろう。それに対して、各国政府が今後どのような対策をとるのか、注視していきたい。
※1 LGBT: レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)そのほか、インターセックス(I)、クイア(Q)などさまざまな性のかたちがあるが、LGBTはその総称として使われている。
※2 モスク:イスラム教の礼拝所
※3 性自認:性の自己認識
※4 コンバージョン・セラピー:日本語では転向療法という。コンバージョン・セラピーとは心理的・精神的な介入を通して、性的指向を変更しようとする試みである。
※5 ASEAN SOGIE:ASEANとは東南アジア諸国連合(Association of South-East Asian Nations)である。SOGIEとは性的指向(Sexual Orientation)、ジェンダー・アイデンティティー(Gender Identity)、ジェンダーの表現(Gender Expression)の総称として使われている。
※6 著者との電話インタビュー、2019年11月18日
ライター:Yow Shuning
グラフィック:Yow Shuning
とても勉強になりました。日本人は、LGBTについても宗教についても比較的疎いので。台湾などで同性愛が認められたことは知っていたが、逆戻りしてしまっているケースもあるのかと驚いた。性自認も恋愛も自己表現のうちのひとつ。綺麗事かもしれないけれど、すべての人が誰にも邪魔されずに本当の自分を出せる世界になるといいなと思います。
とても興味深い記事でした。宗教的理由でLGBTの人々の権利が奪われているのは聞いていましたが、実際に国民全体としてもあまりLGBTに対して良いイメージを持っていない国もあるということは知らなかったので驚きました。LGBT保護の活動がもっと広がっていくといいなと思います。
「LGBTを矯正する」という表現が印象的でした。私は性的少数者ではないので、全面的にLGBTの方々を理解することはできませんが、誰かを愛することに性別を固定させる必要はあるのだろうか?と感じる場合がしばしばあります。徐々に寛容な世界になることを祈るばかりです。
タイはLGBTに全面的に寛容なのだと思っていました。
これほど世界的にLGBTが認められつつある中でまだまだ課題は山積みですね。
植民地時代に制定された法がその後深く人々の価値観に影響するんだなと思い、その責任は重いなと感じました。
ディズニー VS フロリダ州とか
慰安婦、徴用工、部落(同和は怖いな)
ヘイト法、親日罪、外国人参政権、LGBT、環境活動家、反原発
騒いでいる人はみな同じ……