日本において、アメリカの存在が非常に大きい。世界では圧倒的な軍事力と経済力を保持していることもあるが、様々な分野における関係が深い。安全保障でみると、日米同盟が結ばれており、米軍基地が沖縄を中心に配置され、日本はアメリカの核の傘に入っている。アメリカが世界で戦争をするときには日本政府は基本的に支持を表明し、イラクやアフガニスタンでの戦争では、戦争支援もしてきた。貿易関係においても、ときには摩擦が発生するものの、その量が非常に多い。社会や文化のレベルでみても、アメリカは旅行や留学の人気の行き先であり、映画やファッションの分野においても大きな影響力を受けている。では、メディアに関してはどうなのか。この記事では、国際報道を中心にアメリカと日本のメディアを比較し、その関係を探る。
日本の報道で見るアメリカへの執着
国際報道をみる限り、日本のメディアはアメリカ以上に注目する国はない。隣にある大国である中国への注目度は近年増えてはいるものの、いまだにアメリカを上回ることはない。その傾向は大手全国紙においても、テレビニュースでも明らかだ。選挙に関する報道では他国との差がさらに増える。2016年の米大統領選挙でみると日本での選挙報道は選挙の2年前から活発になり、他国で行われた選挙の何倍もの報道量で取り上げられていた。トランプ米大統領が着任してからも、他国に関しての報道量が犠牲なるほど、大きく着目されている。
しかし、この注目は決して政治的なものばかりではない。アメリカは社会問題から芸能やスポーツまで、普段から様々な分野で日本の国際報道の大きな一部を占めている。アメリカのローカルな事件ばかりを、ニューヨークから特派員が生中継で伝えるという定期的なコーナーを設けているワイドショーもあるくらいである。このような傾向は報道機関の長期戦略でも反映されている。それは支局の配置で見ることができる。例えば、NHKや大手全国紙はそれぞれアメリカだけで3つの総支局を展開しており、取材体制としては、アフリカ大陸と中南米をすべて合わせても、アメリカという1ヶ国が上回っている。
日本とアメリカにおける国際報道:大陸で比較
しかし日本のメディアで見られるアメリカへの執着はアメリカに関する報道量のみならず、日本の国際報道において、アメリカ以外の地域に関しても、アメリカのメディアの影響があるという指摘がある。つまり、日本のメディアは中国や朝鮮半島という身近な地域なら独自の関心、視点および取材力を保持しているが、関心が高くない地域になればなるほど、影響を受けやすくなる。アメリカのメディアがある地域や話題を取り上げれば、日本のメディアも取り上げるようになり、報道機関の優先順位が似てくるという見方である。
このような傾向は果たして、報道量で見えるのだろうか。以下では、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙(The New York Times)と日本の大手全国紙3社(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞の平均値)の国際報道量(2015年分)を比較する。ニューヨーク・タイムズ紙を取り上げる理由としては、アメリカ国内のみならず、世界的にも影響力が大きい新聞だとされているからである。
2015年の報道量はどうだったのか。大きく分けて大陸別(※1)でみると、上のグラフにあるように、ニューヨーク・タイムズ紙と日本の大手全国紙の関心が非常に近いように見える。6大陸の報道量の順位はすべて一致しており、その分布もよく似ている。双方において、アジアに関する報道量が圧倒的に多く、2位のヨーロッパを加えると、ともに全国際報道の70%近く占めている。北米に関しては、日本の報道の方がニューヨーク・タイムズより割合が多いが、ニューヨーク・タイムズ紙の場合、アメリカに関する報道の多くは国内報道となり、ここでは反映されない。また、双方において、アフリカと中南米に対する報道量は少ないが、これらの地域に対しても、ニューヨーク・タイムズ紙の報道量の割合は日本の新聞に比べ倍以上割り当てられている。日本のメディアの方が報道される地域とされない地域の差が極端である。
国別で見る共通点と相違点
しかし、大陸だけで比較すると、見えない相違点もある。例えば、アジアには、東アジアも中東も含まれており、そこにはアメリカと日本のメディアが重要視する地域の違いもある。例えば、日本の大手全国紙において、アジア全体の中で中東(※2)が占める割合が19%程度だが、ニューヨーク・タイムズ紙の場合、その割合がその倍以上の43%に上る。
