2021年、セネガルを拠点とするウェーブ(Wave)というモバイルマネーを扱うスタートアップ企業が、2億米ドルの資金調達を達成した。ウェーブのサービスは、スマートフォンの画面上で簡単に入出金、送金、請求書の支払いができるという点でペイパル(PayPal)のような従来型の決済サービスと一見似たようなものである。しかし、ウェーブは銀行口座やクレジットカードを所有していなくとも、アカウントを作成するのみで全てのサービスが使用できるという点で、従来型のキャッシュレス決済に比べて画期的である。貧困層にとって銀行口座の開設は難しいため、アフリカでは銀行口座保有率が低く、だからこそ銀行口座なしでキャッシュレス決済ができるサービスというのはニーズが高いものなのだ。
2021年は、この他にもアフリカ大陸で8つのスタートアップ企業が1億米ドル以上の資金調達を達成し、アフリカのスタートアップ企業に「メガラウンド(※1)資金調達時代」が到来した。このような近年のアフリカへの投資は、後に詳しく述べるように、これまでの高所得国による搾取につながったとも思われるアフリカへの投資とは、質的に一線を画すものであるという点でも良い傾向であると捉えることができる。しかしそれと同時に、スタートアップ企業らはアフリカ特有の厳しい課題に直面してもいる。今回の記事では、その光と影の両方を取り上げていこう。

ウェーブのサイト 2022年7月21日撮影(写真:Koki Ueda)
搾取から相互利益へ
奴隷貿易時代や植民地主義時代、アフリカが当時列強と呼ばれていた高所得国から、不当な搾取を受けてきたことは周知の事実である。しかし、1960年代にアフリカ諸国が独立を果たした以降も、高所得国によってアフリカに対してのある種の搾取につながっているとも言える投資が行われてきた。いわゆる「新植民地主義」という現象である。例えば、鉱業や農業などの分野において、潤沢な資金をもった外資企業が不公平な取引を行い、資源を搾取するようなことが見られてきた。またこのような投資や貿易で、外資企業の租税回避などによって不法に資本が流出してきたという問題もある。
一方で、近年のスタートアップ企業への投資は、アフリカの企業の側にそれなりの運営主導権があり、こういった点では従来型の投資に比べて良いものだと捉えられる。企業らの有望なビジネスモデル自体が世界の投資家から認められ、企業らは投資家の資金をつかってビジネスを展開、拡大、収益化でき、さらには投資家の側も分配金を得られるという、互恵的なものであるとも言える。
アフリカのスタートアップ企業のめざましい台頭
スタートアップ企業とは、事業の最初の段階にある企業のことである。通常そのような企業は収益が限られていながら事業の立ち上げのために多額の資金が必要となるため、ベンチャーキャピタル(※2)などから資金を調達する必要がある。2020年、1億米ドル以上の資金を調達できたアフリカのスタートアップ企業は皆無であったが、2021年はコロナ対策として各国政府や中央銀行による財政出動や金融緩和が行われたことで、世界的にマネー量が増加したことも相まって、1億米ドルの資金調達、つまりメガラウンドが多発することになった。
この傾向は2021年から始まった訳ではない。近年アフリカでは、十分な資金調達を確保できる企業の数が急増しているのだ。コンサルタント会社BCGの調査 によると、ベンチャーキャピタルからの資金を確保できたアフリカのスタートアップ企業の数は、2015年から2020年の間に年率約46%のペースで増えているそうだ。世界平均が年率約8%の増加ペースであるのに対して、その約6倍のペースで増加している。
注目はテック企業
特に世界的に著名な機関投資家から多額の資金を集めているのは、テック関連の企業である。2021年、全てのアフリカのテック関連のスタートアップ企業が調達した金額の合計は20億米ドルにのぼり、これは前年の3倍もの額である。ナイジェリアを拠点とするフィンテック (※3)企業であるオーペイ(OPay)は、ATMの簡易的な代替品となるPOSマシンの提供やQRコードでの決済処理を扱っている。同社は、日本のソフトバンクや中国のセコイア・キャピタル・チャイナ(Sequoia Capital China)、その他5つの企業から4億米ドルを調達した。同じくナイジェリアが拠点のフィンテック企業であるフラッターウェーブ(Flutterwave)は、異なる決済サービスの利用者間での支払いを可能にするプラットフォームを提供している。同社はアメリカのアベニール・グロース・キャピタル(Avenir Growth Capital)やタイガー・グローバル・マネジメント(Tiger Global Management)などから1.7億米ドルを調達した。アフリカ内の企業からの投資もあり、エムエフエス・アフリカ(MFS Africa)は、フラッターウェーブと同じようなプラットフォームを提供している企業であるが、同社は南アフリカのアフリックインベスト(AfricInvest)などから約1億米ドルを調達した。
