エプスタイン文書、伊藤穣一氏と日本の報道

執筆者 | 2026年02月27日 | News View, アジア, テクノロジー, 北中アメリカ, 報道・言論, 法・人権, 経済・貧困

前回のGNV記事では、アメリカ司法省が一般公開したアメリカ金融業者ジェフリー・エプスタイン氏に関連する数百万件の文書「エプスタイン・ファイル」に含まれる内容の一部を取り上げた。本記事では、エプスタイン文書が日本とどう関連し、日本のメディアがこれらの関係性をどう報じてきたかに焦点を当てる。

この記事では特に、伊藤穣一氏に着目していく。彼はエプスタイン文書に登場する人物の中で、日本との繋がりを最も持つ人物だ。伊藤氏はテクノロジーやインターネット企業での活動で知られる起業家兼ベンチャーキャピタリストであり、2011年から2019年までマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務めたことで知られる。 また、ニューヨーク・タイムズやソニー株式会社の取締役なども歴任した。現在は千葉工業大学学長・変革センター長を務めている。

2010年代にエプスタイン氏がMITメディアラボに提供した資金に関する情報は2019年に公表され、エプスタイン氏と伊藤氏のつながりに関する情報も含まれていた。そこで明らかになったのは、エプスタイン氏が伊藤氏の私的事業に資金を提供していたことである。伊藤氏は、エプスタインが告発されていた「恐ろしい行為」について、自身の関与や認識を否定しながらも、エプスタイン氏からの資金提供に問題があることを同年8月に認め、9月にMITを辞任した。 

2026年に公開されたエプスタイン文書は、エプスタイン氏とMITの関係、そしてエプスタイン氏と伊藤氏との関係について、追及すべき内容を含む新たな情報を明らかにした。ところが日本のメディアは、この情報を掘り下げない方針を決めたようである。

MITでリード・ホフマン氏とプレゼンを行う伊藤氏、2017年(写真:MIT Media Lab / Flickr [CC BY-SA 2.0])

エプスタイン氏の直接的な資金提供についての既出情報

長年にわたり、エプスタイン氏はアメリカの大学に所属する研究者や研究機関に幅広く多額の資金を提供していた。 エプスタイン氏がMITメディアラボに関心を寄せたのは、同ラボがデジタル通貨の開発などの技術分野で実践的な研究を行っていたためであろう。伊藤氏が友人を通じてエプスタイン氏と知り合ったのは、彼が既にメディアラボ所長に就任していた2013年のことだった。

伊藤氏の辞任の引き金となったのは、2019年9月6日付ニューヨーカー誌に掲載された暴露記事だった。同誌は、入手した電子メールやその他の文書に基づき、メディアラボが「これまで認めていた以上にエプスタインと深い資金調達関係にあった」と主張した。これに関する詳細は後述する。

2020年1月、MITの理事会はエプスタイン氏と研究所の取引に関する内部報告書を公表した。報告書によると、エプスタイン氏は2013年から2017年にかけてメディアラボに52万5千米ドルを寄付していた(※1)。また、エプスタイン氏が伊藤氏の個人事業2件に資金提供していたことも判明した。 その2件の個人事業に関連して、MITで開発された技術の商業化に携わる企業に25万米ドルを投資し、伊藤氏が運用する私募投資ファンドにも100万米ドルを追加投資していた。

当時、日本のメディアはこの問題についてほとんど報じなかった。主要紙は、2019年に伊藤氏が辞任を決めたこと、辞任の背景にある一般的な状況について、それぞれ1本ずつ記事を掲載しただけだった。読売新聞(※2)は、伊藤氏が扱ったとされる周知の資金の金額を掲載した。朝日新聞(※3)、毎日新聞(※4)、 日本経済新聞は、伊藤氏が受け取った、あるいは扱った資金の詳細については一切報じなかった。ただいずれもニューヨーカー誌が報じた、伊藤氏が資金の出所を隠そうとしたという疑惑について簡潔に言及した。 これらの報道は、既に公開されている情報のみに基づいているように見え、独自取材や調査の試みは内容から読み取れない。いずれの新聞も、2020年に発表されたMITの報告書については報じていない。