そこで国別に分析をして、共通点と相違点をさらに探る。以下、ニューヨーク・タイムズ紙と日本の大手全国紙3社の国際報道の割合、上位10ヶ国を表すグラフを並べる。いずれのグラフにも上位10ヶ国の横に国際報道に含まれている「自国」に関する報道の割合が示されている(※3)。
ふたつのグラフを比べてみると、ニューヨーク・タイムズ紙と日本の大手全国紙3社の上位10ヶ国の内、6ヶ国(中国、フランス、シリア、ロシア、イギリス、ドイツ)が重なっており、それぞれの新聞の優先順位が国レベルでもある程度似ていることがわかる。中国に関してはアメリカ、日本とも様々なレベルで意識している大国であり、多くの報道の対象になっているのは理解しやすい。2015年、フランスに関する報道が多かった理由は2つのテロ事件が発生したからだ。テロ事件の規模としては世界最大というわけではなかったが、日本やアメリカにおいて普段から意識している先進国だという理由は考えられる。また、世界で数多くの武力紛争は起きているが、アメリカ、日本ともIS(イスラム国)を自国への脅威として見ていることもあり、シリア紛争が大きく取り上げられている。その他に、ロシア、ドイツ、イギリスといったヨーロッパの大国は大きな出来事がなくても、普段からアメリカや日本に意識されていることがわかる。
注目されていない地域の中でも共通点が見受けられる。例えば、報道量が少なかったアフリカについて、報道量の上位4ヶ国はニューヨーク・タイムズ紙と日本の新聞においても同じ4ヶ国(エジプト、ナイジェリア、チュニジア、リビア)となった(その順位は一致しないが)。中南米に対して、上位の国々は必ずしも一致はしなかったが、日本の新聞における中南米報道量の半分近くを占めていたのはキューバだったことがアメリカへの強い関心を物語っている。2015年にはアメリカとキューバが国交を正常化したことがその報道のほとんどを占めていた。
しかし、上位10ヶ国で見る相違点も興味深い。ニューヨーク・タイムズ紙の中東への高い関心が見受けられる。シリアの他に、イスラエル・パレスチナ問題はアメリカの政治界では非常に大きな存在となっており、それは報道量でも反映されている。又、長年アメリカが軍事介入を続けているイラクも、核開発をめぐり対立してきたイランも注目の対象となった。日本の大手全国紙はイラクとイランには比較的に注目していたが、上位10ヶ国には入らず、イスラエル・パレスチナへの関心はさらに低かった。逆に、日本の新聞の注目度がニューヨーク・タイムズ紙をはるかに上回ったのは日本への距離が近い朝鮮半島やミャンマーだった。
最後に、日本のメディアはどの国よりもアメリカへの関心は高いが、逆にニューヨーク・タイムズ紙は日本に対してそれほど関心を持っていないようだ。国別の報道量で見ると、日本は21位であり、国際報道の1%に止まっている。
日本のメディアは影響されているのか?
今回の比較でアメリカと日本のメディアにおける様々な共通点を見出したが、それがどこまで「影響」として捉えることができるのかは必ずしもはっきりしない。メディアが重要視する地域や国を決めるプロセスは複雑であり、長年の決断の積み重ねの結果でもある。また、影響が見られたとしても、それはアメリカのメディアから日本のメディアへの影響の場合もあれば、アメリカが関心を持っている出来事に日本政府も追随し、やがてその関心が日本政府から日本のメディアに移る場合もある。日本のメディアが独自の判断で重要視する地域はアメリカが重要視する地域と偶然に一致する場合も考えられる。
しかし、日本のメディアにとって、アメリカの存在が非常に大きいことは明らかである。さらに、中東や東アジアにおける関心のずれはあっても、日本とアメリカの国際報道におけるアンバランスがよく似ているのも事実だ。何らかの影響が働いているとは否定できないだろう。国際報道にある大きな偏りの改善に向かいつつ、世界が包括的に見えるような独自の視点の構築を求めたい。
※1:地域はUNSD(United Nations Statistics Division、国連統計部)の基準に従い、アジア、アフリカ、オセアニア、ヨーロッパ、北米、中南米の6地域に分けている。
※2:「中東」はUNSDの「西アジア」の国々としている。
※3:日本の新聞の場合、例えば日中関係に関する記事は国際報道としてカウントされるが、この国際報道に含まれている日本の分である。GNVの国際報道の定義については「GNVデータ分析方法【PDF】」を参照されたい。
ライター:Virgil Hawkins
データの協力:Kim Sooyeon, Yosuke Tomino
グラフィック:Yosuke Tomino