なぜ近年アフリカのテック関連のス タートアップ企業に資金が集まるのか。その理由は様々だ。まず、アフリカが10億人もの人口を抱えており、平均年齢も若く人口増加が見込めることがある。消費人口の増加は、もちろん企業の売り上げにとってプラスである。また、インターネット普及率が向上していることも挙げられる。実際2000年から2021年の間にアフリカ全体のインターネット人口は130倍に増加した。さらに、電子決済やeコマース、ソフトウェアなどの市場の成長ポテンシャルが高いことも挙げられる。例えば、2007年にケニアで誕生したモバイル送金サービス、エムペサ(M-pesa)は、2016年までにアカウント数が同国成人人口の90%にまで成長した。テクノロジーの適用分野はフィンテックにとどまらず、農業や医療にまで広がっている。以上のような理由によって、世界の投資家はアフリカのテック企業に惹きつけてられているようだ。
ビジネスの安定化へは遠い道のり
ここまでの話からすると、アフリカ企業は順調であると思ってしまいがちだが、現実はそうではない。企業らは厳しい壁に直面している。 課題はスタートアップ企業らがどのような段階まで資金調達に成功しているかから見えるものがあり、まずはこの観点から見ていきたい。
ここで、一般的なスタートアップ企業がどのような段階を踏んで資金調達をするのかについて説明したい。

スタートアップ企業の資金調達ラウンド (utokyo-ipcの情報を元に作成)
一番初めは、エンジェルラウンドやシードと呼ばれる投資によって資金調達をする。次はシリーズAだ。これは、試作品が完成して製品の提供を開始した段階で行われる。その次はシリーズBである。これは、ビジネスが軌道にのりさらなるビジネス拡大の段階で行われる。さらにその次になされるのが、シリーズC以降のものである。黒字経営が安定した段階である。
多くのアフリカのスタートアップ企業は、ビジネスを軌道にのせたり、黒字経営を安定的にしたりできていない。実際、ほとんどのスタートアップ企業はシリーズB以降の資金調達ができていないそうだ。
BCGの調査によると、2019年、アフリカでわずかにシリーズC以降の資金調達を達成した企業が出てきたものの、やはり2014年の結果と比べてもシリーズB以降の資金調達ができた企業の割合は依然として小さいままである。アメリカの結果と比べても、その割合は低いことが分かる。よって、ビジネスの安定化、黒字経営の安定化を達成できるアフリカのスタートアップ企業は、ごく少数でしかないといえる。
その背景にあるものは
アフリカ企業がビジネスの安定化を達成しづらい原因は様々だ。まず第一に、個人消費が弱いということがある。2017年のアフリカ平均の一人当たりGDPは1,809米ドルであり、これは2017年の世界平均の10,830米ドルと比べてかなり低いのが分かる。確かに、世界銀行がGDP等のデータを考慮して定める低所得国の基準などの観点から、アフリカ諸国の貧困は解消されてきていると唱えるものもいるが、世界銀行の定めるこの基準は著しく低く、とてもアフリカの貧困状態を捉えられているとはいえない。所得と寿命を考慮して、実質的に生き伸びることが保障できるかどうかを基準にして定められる「エシカルな貧困ライン」というものがあるのだが、サハラ以南アフリカ全体の92%もの人がこのライン以下で生活している。ほとんどのアフリカ人がぎりぎりの生活を迫られていることが分かる。アフリカ企業を取り巻く個人消費者の環境は、高所得国のそれと比べて著しく悪いのだ。
次に、脆弱なデータ通信インフラが挙げられる。アフリカは海底ケーブルを通じてグローバルインターネットに接続しているが、内陸国はこの恩恵を受けづらく、また海岸のある国でさえも、海底ケーブル敷設港が1、 2個しかないケースも多い。したがってケーブルに亀裂が生じるなどの不具合があるたびに、定期的なインターネットの速度低下、あるいは停止が起こってしまう。また、高所得国はこの10年間光ファイバー通信を導入することで膨大なデータを通信できるようになったのだが、光ファイバーケーブルの設置には巨額の費用がかかるため、アフリカにはあまり普及しておらず、その恩恵を受けられていない。
電力供給の問題もある。南アフリカを除く、サハラ以南アフリカの同時総発電能力は68ギガワットであり、これはスペイン1国よりも低い。それに伴う電力不足や停電は、アフリカの人々のインターネットへのアクセスを妨げている。さらに、通信費の問題もある。日本の月額制通信費はひと月当たり平均で47米ドルであるのに対し、サハラ以南アフリカ諸国のそれは、30~99米ドルほどである。先に述べたとおり、アフリカ諸国のほとんど人は貧困に苦しんでいるにも関わらず、日本と同等の、あるいはそれ以上に高い通信費に直面している。ネット利用には高いハードルがあるのだ。