伊藤氏、リード・ホフマン氏、エプスタイン氏。エプスタイン氏の島にて(写真:DOJ)

エプスタイン氏による直接的な資金提供に関する新情報

2026年にアメリカ司法省が公開した350万ページに及ぶ電子メールとその他の文書、いわゆるエプスタイン文書により、エプスタイン氏と伊藤氏の関係がより詳細に明らかとなり、これまで報じられていなかった資金提供の実態が浮き彫りになった。同文書によれば、2013年から2019年にかけて、伊藤氏とエプスタイン氏は数千通のメールを交換しており、最後のメールは2019年5月、エプスタイン氏逮捕のわずか2ヶ月前に送信されたものである。両氏は数多くの会合や食事を共にし、伊藤氏はエプスタイン氏のジェット機に複数回搭乗している。さらに同文書によると、カリブ海の私有島やニューメキシコ州の牧場などエプスタイン氏の複数の邸宅で伊藤氏が相当な時間を過ごしたこと、また伊藤氏がエプスタイン氏を日本に招待した事実についても詳細が明らかになった。

資金調達の手配の多くはメールから追跡できる。2013年12月に伊藤氏とエプスタイン氏の間で議論が始まった様子が確認でき、伊藤氏はエプスタイン氏に対し、彼から受け取る裁量資金( “slush fund” )の「設置方法についてMITに確認中」と伝えている。メールには、エプスタイン氏による、研究所への直接的かつ記録に残る形での寄付についても言及がある。これには一部の人件費と小規模な研究資金が含まれる。全体として、既にアメリカのメディアで報じられている通り、メディアラボがエプスタイン氏から52万5千米ドルを受け取ったことは事実と推測できる。

前述の通り、これらの寄付に加え、MIT内部報告書はエプスタイン氏が伊藤氏の個人事業に総額125万米ドルを投資したと記している。しかし、エプスタイン文書はさらに多くの事実を示している。2014年7月から2015年4月にかけて、エプスタイン氏の会社サザン・ファイナンシャルLLCから伊藤氏の事業への銀行振込総額は200万1米ドルに上っている。この内の半額にあたる100万1米ドルは「Joichi Ito」名義の口座に3回に分けて送金されており、これはエプスタイン氏と伊藤氏の合弁会社キアラインベストメンツへの資金提供と見られる。残りの100万米ドルは、伊藤氏が運営するネオテニー社に送金された。

エプスタインの企業からの送金記録(DOJ:EFTA00080250

エプスタイン文書によると、両氏は他の投資案件でも繋がっていた。2013年12月には、エプスタイン関係者のベンチャーキャピタリスト、リード・ホフマン氏が既に投資していた、スマートシングス社への共同出資を協議している。その後のメールから、投資が実際に実行されたことが示唆されているが、金額は確認できない。エプスタイン氏はまた、伊藤氏が自身の日本企業であるデジタルガレージ社の投資家を探すのを支援していたようだ。

2018年には他にも複数のプロジェクトについてメールで議論していた。その一つは、ホフマン氏も関与する、伊藤氏が設立を進めていたファンドである。4月2日付のメールで、伊藤氏はエプスタイン氏に「1500万ドルで登録しても大丈夫か?」と尋ねている。MIT内部報告書は、この件について、エプスタイン氏が投資を行わなかったことを指摘している。しかしメールからは、少なくともエプスタイン氏が、伊藤氏が他の投資家を確保するための支援を行ったことが示されている。

