2024年10月から11月にかけて、ウルグアイでは大統領選挙が行われた。10月27日に行われた第1回の選挙では過半数を獲得する候補者が現れず、11月24日に得票率上位2名である、中道左派のヤマンドゥ・オルシ氏と保守派のアルバロ・デガルド氏が決選投票を行い、オルシ氏が勝利をおさめた。この選挙と並行して行われ、大統領選に影響を与えているものに社会保障制度改革に関する国民投票がある。この改革は、定年を現行の65歳から60歳へと引き下げるという世界的にみても珍しい政策が含まれていた。国民投票の結果、反対が61%にのぼり、この社会保障改革は実現しなかった。
歴史的に社会保障制度に力を入れているウルグアイでは、ほかにも2015年11月に国家統合ケア制度(SNIC)の創設に関する法律が定められている。この法律は、介護を家族や国家、地域社会が共同の責任を持つものと定め、ケアの更なる発展を促すことを目的としている。また、この制度は介護だけでなく、ジェンダーの視点を取り入れた制度にもなっており、介護と同様に女性の負担が大きい育児に関する取り組みも行われている。
今回の記事では、国家統合ケア制度導入から10年が経とうとしている今、ウルグアイにおける社会保障制度の導入に至った経緯や現状、またその成果について探っていく。

社会保障改革賛成派によって飾られた建物(写真:BiblioJu / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
目次
社会保障先進国、ウルグアイ
ウルグアイは南アメリカの中で社会保障先進国として知られている。そう呼ばれるに至った経緯とウルグアイの基本情報について理解したい。ウルグアイは南アメリカ大陸の南東部に位置し、人口は約349万人である。2023年の一人当たりのGDPは世界平均の1.43倍である。失業率は新型コロナウイルスの影響もあり2020年10月には11.2%にまで上昇したが、2022年ごろからは7%から9%の間を推移している。
社会保障制度が世界で最初に導入されたのは主にヨーロッパであったが、ラテンアメリカはヨーロッパに続いて社会保障制度を導入した地域である。その中でもウルグアイは最も早く社会保障の制度化に取り組んでおり、ラテンアメリカの中で先駆的な役割を果たしていた。
1829年にはウルグアイ初の退職法が作られ、戦争で負傷した元兵士やその家族に年金の受給を認め、1835年には、退役軍人や10年以上勤務した上官にも年金を受給する権利が認められた。初期の軍事年金制度は軍上層部に限定されており、一般兵士には適用されていなかったが、軍事年金基金が創設された1919年以降、すべての軍人が退職権と呼ばれる、年金や退職金を得る権利を手にすることとなった。
また、このような権利は軍人だけでなく、公務員にも拡大された。1838年に作られた法律により、勤務経験が10年を超える公務員にも退職権が与えられた。このように退職権が法的に認められたことにより、一定の条件を満たす人々が退職後の生活を支える年金を受け取れる仕組みが整備されていった。

さらに1919年から1954年にかけて、軍人や公務員以外にも社会保障制度は拡大していった。特に1940年代になると、出産や失業などのリスクから保護する新しい法律が成立した。病気や出産、失業といったリスクの補償範囲は限られていたものの、20世紀半ばまでに、老年期や障がい、死亡のリスクに関する保証については、すべての人に平等に行き渡る制度となった。
しかしながら、社会保障は年金制度などの金銭的支援だけでなく、物理的なケアを必要とする人たちに対する支援も重要である。このような支援には、介護や保育などが含まれ、ウルグアイもこのような社会保障に目を向けていった。
国家統合ケア制度導入の背景
次に、2015年に創設されたケア制度が導入に至った背景について追求していく。まず世界的な傾向として、国際労働機関(ILO)によると、有償で行われる介護や育児のケア労働に対する需要は増大している。一方、そのような有償のケア労働は十分に供給されておらず、依然として介護や育児などの無償労働の負担は女性に偏っているため、「世界的なケア危機」につながる可能性があるとされている。また、ジェンダー平等と女性の地位向上を目指す国連女性機関(UN Women)が2023年に行った調査によると、世界中の女性は、男性が行う家事や育児、介護などを含む無償労働の約3倍の時間を無給の介護労働に費やしていることが分かった。
さらには、世界で大半の女性が有償で働くことを望んでいることが調査で明らかになっている。一部の女性は働きたくても介護や育児などに伴う無償労働を強いられることで、労働参加率が低くなっている場合がある。また、家計の収入によって女性の無償労働の負担が変わるという報告もある。裕福な家庭は、子どもを私立の保育園や幼稚園に通わせることができ、女性の育児負担が減っている。
ウルグアイも例外ではなく、女性の育児や介護の負担は男性に比べて大きい。しかし、このようなサービスの大半は重要なものであるのにも関わらず過小評価される傾向にあるため無償で行われる場合が多く、女性の労働市場への参加に制約を与えている。

