苦難乗り越え、幸福度1位 高福祉国家フィンランドに大きな試練

執筆者 | 2026年02月5日 | Global View, ヨーロッパ, 保健・医療, 政治, 経済・貧困

国連が定める国際幸福デーの3月20日、英オックスフォード大学のウェルビーイング研究所が「幸福度」の世界ランキングを発表している。2017年から2025年まで8年連続でフィンランドが1位だった。幸福度ランキングは、現在の生活の幸福度を10段階で住民に尋ね、3年間分の平均値を基に算出している。ランキング上位を占めるのはフィンランド、デンマークなど北欧の福祉国家である。フィンランドの幸福度の高さは高福祉サービスを支える制度によるところが大きい

2023年6月に発足したペッテリ・オルポ政権には、排外的な政策を掲げる右翼政党「フィンランド人党(フィン人党)」が連立に加わる。財務相を務めるリッカ・プッラ党首は社会保障、医療福祉制度の見直しに大なたを振るう。背景には、防衛費増額などによる財政赤字の拡大がある。経済成長の遅れも指摘され、2025年11月の失業率は10.6%と欧州連合(EU)の国々の中で最悪だった。数々の困難を乗り越え、高福祉国家を築いたフィンランドは、いままた大きな試練を迎えている。

フィンランド国会(写真:Ilari Nackel / Shutterstock.com)

相次ぐ社会保障、医療費削減

オルポ政権発足から2年余り、歳出削減の矛先は、社会保障、医療福祉に向かっている。

2026年2月1日には、最後のセーフティネット、生活保護制度に関する改正法が施行された。これにより、18歳以上の全受給者への給付額が2~3%削減され、パート労働による所得が認められなくなった。生活保護の受給資格を厳格化し、生活保護への依存を低減、フルタイム労働を促すのが目的である。年金、雇用保険、児童手当など社会保障給付を一手に担う社会保険庁(Kela)は、この改革によって7千万ユーロの給付額削減が期待できるという。

公共放送YLEによると、政府は、2025年9月までの約2年間で増税と歳出削減により約100億ユーロの財政改善につなげた。一方で社会保障給付の削減が「同じ人を繰り返し直撃」し、とくに低所得者層に深刻な打撃を与えている。

Kelaの予算は2027年末までに5千万ユーロ削減する。Kelaの年間予算6億5千万ユーロの1割近くにのぼり、過去数十年で最大の削減幅である。2022年時点で8600人いた職員を毎年150人削減し、サービス拠点の見直しも進める。

フィンランド財務省によると、2027年までの現政権の任期中に増税と歳出削減によって14億ユーロの財政改善が必要になる。社会保障、医療保健の支出がさらに削減の標的となる可能性がある。

ヘルシンキのトラム(写真:City Clock Magazine / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0] )

福祉国家のたどってきた道

フィンランドの人口は約560万人。国土の3分の2が森林に覆われた極寒の国である。この国にどのように高福祉が根付いたのか、その歴史をひもといてみよう。

現在のフィンランドは12世紀から1809年まではスウェーデンの一部だったが、のちにモスクワ大公国に支配された。ロシア革命をへて1917年12月、独立を宣言した。旧ソ連との間で冬戦争(1939~1940年)、継続戦争(1941~1944年)という二つの戦争を経験し、フィンランドは領土の1割を失った。巨額の賠償金を負い、割譲地域から約30万人の難民も受け入れた。それでもフィンランド経済は第2次世界大戦後、急速に回復した。金属・造船産業が栄え、木材輸出が活況を呈した。

高福祉国家の実現には経済的な安定が不可欠である。北欧型の福祉国家は1970~1980年代に形づくられた。先行したのがスウェーデンとデンマークだった。福祉国家とは「すぐれた社会保障、高い所得再分配機能と小さな貧富の格差、安定した雇用と低い失業率を示す国家」と定義する研究者もいる。フィンランドは1980年代後半に東西ヨーロッパとの強固な通商関係を生かして高い経済成長を実現し、北欧型の福祉国家の仲間入りを果たした。