また、2018年7月にエプスタイン氏と伊藤氏の間で交わされた一連のメールは、エプスタイン氏の友人の財団が2500万ドルを寄付する可能性について議論している。伊藤氏はエプスタイン氏に対して「私の基金のためか、それともメディアラボのためか?私に渡すのか、それとも支払うのか?」と尋ねた。 エプスタイン氏はそれに対し、一部は「メディアラボ」一部は「裁量資金」向けだと返信している。しかし結局、この寄付は実現しなかったようだ。

代理寄付に関する新情報

2019年ニューヨーカー誌の記事で最も衝撃的な主張の一つは、伊藤氏の下でメディアラボがエプスタイン氏の寄付総額を隠蔽しようとした点、そして、「エプスタイン氏がラボと他の富裕層寄付者間の仲介役を務めていたようである」という点だった。同記事は、エプスタイン氏がメディアラボの寄付者と思われる人たちと連絡を取る「中心的な担当者」であると主張した。その寄付者にはマイクロソフト共同創業者ビル・ゲイツ氏(200万米ドルの寄付)や、アポロ・グローバル・マネジメント共同創業者レオン・ブラック氏(550万米ドルの寄付)が含まれる。

このことは、エプスタイン氏が自分の犯罪歴に関する倫理的な懸念からメディアラボへの寄付を禁止されていたため、他の裕福な寄付者の名前を借りて、自分の資金を使いながら代理で寄付を行ったということを示唆する。MITの内部報告書は「ゲイツ氏やブラック氏が寄付した資金が実際にエプスタインの資金であった証拠は見つからなかった。つまり、ゲイツ氏とブラック氏がエプスタイン氏の資金を『洗浄』する行為を行った証拠はない」と述べている。しかしエプスタイン文書から発見されたメールの内容は、ニューヨーカー誌の主張を裏付けるものであり、それどころかさらに大規模な資金提供を示唆している。

「ゲイツ氏からの資金を受け取った」というメール、2014年(DOJ:EFTA01000266

2013年9月、エプスタイン氏はメディアラボへの寄付について「ビル・ゲイツ氏が、私と一緒に参加できるかどうか尋ねてきた」と伊藤氏に伝えている。興味深いことに、その寄付の一部は「虚偽」に関する研究に充てられる予定だった。エプスタイン氏と伊藤氏は2014年3月、TEDトークイベントでゲイツ氏とこの件について話し合うため面会を調整した。ゲイツ氏も伊藤氏もこのイベントで講演を行い、その後、エプスタイン氏はシアトルのゲイツ氏の元を訪れた。2014年11月、伊藤氏はエプスタイン氏に「本日、ゲイツ氏からの資金を受け取った。 ありがとう!!」と伝え、200万米ドルの資金調達を知らせた

メールはまた、エプスタイン氏がレオン・ブラック氏の仲介役であったことも示している。例えば2014年5月のメールで、伊藤氏はエプスタイン氏に「私の裁量資金口座に50万ドルが入金された通知を受け取った。ありがとう!」と書き送った。エプスタイン氏は伊藤氏に、その資金がブラック氏からのものだと伝えている。同年10月にはブラック氏からMITメディアラボへ100万米ドルが送金され、12月にはさらに400万米ドルが送金された。この時点でブラック氏からの送金総額は550万米ドルとなる。

これらの寄付に関するすべての連絡はエプスタイン氏経由で行われていたようだ。2014年10月14日付のメールによって、この資金はブラック氏名義で送金されているエプスタイン氏自身の資金であることが示唆されている。このメールで伊藤氏は、寄付金の使途に関する自身のアイデアについて、ブラック氏ではなくエプスタイン氏に許可を求めている。

