2022年2月21日にコロンビアの憲法裁判所は妊娠24週目(6カ月目)までの中絶を非犯罪化し、妊婦が妊娠中絶ができるようにと定める歴史的な判決を下した。コロンビアでのこの動きは地域全体におけるフェミニズム運動の一環として起きたとも言える。以前からラテンアメリカではフェミニズム運動が高まりを見せていたが、約10年前からデモやSNSでの情報共有などを通じてフェミニズム運動が再び活発化している。この活発化の裏には何があるのか。そして、これらの運動はラテンアメリカ諸国の社会にどのような影響をもたらしているのか。

アルゼンチンでのフェミニストによるデモ(Lara Va / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
背景
ラテンアメリカにおける女性の社会的地位は昔から低かったわけではない。例えば、15世紀から16世紀にかけて南米の西部で栄えたインカ文明の女性は、完全に平等な社会ではなかったものの、政治に参加したり、男性と共に支配体制を構成していた。1530年代にペルーとエクアドルの海岸にたどり着いたスペインの兵士と聖職者は、これらの女性が政治的発言力と指揮力を持つだけでなく、すべての男性から尊重されていることに驚きを覚えたという。その後スペインによる植民地支配とともに男尊女卑の思想が強化されたと言われている。19世紀前半に各国が独立した後も、一度根付いてしまった男尊女卑思想が大きく変わることはなかった。しかし19世紀後半に、欧米での、エリザベス・キャディ・スタントン(※1)など、社会主義者の女性運動の影響を受け、ラテンアメリカのいくつかの国で一部の女性によってフェミニズム(※2)運動が立ち上がった。19世紀末から20世紀初頭にかけ、参政権やその他の市民的・文化的権利や役割の向上など男女平等を要求する運動が盛んになった。
アルゼンチンでは、アナーキストと社会主義者の女性たちが最初のフェミニスト団体を牽引した。例えば、女性労働者を中心に、労働における女性の権利を促進するために1903年に構成された「ウニオン・グレミアル・フェメニナ 」(女性労働組合)などがそうである。より強力な組織として、女性の市民的・政治的解放、文化水準の向上、同一労働・同一賃金の権利を目的とした「ウニオン・フェミニスタ・ナシオナル」(全国フェミニスト連合)が1918年に活動を開始した。これらの運動により、1947年9月に女性の政治参画のための法律が可決され、1951年にはアルゼンチンで初めて女性も参加する選挙が行われた。
チリでは、20世紀初頭に全国女性協議会が設立された。チリの女性解放運動が発行した『ラ・ムヘル・ヌエヴァ』という新聞を通じて、職場や教育現場での女性差別を批判した。1934年、女性の参政権が市町村選挙で認められ、大統領選挙と国会議員選挙で女性に投票権が与えられたのは1949年のことである。その後1952年の大統領選挙で初めて女性による投票が行われた。

チリにおける1945年の選挙(Crónica del sufragio femenino en Chile / Diamela Eltit / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
メキシコでは19世紀後半から女性グループが動きはじめた。これはフェミニズムの前触れ、あるいは最初の波と考えられている。1915年に『ムヘル・モデルナ』(現代女性)という雑誌が創刊され、女性のための自由主義思想の発信がされるようになった。1910年から1920年にかけてのメキシコ革命後、メキシコ全土の女性たちは全国女性評議会を結成し、1920年に創刊された雑誌『ラ・ムヘル』(女性)でフェミニストの思想の普及を進めた。1953年にはメキシコの憲法第34条が改正され、女性の選挙権が認められた。1955年の国政選挙で、メキシコの女性たちは初めて投票に参加した。
参政権が達成されると南米各地のフェミニズム運動は、徐々に衰退していった。しかし、1970年代にラテンアメリカで起こっていた独裁政権に立ち向かう社会主義者のフェミニストたちから新たな主張を推進する運動が再び登場し、ラテンアメリカでフェミニズムの力強い復活を遂げるに至った。1970年代におけるラテンアメリカのフェミニズムは、世界各地に波及したフェミニズムの波の一部であり、ラテンアメリカに浸透していた社会主義の影響を受けていた。70年代から80年代ではフェミニズムが激しく活発し、フェミニストは文化的、人種的、経済的不平等や男性の優れた地位からの格差が目立つ社会をどのように変革するかを考えていた。また、1990年代には、ジェンダーの平等と非差別に焦点を当てることなった。
2000年代からフェミニストの活発が進み、新たな組織がラテンアメリカの数ヵ所で作られる。例えば、2007年に、GLEFAS (ラテンアメリカのフェミニスト研究・訓練・行動団体)という団体が設立された。この団体は、ラテンアメリカのフェミニスト、そして他の社会的・土地的闘争運動との対話の場を作り出すことを目的とする。