車椅子を使用する男性(写真:R. Lemieszek / Shutterstock.com)
また、ウルグアイは高齢化率と日常生活を送るうえで他人の介助や介護を必要とする人の割合である介護依存人口率が南アメリカのなかでも特に高い。60歳以上の人口は国の総人口の20%を占めており、その数は71万人を超える。また、2011年にウルグアイで障がいについて初めて行われた全国的な調査によると、ウルグアイの全人口の約16%の人が障がいを持っていることがわかった。介護依存人口率に関しては調査ごとに介護依存人口の定義が異なるため複数の推定結果が報告されているが、ケア制度導入前の2014年に報告されたものによると、入浴、着替え、食事、トイレの使用、お金や薬の管理などを行うために助けが必要な人口の割合は、65歳以上が16.3%に上り、75歳以上になると23.1%にまで増えると推定された。
国家統合ケア制度とは
次に、実際にウルグアイで2015年に導入された革新的な国家統合ケア制度(以下、ケア制度)の説明と実際の取り組みについて掘り下げていく。このケア制度は、2015年にタバレ・バスケス大統領の第2政権下で導入された。前任のホセ・ムヒカ大統領が推進した社会平等や福祉拡大の流れを継承し、バスケス大統領の主要施策であるケア法へと発展させたものである。
このケア制度は、主に65歳以上の人々が活動的な生活や日常の基本的なニーズを自立的に行うための支援をすることを目的としている。この制度に基づく支援を受けるには、SNIC事務局に申請書を提出し、介護依存度や年齢、支払い能力など、事前に決められた評価基準に基づいた審査を受ける必要がある。その審査の結果に応じて、デイケアセンター、遠隔サポートが受けられるリモートケア、在宅介護支援を受けられる個別介護支援プログラムのいずれか、または複数を組み合わせたケアが受けられる。
それぞれの支援方法についてもう少し踏み込んだ説明をしたい。まず初めに、自宅で暮らす高齢者向けの施設であるデイケアセンターについて紹介する。デイケアセンターは、自宅に住んでいるが軽度または中程度の介護が必要で、生活するうえで一定の困難を抱えている65歳以上の高齢者に包括的な支援を提供する施設である。専門家とともに認知機能が低下しないようにレクリエーションを行うなど、対象者の孤立や健康状態の悪化を防ぐことを目的としている。利用者は週2日、週3日、週5日のいずれかを選んで通うことができる。補助金により自己負担ゼロでケアを受けることができる。

並んで歩く高齢者、モンテビデオ(写真:Marcelo Sabbatini / Flickr [CC BY-SA 2.0])
次に、遠隔で支援が受けられるリモートケアについて説明したい。リモートケアは、24時間365日稼働する遠隔サービスであり、軽度または中程度の介護が必要な70歳以上の高齢者が利用できるサービスである。自宅で発生する事故などの緊急事態について、決められた利用者の家族や近隣住民、医療機関に通知することができる。また、自宅で転倒した場合など、必要な場合は人員の派遣も可能である。
最後に個別介護支援プログラムについて説明する。この制度は高齢者だけでなく障がい者も利用することができ、0歳から29歳、もしくは80歳以上の高度な介護支援が必要な人が対象となる制度である。この支援では、月最大80時間の介護サービスを受けることができる。利用者は、5つの企業からウルグアイ社会保障銀行(BPS)に登録された介護福祉士を自分で選ぶことができ、介護福祉士は有償で仕事を行う。介護福祉士に支払われる賃金は利用者の所得に応じて一部負担が求められるが、基本的にBPSの社会保障基金によってまかなわれており、BPSから直接介護福祉士に支払われる。介護福祉士は介護福祉士の公式資格コースの修了が必須となっている。
ケア制度は高齢者や障がい者だけでなく、保育サービスの拡大にも力を入れている。ウルグアイでは4歳から義務教育が始まる。ケア制度では、就学前教育として3歳児に提供される教育ケアの普遍化が目指され、ウルグアイの教育制度を統括する政府機関である国立教育管理局(ANEP)が運営する学校や保育園を通じたサービスの拡大が行われた。同時に3歳未満の子どもに向けたサービスの拡大も目指され、児童・家族ケアセンター(CAIFセンター)と呼ばれる地域型子どもケア施設の設立と既存施設の拡張が進められた。そのほかにも、BISと呼ばれる私立保育奨学金が整備され、公共施設が不足している地域の私立センターで2歳未満の子どもを預ける費用が支援されるようになった。
また、ウルグアイの女性国立機関で女性の権利を推進し、ジェンダー平等の実現に向けて活動するインムへーレス(INMUJERES)と共同で幼児教育や保育所などの施設にジェンダー平等を取り入れる「平等のためのケア・シール」プログラムが実施されるなど、子どもたちの教育現場でも男女平等の実現が目指された。

