毎年10月、ノルウェー・ノーベル委員会は大きな注目を集めながらノーベル平和賞受賞者を発表する。その選考結果はしばしば物議を醸すが、批判にはもっともな理由がある。批評家たちは、委員会の決定が賞本来の目的を反映しているのか、また政治的な配慮が選考に過度な影響を及ぼしてきたのではないかと疑問を呈している。

本記事では、これらの疑問点を探る。

ジミー・カーター米大統領の2002年ノーベル平和賞(写真:Adam Jones / Wikimedia Commons[CC BY-SA 2.0])

ノーベル平和賞について

ノーベル賞は、ダイナマイトの発明で知られる化学者で企業家でもあったアルフレッド・ノーベル氏の遺言に基づき創設された。1901年に初めて授与されたこの年次の賞は、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和の分野に与えられ、その後1968年に経済学賞が追加された。

ノーベル氏がなぜ平和賞を設けることにしたのかは、必ずしも明らかではない。彼が兵器製造や自身のいくつかの発明の軍事利用に関わっていたことから、自らの死後の評価を気にしていたのではないかと主張する人もいる。ノルウェー・ノーベル委員会は、ノーベル氏が平和運動家ベルタ・フォン・ズットナー氏と親しかったことが平和賞創設の決断に影響を与えたと述べている。彼女は1905年に平和賞を受賞した。

またノーベル氏は、平和賞受賞者選考の基準についてもほとんど指示を残さなかった。彼の遺言には、国籍を問わず「諸国民間の友好、常備軍の廃止または縮小、平和会議の開催・推進に対して最大または最善の貢献をした人物」に賞を授与すること、とだけ記されている。また彼は、賞はノルウェー議会(ストーティング)によって選出される5人の委員からなる委員会によって授与されることも定めた。

ノーベル賞は原則として死後には授与されないが、生存中に推薦された候補者であれば、死後に受賞することはあり得る。国連事務総長を務めたダグ・ハマーショルド氏は、1961年に死後に平和賞を授与された唯一の人物である。

平和賞の推薦は、各国議会議員、大学教授、過去の平和賞受賞者など、特定のカテゴリーに属する「資格を有する推薦者」のみが行える。推薦に関する情報は50年間公開されないことになっている。

オバマ氏の受賞演説(2009年)(写真:White House (Pete Souza) /Wikimedia Commons[Public domain])

戦争を行い、平和をつくる?

では、ノルウェー・ノーベル委員会の決定をめぐる論争の主な論点とは何か。その一つは、なぜ多くのノーベル平和賞受賞者が武力紛争に深く関与してきたのか、という問題である。

中には、受賞者がまさに武力紛争を主導している最中に賞が授与されたケースもある。アメリカ大統領のセオドア・ルーズベルト氏(1906年受賞)、ウッドロウ・ウィルソン氏(1919年)、およびバラク・オバマ氏(2009年)はいずれも、ノーベル平和賞を受賞した当時、外国で軍事介入や占領を指揮していた。アメリカ大統領ジミー・カーター氏(2002年)とアメリカ副大統領アル・ゴア氏(2007年)は、退任後の活動に対して平和賞を授与されたが、彼らもかつては複数の国で軍事行動を展開したアメリカ政権の一員であった。

大規模な武力紛争を率いる立場にありながら平和賞を受賞した人物は他にも多数いる。世界各地でのアメリカ軍の軍事介入を立案し、数百万人の死を招いた中心人物の一人であるヘンリー・キッシンジャー氏(1973年受賞)は、おそらくその最たる例だろう。エジプトのアンワル・サダト氏とイスラエルのメナヘム・ベギン氏(1978年)は、中東紛争に大きな責任を負っていたし、パレスチナのヤーセル・アラファト氏、イスラエルのイツハク・ラビン氏とシモン・ペレス氏(1994年)も同様である。