ラテンアメリカのフェミニストの政治家 (UN Women / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
現在、フェミニストが要求しているのは、主に全大陸での中絶の合法化、女性に対する暴力の撲滅、LGBT などのジェンダー・同一賃金・女性の政治参画の平等だ。
フェミニズムの種類
このように、ラテンアメリカでフェミニズムが勢いを見せてきたが、フェミニズムと言っても、その捉え方や狙いが一つだけというわけではない。例えば 、フェミニズムの中に、国家介入を伴わない「リベラル・フェミニズム」、女性と自然との関わりを考える「エコ・フェミニズム」が挙げられる。その他に、女性の男尊女卑からの解放のために資本主義を廃止し、社会主義を導入することを訴える「マルクス主義フェミニズム」や、人種差別が性別の役割に影響を及ぼしていることを主張する「ブラック・フェミニズム」など様々な種類がある。さらに、ラテンアメリカが発祥のフェミニズムも存在する。
例えば、グアテマラやボリビアにおける先住民女性から生まれた「コミュニティ・フェミニズム」という運動がある。コミュニティ・フェミニズムの前提は女性の革命は集団的なものであり、共通の先祖代々のアイデンティティを形成するコミュニティで生まれる。例えば、異性間のカップル(男性/女性)という概念は、ラテンアメリカの先住民(アイマラ)の性別関係なく補完的な関係の元の概念に取って代わった。コミュニティ・フェミニズムは先住民の基本原則が守られるように運動している。

グアテマラの市長(UN Women / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
コロンビアやブラジルに生まれた「脱植民地主義的フェミニズム(※3)」という概念もある。スペインとポルトガルの植民地だった時代から押し付けられた文化制度(女性の役割など)と関連づけ、セックス/ジェンダー・地位・人種の問題を最も重要視し、問題提起をする。NGOや国家、政党以外で植民地時代から残っている固定概念を排除するための活動も行う。その行動はストリートアート、カウンターカルチャーなどの芸術活動を含んでいる。
また、ラテンアメリカ各地で、女性に対する暴力という深刻な問題が新たな運動を生み出した。「ニウナメノス」(一人の女性も犠牲にしない)は、女性の殺害(フェミサイド )や女性に対する暴力に反対する運動である。2015年にアルゼンチンで生まれたこの運動では、緑色のバンダナなどを身にまとい、デモなどを行う。初めて行われたのが同年6月3日で、アルゼンチンの80都市で同時に行われた。そこから「ニウナメノス」は何回もデモを繰り返してきた。運動が非常に注目を浴び、2018年6月4日のデモには15万人も参加した。その後、ラテンアメリカをはじめとする世界数カ国に大規模にも広がっていった。
中絶の合法化
このように、ラテンアメリカでフェミニズム運動が盛んになっているが、その中で、中絶の合法化に大きな影響を与えていると言われる。2022年現在、ラテンアメリカの21カ国の中、 16カ国はまだ中絶に対する厳しい制限がある。
その背景には、宗教がある。キリスト教のカトリックがラテンアメリカの最も一般的な宗教である。その証拠にラテンアメリカの69%はカトリックである。カトリックの教えでは中絶が禁止されている。カトリックの本拠地であるバチカンと協力し合っている各国は、中絶の合法化によってバチカンとの関係が悪化することを恐れているとされる。また、キリスト教の厳格な信者たちも合法化に強く抵抗している。
その合法化を求める運動には2つの理由がある。1つ目は、女性の身体、性・生殖の権利である。中絶が合法にならないかぎり、女性が自分の身体をめぐる権利を持てていないことを意味する。2つ目の理由は、中絶が違法でも子どもを堕ろす女性がいることである。それで違法クリニックに通い、中絶の手術をして、亡くなることが多い。1年間にラテンアメリカで中絶によって5千人から1万人の女性が亡くなると推測される。その背景には違法クリニックでは衛生管理が不十分だったり、また手術を行う者はその資格を持っていない場合が多い 。
フェミニストは、主にこの2つの理由から中絶の合法化を要求している。そしてこの数年、「ニウナメノス」などのフェミニズム運動の働きかけもあり、中絶の合法化が多くの国で進んでいる。
ラテンアメリカにおいてキューバは例外的に早く、1965年から中絶が合法となり、ラテンアメリカで初めて中絶を非犯罪化した国である(アメリカの法律が適用されるプエルトリコを除き)。次に動きがみられたのは2010代で、2012年にウルグアイで中絶が合法になった。
2015年に始まった「ニウナメノス」運動が新たな流れを作った。まず、2020年にアルゼンチンで中絶が合法化された。新たに導入された法律では、妊娠能力のあるすべての人が、任意かつ合法的に妊娠の中絶と中絶後のケアを受けられるようにすることが規定されている。これは全国で義務化された。