ウルグアイに住む親子(写真:Ximenabc / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
ケア制度の成果
一連のケア制度によって法的にケアが権利となったことにより、無給で行われることの多かったケア労働が有給で行われる場面が増え、ケア労働の再評価が行われた。BPSに登録された介護福祉士は公式資格コースの修了が必須になっているが、このスキルアップが収入を大幅に増加させることにつながった。ほかにも、介護福祉士のストレスやうつ症状を減少させ、仕事に対する満足度が高まり、離職率が低くなることが2019年に示されている。また、高齢者や障がい者はケアサービスにアクセスしやすくなった。ケア制度導入以前に比べ、経済的に困難な状況にある高齢者や障がい者に対しても、ケアサービスを受けるための財政支援が拡充された。
保育サービスについては、産休や育休の期間拡大はすでに働いている母親を対象にしており、女性の社会進出にはつながらなかったという批判もあったが、政府の資金提供により非政府組織のCAIFセンターが創設されたことにより、2歳未満の子どもが受けられるサービスの数と範囲が大幅に増加した。具体的には56の新しいCAIFセンターが開設され、96もの既存のセンターが拡張された。新たに80を超える施設の建設計画が行われている。新しいケア制度の導入により提供されたサービスの功績により、3歳未満の子どもの公的保険率は2014年の33%から2017年には40%に増加したという結果が出ている。
課題
先ほど述べたように、2015年に導入されたケア制度はケアを権利として認め、ケア労働の再評価や女性の社会進出を促す画期的な制度であった。しかし、この制度は一見順調に進んでいるように見えても、実際にはいくつかの課題が存在している。この章ではその課題について深ぼっていく。
大きく分けて残された課題は3つ存在する。1つ目は、ケア制度は特に障がい者の資格制限が厳しく、効果が限定的だということだ。このケア制度はケアが必要な人にケアを届けることを目的として創設されたが、障がい者が制度を利用する場合、29歳以下もしくは80歳以上という制限がかかる。また、対象者であったとしても、個別介護支援プログラムを利用する際、月80時間までの制約があるため、サービスが十分に行われないことがある。実際、時間制限により、自立した生活の権利を実現するのが難しいと感じる利用者も少なくない。さらに、知的障がい、感覚障がいなどの特定の障がいおよび高度な支援が必要な場合、ケア制度内に対応できる福祉介護士がおらず、支援の対象外になってしまう。

国家統合ケア制度利用者の交流会の様子(写真:Intendencia Montevideo / WIkimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
2つ目は、政府の資金不足により、利用者に制限がかかっていることだ。法律ではケア制度は65歳以上のすべての人を対象としているが、財政状況を鑑み、個別介護支援プログラムは29歳以下もしくは80歳以上、リモートケアは70歳以上の人に限定されている。
3つ目は、制度設計ミスによる欠陥である。このケア制度はサービスの質や説明責任措置に関して、政府の監視がほとんど行われない設計になっているため、ケアの時間が守られなかったり、サービスの質が低かったり、福祉介護士と利用者の間でトラブルが起こったりした際には、利用者が自ら裁判所で訴訟を行うしか方法がない。ケア制度を利用するような支援を必要とする人は、自力で訴訟を行うことが難しい場合が多く、法定代理人を雇う費用を自己負担しなければならない。
これらの課題に加え、このケア制度は、活動的な生活を自力で行うことができない障がい者を依存状態とみなしてサービスを提供している。これが障がい者に対する否定的なイメージを助長し、障がい者固有の尊厳を尊重し、差別のない社会を目指す国際基準と矛盾しているという声もあがっている。
まとめ
以上のようにウルグアイの国家統合ケア制度にはいくつか課題も残っている。しかし、ケアを公共の共同責任として位置づけ、国家が支援する制度を整備し、ケアサービスの拡充と同時に女性の労働市場の進出や地位向上を目指しているという点は画期的である。資金面での持続可能性や年齢等の制限による格差の解消、高度なケアに対応できる人材育成といった課題に対応することで、さらなる効果を発揮することが期待されている。新たな政権が発足し、ケア制度がどのように発展していくのか注視していきたい。
ライター:Okamoto Ayaka
グラフィック:MIKI Yuna






















ウルグアイが中南米の中で、社会福祉に力を入れているということ自体知らなかったので、初めて知る事実の多さにただただ驚いた。特に、課題の三つ目に挙げられている、ケアの制度には政府の監視がほとんど行われないということが驚きだった。本来は、政府側、行政機関が社会福祉制度の管理をしなければならないはずなのに、それができていないのが、非常に問題だと思う。
中南米がヨーロッパについで社会保障制度を取り入れたことや、ケアを公共の共同責任として位置づけている部分、ジェンダー平等を達成するための制度を取り入れていることに驚いた。利用者にとっては課題があるが、低賃金になりがちなケア労働従事者にとっては良い制度だと思った。
一方で、社会保障制度がより多くの人に届くことは重要だと思うが、財政面も考えると、制限をかけざるを得ないと思う。少子化が進む日本はもちろん、ヨーロッパでも年金受給額が世代ごとにどんどん小さくなっている。一方アフリカでは寿命が短いため、老齢年金受給の期間は平均5年だという。社会保障制度の仕組みについて考えさせられる。