ジャマイカでは、2025年に入って殺人事件が大幅に減少している。ジャマイカでは300万人に満たない人口に対して、過去25年、ほぼ毎年1,000件以上の殺人事件が起きている。2025年はその数が、1月1日から11月22日までで全土で604件になっており、この傾向が続けば2025年の殺人件数は670件ほどになる見込みである。もしこのまま年間殺人件数が1,000件を下回れば、2003年以来、22年ぶりとなる。
しかしながら、こうした殺人事件減少の裏で、警察による殺害が増加していることも確認されている。人権擁護団体や独立委員会は警察官に対してカメラの装着などを求めているが、警察側はそれに応じる様子は見せていない。
本記事では、ジャマイカの歴史や政治情勢について簡単にまとめ、犯罪の概要を踏まえたうえで、こうした殺人事件について詳しく見ていく。

ジャマイカの警察官(写真:BBC World Service / Flickr [CC BY-NC 2.0])
目次
ジャマイカの概要・歴史
ジャマイカは、カリブ海に浮かぶ人口280万人ほどの島国である。国民の9割以上はアフリカ系であり、ほとんどが植民地時代に連れてこられた奴隷の子孫の人々である。主な産業は、観光業、金融業、鉱業、製造業、農業などであり、そのなかでも観光業や金融業が経済に占める規模が大きい。ビーチはそうした観光資源の一つであるが、数多くのビーチが観光客向けとなっており、地元住民や漁師のアクセスを排除しているという問題がある。また、貧困率は減少傾向にあるものの、エシカルな貧困ライン(※1)とされる1日7.4米ドル以下で暮らす人々は、2021年時点で18%ほど存在している。
ここからは、ジャマイカの歴史について簡単に見ていく。
ジャマイカの先住民は、2つのグループがあったと考えられている。1つは600年ごろにやってきた人々で、赤い陶器を使用していたことだけがわかっている。もう一方の人々は、その後800年ごろにやってきたタイノ人と呼ばれる人々で、漁業や農業などをしながら定住していたことが分かっている。タイノ人は、ジャマイカ以外にも、現在のキューバやハイチ、ドミニカ共和国などにあたるカリブ海の様々な島々に住んでいた。
その後、1494年にクリストファー・コロンブス氏がジャマイカに上陸し、1509年にはスペイン人によって入植が開始されジャマイカは植民地化していく。スペインの植民地化の過程で、キューバなどの近隣のスペイン領植民地への物資を生産するためにタイノ人は奴隷にされ、ヨーロッパから持ち込まれた病気と過労によって多くの人々が亡くなった。その代わりの労働力として、アフリカから奴隷が連れてこられるようになった。17世紀には宗主国がイギリスに変わり、奴隷を使った砂糖やコーヒー、タバコなどの作物の生産が大きく拡大した。
17~18世紀になると逃げだした奴隷による反乱が相次ぎ、19世紀に入って段階的に奴隷制が廃止に向かう。その後、1865年に元奴隷による大規模な暴動起きたものの鎮圧され、より従属度合いの高いイギリス王室直轄の植民地になる。20世紀に入ると、経済不況に対する不満や自治を求める運動が活発化し、労働組合や2025年現在まで続く二大政党が設立される。そして、1944年には選挙に基づく議会を設置、1962年には独立を果たした。

ジャマイカの政治
イギリスから独立した後のジャマイカの政治についても簡単に確認しておこう。ジャマイカの犯罪の多さについては、政党間の競争も1つの原因であり、過去の政治の在り方が現在まで影響を与えているといえる。
ジャマイカは、議会制の政府を持つ立憲君主制の国家である。1962年の独立後から一貫してイギリスとその元植民地からなる国家の連合であるコモンウェルスに所属し、イギリス王を名目上の国家元首にしている。コモンウェルスからの離脱については、2023年に行われた世論調査によると、離脱派が49%、残留派が40%となっている。ただし、ジャマイカ政府は共和制への移行を進めている。
ジャマイカの政治は、1962年の独立以来、人民国家党(PNP)とジャマイカ労働党(JLP)による二大政党制である。両党はそれぞれ別の労働組合をもとに設立されており、PNPが社会民主主義を志向し、JLPがやや保守的な傾向にある。
PNPとJLPは共に独立以前から続く政党で、長期間にわたって熾烈に争ってきた。詳しくは後述するが、そうした争いは都市部の地区ごとの分断や対立する政党支持者への暴力、ひいてはギャングなどによる組織的な暴力にまでつながっている。各政党の支持者は同じ地域に固まって住むようになり、両政党はその基盤を安定化させるために、仕事や住居の斡旋から物理的な暴力まで利用した。政治家と通じたギャングは武力を用いてそれぞれの政党への住民の投票を確実なものとし、政党はその見返りに様々な仕事を融通し、ギャングの犯罪行為に目を瞑った。
1980年にはそうした政治的な暴力が頂点に達し、800人以上が殺害されている。1980から90年代にかけて、両政党が行った経済政策の影響で政党と結びついた政治的な暴力は減少していったが、ギャングは薬物取引などに転換していき、依然として暴力は残り続けている。