また、平和に関連する活動によって賞を受けた政治指導者が、その後になって武力紛争に関与したり支持したりしたケースもある。ミャンマーのアウンサンスーチー氏(1991年)やエチオピアのアビイ・アハメド氏(2019年)は、その実例だ。また、ベネズエラのマリア・コリナ・マチャド氏(2025年)のように、軍事介入を求めているように振る舞った人物が平和賞を受賞した例もある。

受賞者が平和に向けて成し遂げたことは、彼らが武力紛争を推進することで与えた損害を上回る、あるいは、欠点のある人物であっても、ある種の前進を実現した仕事に対しては評価してよい、という主張もある。しかし上記の多くの事例は、今なお激しい論争の的となっている。オバマ氏の場合、平和賞授与は、実際に平和に向けてどれだけ進展があったかの評価というよりも、「期待を込めた」判断であると当時から見なされていた。

1994年ノーベル平和賞受賞者たち(写真:Saar Yaacov / Wikimedia Commons[CC BY-SA 3.0])

広義の「平和」

ノーベル平和賞受賞者の選定におけるもう一つの大きな問題は、賞の本来の趣旨から大きく逸脱しているように見える点である。前述のとおり、ノーベルは平和賞を、諸国民間の関係改善、常備軍の廃止または縮小、そして平和会議の創設・推進に最も貢献した人物に授与することを意図していた。賞の基準は、明確に戦争終結と軍縮に焦点を合わせている。

この焦点に沿っていると思われる事例もいくつかある。武力紛争の終結や軍備削減、とりわけ対人地雷(1997年)や核兵器(2017年および2024年)の削減・廃絶に取り組んできた個人や団体は、この意味で妥当な受賞者と見なせるだろう。

しかし平和賞は、多くの場合、平和に対してはるかに間接的な形で貢献している活動に対して授与されている。武力紛争の人道的影響、例えば負傷や疾病(1999年)、性暴力(2018年)、飢餓(2020年)に主に取り組む個人や団体が平和賞を受賞してきた。ほかにも、表現の自由(2021年)や民主的権利(2010年)のために活動する人々、さらには森林破壊(2oo4年)や女性の抑圧(2023年)に反対する人々も受賞している。

こうした受賞に対して、ある批評家は2024年、「人権を擁護することが良いことであること、抑圧的な政府の下でそれを行うことが勇気ある行為であること、暴力に訴えずにそれを行うことが賢明であることには疑いの余地はない。しかしノーベル平和賞は、適当に選ばれた意義ある社会課題に関するアドボカシー活動を支援するためではなく、戦争廃絶を支援するために創設されたのだ」と述べた。ノーベル平和賞が本来の意図から逸脱していると長年にわたり批判してきたフレドリク・S・ヘッフェルメル氏は、2011年から2020年の間に、この観点から正当に値すると言える賞は1件しかなかったと評価している。

核兵器に反対するデモ行進、ノーベル平和賞たいまつ行進(オスロ)(写真:Jay Dixit / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])

「西側」偏重?

ノーベル平和賞受賞者の選定をめぐるもう一つの争点は、その政治性である。受賞者が取り組んできた前向きな活動を評価する形で賞が授与されることが多い一方で、ときにこれは特定の政府の行動に対する批判として解釈されうる。たとえば、中国(2010年)、イラン(2003年および2023年)、ロシア(2021年および2022年)、ベネズエラ(2025年)などの政府による人権侵害に立ち向かった人々が受賞している。これらの国々の政府は、アメリカおよび西欧諸国の利益に反する存在とみなされている。

他方、近年の数十年間において、エジプト、イスラエル、サウジアラビア、アラブ首長国連邦など、アメリカや西欧諸国の味方としてみられる国々の政府による人権侵害に取り組んでいる人々に、賞が授与されたことはない。また、全世界を対象にした核兵器への取り組みを除けば、アメリカや西欧諸国における軍備増強、あるいはそれらの国々が行う度重なる軍事介入に反対して活動する人々が近年平和賞を受賞した例もない。むしろ、アメリカおよび西欧諸国の政治指導者(2012年の欧州連合を含む)への授賞は、これらの人物や機関が行った前向きな努力を評価する形で行われている。