ブラック氏からの資金に関するメール、2019年(DOJ:EFTA01032149

そして寄付はそこで終わりではなかった。2015年11月のエプスタイン氏と伊藤氏のメールには、ブラック氏による追加の「匿名による500万ドルの寄付約束」に関する議論が含まれており、このうち100万米ドルは同月中に処理されたようだ。エプスタイン氏の指示のもと、メディアラボへの資金流入は2019年まで続いた。2月9日付のメールで、エプスタイン氏は伊藤氏に「今週中にブラック資金[ブラック氏の資金]が入金するはずだ」と通知している。2月28日の別のやり取りで、伊藤氏はエプスタイン氏に「レオン・ブラックの資金は確保できたが、君の財団からの2万5千米ドルはMITで不渡りになっている」と伝えている。これに対しエプスタイン氏は「君のためにもっとブラック資金を確保しようとしている」と返信している。

2019年5月にエプスタイン氏と伊藤氏が交わした最後のメールの中で、伊藤氏はエプスタイン氏に、実業家のアンドルー・ファーカス氏を通じて、MITに「100~200」(10万~20万米ドルと推測される)の自分への「贈り物」を手配する手助けをしてほしいと依頼している。

これらの情報は、メディアラボと伊藤氏に対するエプスタイン氏の資金援助および資金調達への関与が、これまで知られていたよりもはるかに大きかったことを示唆している。

この件を報道する意義

本記事は、伊藤氏側に犯罪行為があったことを明らかにしたり、示唆したりするためのものではない。犯罪の疑いは、公人を報道する唯一の理由というわけではない。 ジャーナリズムは「疑問を投げかける」ことから始まる。メディアは通常、有罪判決や犯罪疑惑の告発を待たずに問題を報じる。犯罪か否かにかかわらず、公人の行動に疑惑が生じた場合、不快であったとしても、そうした疑問を当人に投げかけることがメディアの重要な機能である。

伊藤氏は確かにエプスタイン氏の性犯罪歴を認識しており、両者が友人関係にあった時期に、同氏がエプスタイン氏の性的犯罪疑惑について知っていたかどうかをメディアが問うことには正当性がある。伊藤氏はさらに、後に性的暴行やその他の犯罪行為の疑いで告発されたエプスタイン氏の関係者数名とも何らかの形で繋がりを持っていた。 例えばレオン・ブラック氏は、伊藤氏との間に親密な関係はなかったようだが、少なくとも表向きは伊藤氏が率いるMITメディアラボへの主要な資金源だった。ブラック氏がその後、エプスタイン氏に関連する事件で女性への性的暴行の疑いをめぐり、民事訴訟が起こされている点は留意すべきである。 彼に対する刑事告発は行われていない。

伊藤氏はまた、DPワールドのCEOであったスルタン・アフメド・ビン・スレイエム氏とも関係を持っていた。同氏はエプスタイン文書の公開以降、メディアの注目を浴びている。その理由の一部は、エプスタイン氏との会話に性的内容が含まれていたこと、そしてエプスタイン氏と拷問動画を共有した可能性があることだ。エプスタイン氏は伊藤氏をスレイエム氏に紹介し、伊藤氏はその後、スレイエム氏をソニー株式会社のCEOに紹介することになった。

また、スレイエム氏は2013年のドバイ訪問時に伊藤氏を接待したこともわかっている。エプスタイン氏は訪問前のメールで伊藤氏に、スレイエム氏の「バイアグラ系の調合薬」について言及している。また、伊藤氏はエプスタイン氏に「僕のパンクガールの相棒を連れて行かず、二人きりで会うべきか」と尋ねている。 その他、エプスタイン氏はスレイエム氏に、伊藤氏は「我々の一員だ」と伝えている。スレイエム氏は「エプスタイン・クラブの誰にでも会えたらとても嬉しい!」と返答している。伊藤氏は後に両者に「あなたのギャングの一員になれて嬉しい」とメールで書き送っている。