ジャマイカ議会の様子(写真:Pan American Health Organization PAHO / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
政治と結びついた直接的な暴力は減ったものの、未だに一部のギャングと議員は関係を持っている。このことによって、市民の政治に対する信頼は損なわれている。例えば、イギリスのエコノミスト誌の調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニットが発表している2024年度の民主主義指数では、政府機能や政治参加、政治文化の観点で低いスコアを取り、「欠陥のある民主主義」に分類されている。また、トランスペアレンシー・インターナショナルが公開している腐敗認識指数では、50点未満が深刻な腐敗があるとされるなかで2024年度は100点中44点を記録しており、賄賂の蔓延や汚職に対する不処罰の存在が指摘されている。
汚職の疑惑は、2016年から首相を務めるアンドリュー・ホルネス氏にも向けられている。JLP党首のホルネス氏は、2025年9月3日の議会選挙で勝利し、3期連続で首相を務めている。ジャマイカの汚職防止機関である誠実委員会の報告書によると、ホルネス氏の資産について合法的な形では説明のつかない増加がみられたという。ホルネス氏自身は疑惑を否定したものの、選挙戦後半ではその弁明に追われた。
ジャマイカにおける犯罪の概要
さて、ここからはジャマイカにおける犯罪について詳しく見ていく。本記事では全体として殺人事件について取り上げるが、その背後にはギャングや政治、貧困との関係がある。
まず、ジャマイカの殺人件数について具体的な数値を見ていこう。
2024年のジャマイカの総殺人件数は1,139件であり、10万人あたりの殺人件数では40.1件になる。21世紀に入って以降の10万人あたりの殺人件数は、おおよそ40~60件で推移している。2023年の世界全体における10万人あたりの殺人件数が約5.2件であることを鑑みると、ジャマイカの殺人事件の多さが浮き彫りになる。2025年11月現在で確認できる世界銀行のデータによると、ジャマイカの10万人あたりの殺人件数は、タークス・カイコス諸島(2022年:76人)、セントクリストファー・ネイビス連邦(2023年:64人)、セントビンセント・グレナディーン諸島(2023年:51人)、アメリカ領ヴァージン諸島(2012年:50人)に次ぐ5位である。
そして、殺人事件の約60%が犯罪組織やギャング絡みなのである。こうしたギャングの暴力が蔓延する原因となったのが、先ほども触れた政党間の対立である。

投票所に並ぶ人々(写真:Defense Visual Information Distribution Service / picryl [Public Domain])
二大政党のPNPとJLPの激しい党派争いのなかで、各政党支持者は特定の地域に集団で生活し、対立政党の支持者はその土地から暴力的に追い出され、都市部は政党に基づいて分断された。各政党はそれぞれの分断された地域をさらに強固な基盤とするために、仕事や住宅などの資源を支持者に分配した。支持者の側も支持政党を対立政党よりも優位にして、支持政党から得られる利権を増幅させるために、暴力を用いるようになった。
政治家の側でもまた、そうした暴力を組織化し、各地域での支持を揺るぎないものにするために利用し始めた。武装した集団の指導者たちは政治家の意思に従って行動し、選挙区の住民の各政党への投票を確実なものにするために行動した。その代わりに、ギャングは仕事の斡旋を受け、犯罪行為を免責された。こうした組織化は1960~70年代にかけて行われ、ギャングは政治家と相互に恩恵を与えながら地域をまとめるようになった。
1990年代には直接的な政治的暴力自体は減少したものの、地域のギャングの存在や議員・警察との癒着、異なる意見に対する不寛容などは残ってしまった。ギャングによる暴力が癒着した議員によって黙認されるなか、ギャングの世代交代が進み、より強権的なリーダーが麻薬や銃の密貿易によって資金を得ながら活動を盛んにしているという状況がある。
ジャマイカは、コロンビアからメキシコを経由してアメリカに輸出されるコカイン貿易の中継国であり、欧米向けの大麻の生産国・輸出国でもある。一方、アメリカからは大量の銃がジャマイカに持ち込まれており、それが殺人事件の増加の一因になっている。実際に、ジャマイカで起こる殺人事件の約8割が銃によるものである。
ギャングには小規模で1つの町や地域に限定されたものから、他国の組織とネットワークを持つような高度に組織化された大規模なものまで存在している。大規模なギャングが他国から輸入した麻薬が小規模なギャングによって市場で流通されたり、銃火器や弾薬が地域的なギャングに転売されたりしているとみられている。そして、地域的なギャングは、若者の犯罪への入り口へとなっている。慢性的な貧困と暴力のなかで生きていかざるをえない子どもたちが、真っ当な手段で社会的な成功を得ることを見込めないために、ギャングに入って金銭や精神的な帰属先を得ることを望んでしまうという問題がある。

