2019年11月20日は「子どもの権利条約」が採択されて30周年記念であった。子どもの権利条約とは、生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利など、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約である。 18歳未満の児童(子ども)を、権利をもつひとりの人間として捉え人権を認めるとともに、子どもが成長する過程で必要である特別な保護や配慮など、子ども特有の権利も定めている。この条約が採択されてからこの30年間で、世界の子どもたちを取り巻く状況は劇的に改善されてきた。例えば、世界全体では5歳未満の子供の死亡率は約58%低下し、発育不良である子どもの数も約5,000万人減少した。また、危険な労働を強いられている子供の数も減少し、男女間における教育の格差は縮まってきている。しかし、こうした成果から取り残されている子どもたちも多く存在するのが事実である。 現在も、世界では子どもたちが貧困、武力紛争、教育、差別などの問題を抱えているが、そのような現状は報道においてどのように反映されているのだろうか。子供の現状とそれに対する報道を見ていきたい。

アフガニスタンで綺麗な水を容器に入れる子どもたち(写真:USAID/PIXNIO [CC 0])
貧困と子ども
子どもの保護を目的に活動する国際NGOによると、子どもにとって最も大きな脅威とされているのが、貧困である。子どもの貧困は、5歳以下で死亡するリスクの増加、栄養失調、児童労働、教育の機会の喪失、早期結婚、早期出産など、様々な悪影響をもたらす。特に、栄養失調に陥った子どもたちは感染症やその他の病気にかかりやすくなり、多くの子どもたちの死亡を引き起こしている。世界全体で5歳未満の死亡者の総数は、1990年の1,260万人から2018年には530万人に大幅に減少 したが、予防できるはずの死は現在も多い。その死因としては、45%が感染症、15%が肺炎およびその他の下気道疾患、12%が早産および新生児障害、10%が下痢性疾患を占めているという。
子どもたちが生きていく上で、水と衛生は重要な問題だ。汚れた水や不衛生な環境は子どもたちの感染症を引き起こし、死亡につながる可能性を高める。ユニセフ(UNICEF)の調査によると、子どもと大人を含めた総人口の約3人に1人が清潔な水を使用できず、約2人に1人が安全に管理されたトイレを使用できず、約5人に2人が石鹸や清潔な水の備わった基本的な手洗い設備のない環境下で暮らしている。子供を育てる大人がそのような環境下で暮らしていると、子どもの生活環境にも影響してしまうことから、子どもだけでなく大人も含めた全体への取り組みが必要だろう。 水と衛生の問題に加え、貧困による栄養失調もさらに子どもたちの脆弱性を強める。世界的には、5歳以下の子どもの3人に1人が適切な成長に必要な栄養を摂取できていない。十分な栄養が不足していると、健康に対する脆弱性に加え、脳の発達不良、学習力の低下をもたらし、子供たちの未来にも影響を与える。また、このような環境下に置かれている子どもたちは、洪水、干ばつ、暴風雨などの気候変動による悪影響をより強く受ける。

フィリピンにて、台風の後ワクチンを受ける子ども(写真:DFID/Wikimedia Commons [CC BY 2.0])
このような状況の中で、ワクチンは大きな役割を果たしている。世界保健機関(WHO)によると、1990年以降の子どもの死亡率を58%削減することにワクチンは寄与してきたという。しかし、そもそも人々のワクチンの重要性に対する理解が薄いこと、脆弱な国、医療システムの弱い国ではワクチンへのアクセスが難しいこと、またワクチンの製造には数年かかるため、急な需要には対応できないことなどから、ワクチンを必要としている子どもたちが十分にワクチンを受けられていないのが現状である。また、医療措置が必要な時にそれを妨げるのも、貧困である。医療費だけではなく、医療を受けるための移動にかかる交通費や医者に対する治療費以外の支払いなど、医療システムの整っていない国では医療を受けるのに高いお金がかかり、貧困層には手が届かない場合もある。貧困は栄養失調や感染を生み、それは更なる貧困や児童労働、子どもの教育の機会をはく奪することにも繋がる。 現時点で、貧困に苦しむ子どもの数は約10億人と言われており、これは世界の子どものうち約2人に1人を意味する。子どもを取り巻く状況が改善されてきたとは言え、まだまだアプローチが必要であることは言うまでもない。
武力紛争に影響を受ける子ども
では、紛争に苦しんでいる子どもはどのくらいいるのだろうか。世界の子どもの状況は改善されてきたと言われているが、現在でも世界の子どもの5分の1の人数が紛争の影響を受ける地帯に住んでおり、その被害を受けている。その数は4億2千万人にものぼる。