「我々の一員だ」。2013年のメールのやり取り(DOJ:EFTA00675167

これらのメールだけでは、こうした会話が単なる友人同士のつながりを超えた深い意味を持っていたかどうかは判断できない。しかし、伊藤氏がエプスタイン氏に常に付き添う若い女性たちの存在を認識していたのは当然である。例えばメールによれば、2015年に伊藤氏がエプスタイン氏の来日を手配・支援した際、エプスタイン氏にはロシア人女性2名とベラルーシ人女性1名が同行していた。メールからは、日本入国ビザ取得のために、ファッションモデル、インテリアデザイナー、学生と職業を記載したこの3人の女性をエプスタイン氏の会社の「エグゼクティブアシスタント」に見せかけることに伊藤氏とエプスタイン氏のスタッフが苦戦していた様子が伺える(※5)。

他のメールでは、2013年10月に伊藤氏がエプスタイン氏に対し、グーグルのアルゴリズムに関わるプロセスに精通した人物、あるいはハッカーを探して支援しようとしていると伝えている。目的は、エプスタイン氏の犯罪歴に関する否定的な記事が検索エンジンの結果で目立たなくなるようにすることだった。

エプスタイン文書には、犯罪の疑いが全くなかったとしても、金融面や社会面において、メディアによる取材や報道を正当化する新たな材料が確かに存在する。 特筆すべきは、日本のメディアがエプスタイン氏と犯罪容疑のない外国人たち、例えばアメリカ商務長官ハワード・ラットニック氏やゴールドマン・サックス最高法務責任者キャスリン・レムラー氏との関係を問題なく報じている点である。

エプスタイン文書は、富と政治権力の交差点の内部構造を稀に見る形で明らかにしている。これには富と権力を持つ者たちがいかにして規則を破り、罰せられることなく行動できるかが含まれる。伊藤氏のエプスタイン氏との親密さは、この点において探求に値する、パズルのピースと言える。

MITメディアラボ(写真:Kyle Brrows / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])

日本のメディアの沈黙

エプスタイン文書は、メディアがその暴露内容と向き合う際の多様な視点を提供している。その一つに、日本にとってどのように関連性を持つかという視点がある。この視点は、日本の報道機関が世界で起きている出来事を報道する際、報道価値があるものとそうでないものを判断する上で、彼らが用いる最も重要な要素の一つである。日本のメディアは、通常このレンズを通して世界を見ている。

エプスタイン文書のような大規模な情報公開がなされる場合、日本のメディアはまず、ファイル内の日本に関連する内容を探し始めることが予想される。エプスタイン氏と伊藤氏のつながりは2019年から知られており、ここが明らかな出発点と言える。アメリカ司法省のエプスタイン文書で「Joi Ito」を検索すると、8,198件の文書がヒットする。彼は日本に関連する人物の中で、エプスタイン事件に最も密接に関わっている存在だ。

これらのファイルの主要部分が一般公開されてからほぼ1か月が経過した。この間、日本のメディアは何を発見し、何を明らかにしたのだろうか。

朝日新聞日本経済新聞が伊藤氏に言及した記事はわずか1本ずつだ。国際ハッキング会議DEFCONが2026年2月、エプスタイン氏との過去の関わりを理由に3名の参加を禁止した決定を報じた。伊藤氏は3名のうちの1人だった。 朝日新聞の記事は伊藤氏が2019年にエプスタイン氏からの資金提供問題でMITを辞任した事実を簡潔に記したのみで、両紙の記事ではエプスタイン文書から明らかになった伊藤氏に関する新たな情報には一切言及していなかった。読売新聞、毎日新聞は、エプスタイン文書公開以降、伊藤氏の名すら一度も取り上げていない。 2月24日には、テレビ朝日の番組「モーニングショー」がエプスタイン文書について長尺の特集を放送したが、日本との関連性については、DEFCON参加禁止処分を受けた3人に日本人が含まれていたとだけ触れ、誰であるかには言及しなかった(※6)。