若者による犯罪を削減するための支援プログラムの会議の様子(写真:USAID U.S. Agency for International Development / Flickr [CC BY-NC 2.0])
殺人事件の劇的な減少
こうした状況にありながら、ジャマイカの殺人事件件数は、2025年に入って劇的な減少を見せている。はっきりとした理由は分かっていないが、政府の殺人事件に対する取り組みを確認しつつ、その問題点についても次章で見ていこう。
まず、2025年の殺人事件件数の数値を確認しよう。
ジャマイカ警察による犯罪統計によると、2025年1月1日から11月22日までの全土での殺人事件件数は、604件である。2024年の同期間では1,041件であったため、前年比42%の減少を記録している。殺人事件以外では、銃撃事件(前年比33%減)や強姦(同26%減)が減少しているものの、強盗(前年比9.2%増)や窃盗(同20.2%増)は増加している。凶悪事件のすべてが減少しているわけではないものの、殺人事件件数は大幅に減少しているといえる。
こうした殺人事件の減少について、政府側は自身の取り組みの成果であると主張している。2025年9月の議会選挙でも殺人事件の減少を成果として強調したホルネス首相は、治安部隊への投資・強化や法律の強化を殺人事件減少の理由に挙げている。安全保障担当する大臣のホレス・チャン氏も同様に、訓練や諜報機関の活動を通した警察の強化や法改定によって、ジャマイカがより安全になったと述べている。
はっきりした因果関係は分からないものの、こうした治安部隊の能力向上への投資が殺人事件減少に寄与している可能性はある。ただし、殺人事件が減少しているとはいえ1960~70年代の水準に比べると依然として高く、殺人事件が一時的に減少してまた増加する現象は過去にもみられたものであると批判する意見もある。
懸念される人権侵害
しかしながら、そうした強化された犯罪対策が人権を侵害する危険性が高まっている。
ジャマイカでは犯罪対策として非常事態宣言が頻繫に使用されている。非常事態宣言が出されると、その期間中、治安部隊や法執行機関の権限が拡張され、令状なしの捜査や起訴・裁判なしの拘留が可能になる。非常事態宣言は、14日以内、あるいは両院の各3分の2以上の賛成があれば3か月を超えない期間で発することができる。非常事態宣言が犯罪減少に有効に寄与しているかには疑問が残るにもかかわらず、ジャマイカ政府は市民の自由などの権利を一時的であっても停止する措置を手軽に取るようになっている。
そして、治安部隊に関して懸念されているのが、治安部隊による射殺件数の大幅な増加である。警察に対する調査を行う独立調査委員会(INDECOM)の報告によると、射殺件数は2024年に189件だったのが、2025年には11月24日までですでに278件になっている。無実の市民を暴行あるいは殺害したとして、警察官がINDECOMの捜査を受けて、起訴されるという事件も複数発生している。
こうした状況を受けて、人権団体や警察に殺害された人々の遺族、INDECOMなどは、捜査の透明性を高めるために、警察官にカメラを着用するように求めている。また、指名手配犯の逮捕等に係る作戦の結果、警察による射殺が増えていることについても懸念が示されている。

ジャマイカの警察車両(写真:Dickelbers / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
安全な社会を目指すには
2025年、ジャマイカ政府は殺人事件減少のために、未成年による殺人への罰則を強化した。法案の検討段階において、その刑罰の重さは犯罪を犯した未成年の更生を促進せず、再犯の可能性を高めると批判された。事後的な刑罰を強化するのではなく、子どもが犯罪に手を染めてしまう前に、その背景にある様々な要因を改善するように取り組む必要があるとされている。
ジャマイカで殺人事件が減少したこと自体は喜ばしいことである。しかしながら、人権侵害や自由の制限をもとに成り立つのであれば改善する必要があるし、事後的な対応のみならず、貧困や政治とギャングの癒着、南北アメリカにはびこる麻薬問題など犯罪が起こる根本的な原因に取り組む必要もあるだろう。
※1 GNVでは世界銀行が定める極度の貧困ライン(1日2.15米ドル)ではなく、エシカル(倫理的)な貧困ライン(1日7.4米ドル)を採用している。詳しくはGNVの記事「世界の貧困状況をどう読み解くのか?」参照。
グラフィック:A. Ishida





















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