その後も道のりは平たんではなかった。1991年の旧ソ連崩壊によって主要貿易国を失い、フィンランドは深刻な経済不況に陥った。産業の再編などにより、経済は徐々に回復に向かい、1995年にEUに加盟する。ところが2009年にはユーロ債務危機に襲われた。同年のGDPは8.5%も縮小し、その後も経済は回復と悪化を繰り返す。国民の高齢化も進み、社会保障費が増え、財政は大きく圧迫された。2015年以降は緊縮財政を強化することで、経済を回復基調に乗せた。

しかし、またしても戦争が影を落とす。2022 年2月にロシアがウクライナに侵攻。ロシアと1300キロもの国境を接するフィンランドにとって直接的な脅威となった。建国以来の軍事的中立を手放し、翌2023年に北大西洋条約機構(NATO)に加わった。アメリカのトランプ大統領の圧力を受け、NATOは加盟国に防衛費増額を求めており、フィンランドにもその負担が重くのしかかっている。

「史上最も重要な」医療、社会改革

フィンランドの高福祉はけっして恵まれた条件の下で実現したわけではない。経済危機、戦争といった苦難を一つひとつ乗り越え、現在に至っている。そして、現在の連立政権が発足する直前にも大改革が断行された。

フィンランドは2026年時点で308の地方自治体から成る。だが医療保健、社会福祉、救急医療を担うのは全国を21に分割したウェルビーイング・サービス県(首都ヘルシンキ市だけは別)である。県構想は15年以上にわたって議論され、2023年1月に中道左派・社会民主党主導の前政権が導入した。

ウェルビーイング・サービス県には議会があり、独自の予算を持つ。自治体合併が進まない中、県単位でサービスの広域化、効率化を図り、財政支出を抑えるのが狙いである。フィンランドでは、Kelaなど国の組織、ウェルビーイング・サービス県、地方自治体の3者がそれぞれ分担、連携しながら、国民に必要なサービスを提供している。

フィンランド社会福祉・保健省が2025年末に発表したウェルビーイング・サービス県の中間評価は、全国レベルではおおむね導入以前と同水準のサービスを提供できたと一定の評価をする。しかし県によって大きな格差があり、国家レベルの統制強化など修正の必要性を指摘した。

ウェルビーイング・サービス県の導入は「フィンランド史上最も重要な行政改革の一つであり、公的資金による保健、社会サービスの組織化、提供、資金調達の方法を変えた」(社会福祉・保健省のベリミッコ・ニエミ事務次官)と位置づけられる。福祉国家の大転換期に、現政権は社会保障、医療福祉の支出削減に踏み出したことになる。

病院の待合室、ヘルシンキ(写真:Jori Samonen / PxHere [PxHere License] )

背景には財政の悪化

フィンランド政府が社会保障費などの削減を急ぐ背景には、経済成長の鈍化に伴う財政の悪化がある。

EU統計局によると、フィンランドの2024年の財政赤字は対GDP比4.4%と前年より1.5ポイントも悪化した。EU条約では赤字比率を3%以内に抑えることが義務付けられている。ただ2028年まではNATOの要請を受けた防衛支出増を踏まえ、一時的に3%超が許されている

国際通貨基金(IMF)は2026年1月、フィンランド経済に関する年次報告書を発表し、フィンランドに対して財政の健全化を勧告した。具体的には社会保障の効率化、年金改革、食料品などの軽減税率の引き上げなどを求めている。

連立政権はすでに2024年9月に消費税に当たる付加価値税を24%から25.5%に引き上げた。財務省が2025年12月に発表した経済見通しによると、2025年のGDPは前年比0.2%増と低調だった。内需不足が原因で、所得は増加しているにもかかわらず、家計消費が伸びていないという。財務省は「いままさに長期化した景気後退を経験している。低い経済成長のため、財政赤字の拡大と債務増加のペースがわれわれの予測を上回っている」と窮状を訴えた。