イエメンにて、紛争で荒廃した家の中で立ちつくす子ども(写真:Felton Davis/Flickr [CC BY 2.0])
国際NGOの調査によると、2013年から2017年の間に紛争で最も大きな打撃を受けた10カ国(アフガニスタン、イエメン、南スーダン、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、シリア、イラク、マリ、ナイジェリア、ソマリア)で5歳未満の子ども約87万人が死亡したとされているが、 そのうち少なくとも55万人は幼児だった。これに対し、これらの10か国で死亡した兵士の数はその約3分の1である17万5千人であったという。紛争地域に住んでいる子どもたちがいかに危険な毎日を強いられているかが分かる。紛争というワードを聞くと、爆弾や兵器などで直接子どもたちが亡くなっているといった光景を想像しがちであるが、実際には多くの子どもたちが飢えや医療、水、衛生品の不足など、紛争によってもたらされた生活環境の悪化が原因で死亡している。紛争は、直接的な危険だけではなく、栄養失調、児童労働、子ども兵士、性的暴力、難民化、教育の機会の喪失、戦争孤児の増加など様々な悪影響をもたらすのだ。紛争地域では通常の3倍、栄養失調の子どもが多いと言われている。紛争がもたらす間接的影響にも目を向ける必要がある。
教育と差別の実態
2015年に、国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、4番目に「質の高い教育をみんなに」、5番目に「ジェンダー平等を実現しよう」と目標が定められたことからもわかるように、教育や差別問題は近年より重要視されている。教育は基本的人権であり、個人と社会全体の発展や豊かな暮らしに教育は必要不可欠である。教育の持つ効果は偉大であり、子どもの教育を受ける期間が1年延びるごとに、彼らが大人になってからの収入は約10%増加し、貧困率は約9%低下すると言われている。しかし、現在も小学校と中学校に通う年齢の子どものうち2億5,800万人が学校に通えない状態にある。これらの背景としては、貧困、児童労働、紛争による学校へのアクセスの難化、女子や障害をもつ子どもへの差別、学校や教材・教師の不足など様々な要因がある。

教育を受けるアフリカの子どもたち(写真:The White House/Flickr [Public Domain Mark 1.0])
また、教育を妨げる要因の1つである差別問題も深刻である。子どもたちが差別の対象となったとき、教育の否定や適切な医療措置からの除外、暴力、児童労働など、様々な害を及ぼす。主な差別としては、ジェンダー差別、障害を持つ子どもに対する差別、民族や人種による差別が挙げられる。特に女子に対する差別は深刻であり、世界で5億7,500万人の女子が差別に直面している。家事労働に従事する子どもの9割は12-17歳の女子であるというデータが示すように、彼女たちは教育を受ける権利を否定され、精神的・身体的にも早すぎる結婚や出産を強いられているのだ。このような差別は幼児殺害、妊娠中絶、栄養不良、ネグレクト(育児放棄)などのより深刻な問題にもつながるため、女子への差別がひどい一部の国では、女子の方が男子よりも死亡数が高い傾向にあることも分かっている。
日本はどのように世界の子どもを報道している?
では、このような現状を踏まえて、日本のメディアは世界の子どもたちをどのように報道しているのか見てみよう。読売新聞で2014年1月1日~2018年12月31日に国際面で報道された記事の中から、記事のタイトルに「子供」、「子ども」、「児童」、「少年」、「少女」を含むものを取り上げ、記事の内容と地域を調べた。上記では子どもが抱える問題などネガティブな側面を中心に紹介してきたが、もちろん子どもについての報道では、スポーツや国際交流などのポジティブな側面もある。
これらの条件で検索した結果、5年間で195個の記事がヒットした。まず記事の内容としては、スポーツ、紛争関連、事件、人権侵害や事故、交流、災害などがあった(※1)。オリンピックに絡めたものやスポーツをしている個人に焦点を当てているスポーツ記事(17%)、中東のテロや、空爆による子どもの死亡が主に書かれた紛争関連の記事(16%)、殺人事件から拉致問題まで様々な事件が書かれた事件に関する記事(16%)で全体の半分が占められていた。人権侵害に関する記事(12%)では、児童労働や性的虐待など世界の状況を広く捉え報道している記事が多かった。また交流に関する記事(7%)では、大統領やスポーツ選手などの有名人が困難のある子どもと触れ合うといった記事が多かった。世界の子どもにとって重要な課題となっている貧困(約1%)や保健・医療(約1%)、教育(約3%)に関する記事は少なく、その他に分類されている。
世界の子どもに関する日本での報道の特徴として、新規性が重要視されている印象を受けた。例えば、紛争関連の暴力による子どもの死亡を内容とする記事が多く見られたが、実際は紛争が引き起こす貧困で亡くなっている子どもの数の方が圧倒的に多く、この事実について書かれている記事は1つもなかった。空爆やテロなど、その日に起こった事柄で亡くなった子どもたちは報道されていても、元々存在していた要因によって亡くなった子どもたちは報道されていない。何かを報道するに当たって報道内容の新規性は重要であるが、それだけでは世界の子どもたちの実態を正確には捉えにくい。また、貧困や保健・医療、教育の分野にも、例えば新しいワクチンの導入や新しい取り組みによる貧困の減少など、報道を通して伝えられる新規性は決して少なくない。
どの地域を報道している?
また、ヒットした195の記事が紹介している地域の分配も調べた。地域はアジア、中東、ヨーロッパ、北米、中南米、アフリカ、オセアニアの7つに分け、その他には世界全体について書かれているものを分類した。
地域分布のグラフによると、アジア、中東、ヨーロッパや北米で全体の約8割を占めている。世界の乳児の死亡数の約38%を占めるなど課題の多いアフリカ地域についての記事は、全体のうちたった9%であった。また、アフリカに次いで子どもの死亡数や課題の多い南アジア地域に関する記事は、全体のうち約6%だった。地域的なバランスがすべてではないにしても、ある程度のバランスがなければ世界の現状は把握できないだろう。 また、国際面での記事に限定したが、そのなかでも日本に関連する記事もあり、195個の記事のうち日本関連の記事は約12%であった。記事の主な内容としては、日本の有名人と世界の子どもの交流に関するものや、日本の子どもが世界の子どもを何らかの形で支援するといった、日本の視点から書かれたものが多かった。また、低所得国を含む記事の中で、日本の支援について書かれていた記事は約10%で、一方日本以外の先進国による支援について書かれていた記事は約3.5%だった。支援の内容としては、日本の小学生が米を収穫してアフリカのマリに送るといった内容や、ルイヴィトンがブレスレットの売り上げ金を利用してシリアの子どもたちを支援するものなど、身近な団体または有名人が主体となっている限定的なものが多かった。
これに対し、UNICEFなどの国際連合が行っているより規模や影響の大きな支援に関する記事は一切取り上げられていなかった。これでは、支援そのものの社会的インパクトよりも、支援している日本の主体にばかり注目が集まり報道されていると言ってもよい。報道機関として、人々の身近なものに沿って報道を行うことも必要だが、社会的インパクトの大きな事柄も同様に報道しなければ、報道から見えてくる世界の現実と認識がずれてしまう。 また、低所得国を含む記事は全記事の約57%と、半分以上を占めており、その中で紛争に関する記事は約42%を占めていた。それに対して、貧困に関する記事はたったの2%だった。子どもが受けている被害は紛争よりも貧困の方がはるかに大きいにもかかわらず、やはりここでもセンセーショナルな出来事のほうがより注目されている。