メディアはエプスタイン文書の内容すら調査しなかったのだろうか。それとも文書を調査し、新たに明らかになった情報を見つけたうえで、報道価値がないと判断したのだろうか。GNVが過去に指摘したように、日本のメディアには日本企業に不利な情報を軽視・無視する傾向がある。ここでも同様の原理が働いているのだろうか。海外にいる「自国の人々」を肯定的にのみ見せるよう促すナショナリズムだろうか。それとも、メディア組織に対する法的措置への恐れなど、別の形のリスク回避が働いているのだろうか。

伊藤氏とマーク・ザッカーバーグ氏、イーロン・マスク氏らとの食事の様子。エプスタイン氏撮影と思われる(写真:DOJ:EFTA01205692

「伊藤穰一」を超えて

本記事の目的は、伊藤氏を攻撃したり辞任を促したりすることではない。彼は既に2019年にMITおよびニューヨーク・タイムズとソニー株式会社の取締役職を辞任している。この記事はむしろ、この問題について積極的に言及することを避けているように見える日本の報道機関に向けられたものである。

他にも探求すべき問題は存在する。例えば、エプスタイン氏の被害者と特定された女性が、ある時点で日本に滞在していたことが分かっている。また株式会社東芝が2013年、エプスタイン氏の私有島における太陽光発電施設に関連する営業活動を行っていたことも判明している。

これは単に日本企業との直接的な繋がりだけではない。例えば日本のメディアはノーベル賞に強い関心を示している。 2009 年から 2015 年までノルウェーのノーベル委員会委員長を務めたトルビョーン・ヤグラン氏が、エプスタイン氏との関係で汚職容疑で起訴されたという事実は、調査する価値がないのだろうか。この期間、エプスタイン氏がノーベル賞の受賞者決定に影響力を行使しようとしたという可能性の検討には至らないのだろうか。

より広く捉えれば、エプスタイン文書は、伊藤氏も関わりのあったビル・ゲイツ氏、イーロン・マスク氏、ジェフ・ベゾス氏、セルゲイ・ブリン氏といった人物たちにもつながっている。これらの人々は、日本社会で広く使われている製品やサービスと密接に関わっている。彼らの行動についても疑問を投げかけることは重要ではないのだろうか。

民主主義社会におけるメディアの役割の重要な部分は、権力や富を持つ人々に説明責任を果たさせることだ。世の中には多くの「エプスタイン」がいるのと同様に、多くの「伊藤」も存在する。監視ジャーナリズムは、社会における他のチェック・アンド・バランスが機能しなくなったときに、権力者に説明責任を果たさせる一助となる。そして、エプスタイン文書は、こうしたチェック・アンド・バランスがどれほど機能不全に陥っているかを明らかにした。メディアの報道は、こうした仕組みや構造を修復し、また創り出すことに対する、一般市民や政策担当者の関心を呼び起こすこともできる。

エプスタイン文書は多くの疑問を提起したが、日本のメディアはまだそれらを問うに至っていない。今こそ問い始める時だろう。

 

(GNVは、エプスタイン文書に含まれる内容について、千葉工業大学・変革センターへの電子メールで伊藤氏にコメントを求めたが、本稿執筆時点では回答を得られていない)

 

※1 この期間に記録された寄付は、10万米ドル、15万米ドル、5万米ドル、10万米ドル、10万米ドル、2万5千米ドルの計6件である。

※2 読売新聞「MIT 伊藤所長が辞表 支援者の性犯罪歴 認識か」2019年09月09日

※3 朝日新聞「MITラボの伊藤所長辞意 性的虐待の米資産家から資金」2019年09月10日

※4 毎日新聞「メディアラボ:MIT伊藤所長が辞表 性的虐待元被告から資金提供 メディアラボ」2019年09月09日

※5 ベラルーシ人学生はカリーナ・シュリアック氏と特定され、エプスタイン氏の最後の交際相手とされる。

※6 タブロイド紙やオンラインメディアによる限定的な報道があった。

 

ライター:Virgil Hawkins

グラフィック:MIKI Yuna

 

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