財務省は2025年の財政赤字はGDP比3.9%(前述の通り2024年は4.4%だった)まで回復すると予測する。しかし2026年は4.5%に再び拡大する見通しだ。当初、2025年に購入予定だった戦闘機購入費が翌年に損失として計上されるためだという。2027年は景気回復と防衛支出の鈍化により、財政赤字は4.0%に縮小する見込みだ。だが長期的には赤字幅は大きく縮小せず、2030年でも3.5%を上回るとみている。防衛費と利子支出の増加に比べ、経済成長が緩やかなためである。前述のようにEUは3%に抑えることを義務付け、防衛費増を考慮した3%超の特例も2028年までである。

3人の鍛冶屋像、ヘルシンキ(写真:Tuomo Lindfors / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0] )

歯止めかからぬ失業率

景気回復の遅れは失業率の高さに表れている。2025年11月のフィンランドの失業率は10.6%と、2009年のユーロ債務危機以来、最悪となった。EU統計局によると、この月の失業率はEU内でも最も悪く、スペイン、ギリシャなど最下位常連の国々をも上回る結果となった。

移民の増加が求職者を増やし、結果的に失業率を高めているとの見方も出ている。2025年12月の財務省の発表によると、失業率は過去1年で急激に悪化した。財務省は「もはや就業率の低下によるものではなく、労働力人口の増加が原因である。労働力増加の要因は移民と政府の雇用促進策にある」と指摘した。フィンランドには2022年以降、ウクライナから逃れてきた人も多く居住している。

失業率の悪化は、移民によってフィンランド人の職が奪われている、と国内の分断をあおる口実にも使われている。連立与党のフィン人党の国会議員は2025年8月、公開のトークショーで移民に対して「質が低い」などと暴言を吐き、欧米の白人が移民に置き換えられる「大置換陰謀論(great replacement conspiracy)」を「事実だ」と述べ、物議を醸した。

高まる反発、政権支持率は低下

フィンランド国内では、連立政権の任期が残り1年余りとなる中、社会保障、医療福祉政策への批判が一段と強まっている。政府機関である保健福祉研究所(THL)が2025年5月に発表した報告書によると、医療保健、社会福祉サービス対する国民の信頼が大きく低下している。2024年時点で、医療保健に信頼を寄せると答えた人は約半数、社会福祉に対しては42%にすぎなかった。2020年にはそれぞれ76%、60%の信頼を得ていた。また2024年には医師の診察を必要とした人の4人に1人が十分な治療を受けられなかったと感じたと回答した。

選挙ポスター、2024年(写真:Mikko Suhonen / Shutterstock.com)

社会保障の削減が貧富の格差拡大を招いているとの指摘もある。公共放送YLEは2025年9月、フィンランド社会福祉・保健省の報告を基に低所得層(月収が中央値の60%、2023年時点で単身者で1470ユーロを下回る)の割合が現政権発足時は13.4%だったが、15.6%に増加したと伝えた 。中でも子どもを持つ世帯と失業者への影響が深刻だった。YLEによると、社会福祉・保健省の報告書は、経済状況の悪化が社会保障給付削減の正当な理由とみなされる一方で、基本的人権の観点から削減に「問題がないわけではない」と記している

政策のかじ取りをするオルポ政権への批判も高まっている。2025年4月の地方選では、前政権を担った社会民主党が全国で4分の1近くを得票、圧勝した。オリポ首相率いる国民連合党の得票率は20%にとどまり、プッラ財務相のフィン人党は8%と低迷した。フィン人党は財政緊縮策の一環として病院サービスが削減された複数の町で議席を失った。

YLEが2025年11~12月に実施した世論調査でも社会民主党の支持率が24.7%とトップで、国民連合党が18.7%の第2位、フィン人党は14.2%と伸び悩んでいる。2023年の前回総選挙とは与野党の支持率が逆転しており、社会保障、医療福祉の削減が影響しているとみられる。

2026年3月20日、例年のように世界の幸福度ランキングが発表される。国内で不満や反発が高まる中、フィンランドは引き続き、世界1位の座を守るのだろうか。

 

ライター:Kuroda Osamu

グラフィック:A. Ishida

 

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