児童労働を行うエクアドルの子どもたち(写真:Maurizio Costanzo/Flickr [CC BY 2.0])
世界の子どもの実態と共に、世界の子どもについての日本における報道のあり方を見た。日本での報道を見る限り、世界の子どもにとって極めて深刻かつ規模の膨大な貧困や保健・医療、教育などの問題はほぼ存在していないかのように見える。これは、日本の報道機関が新規性を重要視していることに起因していると考えられ、国際報道全般に見られる傾向でもある。しかし、貧困や保健・医療、教育の問題にも、原因や改善策の変化、現状の悪化や改善など、新規性のある側面は決して少なくない。ニュースとして新規性は重要な一面であるが、そればかりを重視しすぎると既存の問題、現象、傾向が軽視され、現状を把握できなくなる。それでは、世界の現状に対する読者の理解と現実の間にギャップが生まれ、世界の子どもに対する正確な認識を妨げてしまう。新たな出来事の報道と共に、既存する重要な出来事も同時に報道することで、より正確に、包括的に世界の子どもたちの現状を伝えることができるだろう。
※1 それぞれの記事を平等に計数するため、一つの記事で二つのテーマや国・地域を扱っている場合、それぞれ0.5記事として計数する。例えば、一つの記事が紛争と人権侵害のことを報じている場合、紛争に関する記事0.5記事、人権侵害に関する記事0.5記事としている。
ライター:Ayaka Hino
グラフィック:Ayaka Hino
新規性がないと新聞に載せるべきニュースとは言えない。勿論それらも載せた方が良いのだろうが、載せるべきものを含めて、様々な制約上載せられないケースがある。一方でそういったものが載るケースもある。それは載せるべきニュースがない時だ。大事件がなかった時と言い換えても良い。そういう時は紙面を埋める為に事前に用意された記事、暇ネタを載せる。「暇」って、貧困や児童労働等は緊急性の高い問題だろと言われるだろうが、とにかく暇ネタと言うのだ。逆に言えば、そうでもないと載らない。
よって、そういう類いを高度に知りたいなら新聞を見ても不十分である可能性が高い。では、何処を見ればいいのか。私には思いつかない。例えば本文にでたユニセフについてはその活動内容が中心だ。ユニセフは支援団体、あるいは表現の自由の規制に関するロビー団体であるとも言えるだろうが、報道機関ではない。結局現地のメディアを見て検索して回るしかないのか。
問題の本質を理解するためにはスロージャーナリズムももっと重視されていってほしいなと感じました。
良記事だと思いました。
大事なこと、知られるべきことも新規性を持たせて報道することができる、と言う着眼点というか、アドバイス、的確だと感じます。
スポーツに関するニュースはやはり多いですね。スポーツについて報道するメリットはあるじゃあるけど、教育の方が重要ではないかと。
武力紛争の影響についてのところで、死因が兵器や爆弾によるものより、貧困によるものの方が多いということに驚きました。