5人で構成されるノルウェー・ノーベル委員会の政治的性格は、このような状況を一定程度説明しうる。歴史的に、委員会はノルウェー政界出身者によって占められてきた。委員会は、「可能な限り、委員会の構成はストーティング内の政党勢力の割合を反映するものとする」としている。批評家たちは、他のノーベル賞と同様、本来であれば委員会は元政治家ではなく、その分野(平和)の専門家である職業人から構成されるべきだと主張している。ノーベル氏の遺言は、ノルウェー議会が委員会のメンバーを選出すると定めているが、だからといって、そのメンバーを自らの議員の中から選ぶことを意図していたとは考えにくい。

ノルウェー議会(写真:Nurtenge / Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])

秘密主義と外部からの影響の可能性

前述のように、ノーベル賞の推薦および選考過程に関するあらゆる情報の公開は禁止されている。しかし、アメリカ政府が2025年と2026年に、同国の金融業者ジェフリー・エプスタイン氏をめぐる捜査・訴訟に関連して大量の裁判資料、電子メール、渡航記録などを公開したこと(いわゆる「エプスタイン・ファイル」)により、こうした情報がどの程度保護されているのかについて疑問が生じている。

2009年から2015年まで、ノルウェー・ノーベル委員会の委員長を務めたのは、短期間ではあるがノルウェー首相を務めた政治家、トールビョルン・ヤーグラン氏であった。2015年以降も通常委員として2020年まで委員会に在籍した。ヤーグラン氏とエプスタイン氏の電子メールからは、2011年から2019年にかけて、両者が親密な関係を築いていたことがうかがえる。彼らは頻繁に会い、ヤーグラン氏は世界各地にあるエプスタイン氏の自宅やアパートに何日も滞在することもあった。エプスタイン氏が不在のときでも、ヤーグラン氏が彼の住居を宿泊場所として使わせてほしいと頼むこともあった。

一緒に過ごす中で、エプスタイン氏とヤーグラン氏がノーベル平和賞の受賞者選定に関わる話題について語り合っていたと思われる。たとえば2012年5月、ヤーグラン氏がエプスタイン氏のパリのアパートに宿泊した翌日、エプスタイン氏は、ヤーグラン氏がその年のノーベル平和賞を誰に授与すべきかについて述べた内容を、第三者に宛てたメールの中で引用していた。

さらに2017年、エプスタイン氏は親しくしていた作家へのメールの中で、その年のノーベル平和賞でショートリストに入った候補者の一人の身元を知っていると述べている。ただし、このメールからは具体的に誰のことを指しているのか、あるいはエプスタイン氏がこうした情報をヤーグラン氏から得たのかどうかは明らかになっていない。

また、エプスタイン氏がノーベル平和賞の選考過程において、どの時点で、どの程度ヤーグラン氏に影響を与えようとしたのかは分かっていないが、その可能性は十分あり得る。たとえば2018年のメールによれば、クウェート大学の准教授がその年のノーベル平和賞にクウェート元首を推薦するため委員会に宛てて書いた手紙について、エプスタイン氏が助言していたことがうかがえる。

トールビョルン・ヤーグラン(写真:State Chancellery of Latvia / Wikimedia Commons[CC BY-SA 2.0])

おわりに

これらの懸念を総合すると、ノーベル平和賞はアルフレッド・ノーベル氏が掲げた優先事項から大きく逸脱し、政治的な判断と絡み合うようになっていることが見えてくる。ノルウェー・ノーベル委員会の構成を見直すことは、平和賞本来の焦点と信頼性を回復するための意味ある第一歩となるだろう。

しかし、この賞はいったい誰の活動を世に知らしめるためのものなのか、疑問を投げかける必要があるだろう。世界には、紛争を未然に防ぎ、戦争を終結させ、軍縮を推し進めるために活動している人々や組織が数多く存在する。彼らの努力が正当に評価されることが求められている。ノーベル平和賞の発表が、そうした人々の名を広く届ける時期にきているのかもしれない。

 

執筆:Virgil Hawkins

 

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