さらには、紛争や政治的混乱も挙げられる。世界の紛争や暴力事件に関するデータを集め分析する研究機関であるACLED のデータによると、2021年はサブサハラアフリカの7か国で100人以上の死者を出したのが分かる。政治的混乱も深刻で、西アフリカだけをとってみても、直近の1年半でクーデター、あるいはクーデター未遂が8件起こった。紛争や政治的混乱によって企業がビジネスの中断を余儀なくされることがあり、また紛争は先行きが不透明なため、投資家にとってアフリカに資金を投入する際の不安要素となっている。
その他にも、アフリカ市場が地域ごとに断片的であること、デジタル人材が希薄であること、アフリカ外の大企業が強力な競合相手となっていることなどが原因として挙げられる。さらには、ビジネスをするための法的な環境が整っていないことも挙げられる。ビジネス環境改善指数というものがあり、これは法的規制の観点から見て起業や契約、納税のプロセスやコストが適切かどうかを測るものである。アフリカ諸国は世界ランキングで190か国中100~190位ほどである。世界全体と比べて法的環境が必ずしも望ましいとは言えないことが分かる。
解決に向けた取り組み
このように様々な問題に直面するスタートアップ企業が、ビジネスの安定化、黒字経営の安定化を成し遂げるためには、やはり各国政府の側から政策等によって企業を支える必要があり、実際にそのような取り組みも始まりつつある。
まず初めに挙げられるのが、国家イノベーション戦略の打ち出しだ。具体的に言うと、各国政府が自国の強みを分析し、それに基づいて重点をおく産業分野を特定することなどである。例えばエジプトは、国内に豊富にある砂漠に目をつけ、そこで再生可能な太陽光エネルギーや風力エネルギーに関する技術的なイノベーションを盛んにすることを目標としている 。次にあるのが、イノベーション刺激策の打ち出しだ。研究施設や研究データへのオープンアクセスを許可することや、地税制上の優遇措置や助成金を出すことなどがこれにあたる。例えばケニアは、技術研究を行っている企業に法人税の優遇措置をとっている。
さらに挙げられるのが、イノベーションを起こしやすくするための環境整備である。具体的に言うと、知的財産保護のための法規制の整備や、STEM教育(※4)、つまり科学技術等に関しての教育へのアクセスを容易にするための学習環境の整備などである。南アフリカは、スタートアップ促進のためにテクノロジー向上プログラム「エムラブ(mLab)」 を立ち上げ、実際にデジタルヘルスワーカー (※5)向けにトレーニングイニシアチブを開始した。

レソト大学での学生インターネットカフェ(写真:OER Africa / Flickr [CC BY 2.0])
アフリカ市場には多くのポテンシャルがあり、実際たくさんの資金がスタートアップ企業に流入し始めている。その投資も、従来型の搾取をもたらしたものとは異なり、こういった点では良い傾向だといえる。しかし、貧困問題や脆弱なデータ通信インフラ、先の見えない紛争、政治的混乱など、企業らを取り巻く環境は高所得国のそれに比べて非常に厳しいものであり、企業らはビジネスの安定化に困難を覚えている。アフリカ各国政府の企業支援策に期待しながらも、アフリカ企業がよりフェアな土台で世界と競争できる環境を作るよう、アフリカ以外の世界各国や企業などが連携して取り組んでいくことが必要だろう。
※1 メガラウンドとは、スタートアップ企業において1億米ドル以上の資金調達を達成した段階のことである。
※2 ベンチャーキャピタルとは、高成長が見込めるスタートアップ企業やベンチャー企業に未公開株式を通して資金を提供する組織のことである。
※3 フィンテックとは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた革新的なサービスを指す。具体例として、スマートフォンを使った送金サービスなどがある。
※4 STEMとは、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)の頭文字をとった略称である。
※5 デジタルヘルスとは、テクノロジーをヘルスケア分野に適用させたものである。具体例として、電子カルテル、遠隔医療などがある。
ライター:Koki Ueda
これまで高所得国が負の部分・マイナスの部分をどんどん外部化してうまみを得てきましたが、
その負の部分を負わされてきた低所得国は、今もまだその影響を受けていることがよくわかりました。
グローバル化と言うように世界が容易に繋がれる時代になったからこそ、マイナスの部分・都合の悪い部分をだれかに押し付けて見えなくすることはもう難しいです。
あと、これまでビジネスはハード面が強かった(工場というハコをたてる等)と思いますが、今はITの時代でソフト・無形のものが重要な時代です。なので、大きな資源や土地を持っていなくてもビジネスで勝ちやすい環境があると思います。希望もあるなと感じました。
発展途上国が、豊かな国になるために、自分には何ができるか考えたいと思いました。