アルゼンチンでの「ニウナメノス」のデモ(TitiNicola / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
また、メキシコでは、2021年より中絶が事実上合法となった。それまで、3つの州でしか合法ではなかったが2021年の最高裁判所の判決で中絶を犯罪とすることは違憲であると判断した。
さらに、冒頭にあったように、コロンビアも、2022年に、24週までの中絶を非犯罪化した。2006年から妊娠が女性の身体的・精神的健康を損なう恐れがある場合、レイプや近親相姦の場合、胎児の奇形の場合の3つの理由に限り、中絶は権利として認められていた。
このように、ラテンアメリカの複数の国では中絶が違法ではなくなったものの、まだ中絶が違法となっている国は16もある。しかし、これらの国でも合法化に向けた動きもある。例えば、チリでは、中絶の合法化の法律案が2021年に取り上げられたが、否決された。2017年、社会党政権のもとで、チリ議会は中絶の合法化を承認したが、母親の生命が危険にさらされている場合、強姦の結果で妊娠した場合、胎児に合併症が見られる場合の3つの特定のシナリオに限られた。
また、中絶が厳しく規制されているエクアドルでも、動きがみられた。2019年にレイプによって妊娠した場合の中絶を認める法改正案が否決されたが、2022年2月には、合法化された。現在、チリとエクアドルのように、限られた場合でのみ中絶が可能の国がほとんどである。例外として挙げられるのは、ニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドル、ハイチとドミニカ共和国だ。これらの国々では、どの場合においても禁止されている。
ラテンアメリカでのNGO・運動家・政治家が繰り広げるフェミニズム運動は、この地域全体での中絶の合法化に向けて動いており、これからも活動が増すだろう。
フェミニズムへの反発
フェミニズムの運動を応援している人が多い。2019年の調査で、32%のアルゼンチンの女性は自分がフェミニストだと認めた。また2020年、メキシコでの調査によると、女性の権利を訴えるデモに対して、男女問わず、57%が支持していたことがわかった。
しかし、反対している人も少なくない。まずは、教会との問題だ。上記の通り、ラテンアメリカではカトリック教会は強い影響力をもっており、中絶の合法化に対して強く反対している。例えば、フェミニズムを元にした合法化運動に対してカトリックの信者などが「プロ・ヴィダ」(生命尊重)という運動をラテンアメリカ全大陸で起動している。

アルゼンチンの国民議会(Nicolas Solop / Wikimedia [CC BY-SA 2.0])
教育においても反発がみられている。例えば、フェミニズムの運動の影響で義務教育になった「ジェンダー学習」に反対するデモがアルゼンチやプエルトリコで行われている。カトリックの親が自分の信念と良心に従って生き、行動する権利を失わせないように国家に訴えている。子供が学校で、親たちの信念と相反するイデオロギーにさらされることなく教育されるべきだという考えがその根底にある。
まとめ
ラテンアメリカのフェミニズム運動は毎年拡大している。女性がより生きやすい社会を作るためにフェミニストは活動しており、男女平等の社会を目指しながら新しい女性を運動に参加させようとしている。アルゼンチンの中絶の合法化はラテンアメリカのフェミニズム運動には大きな一歩だった。これからも、様々な女性の興味を惹きつける新しいフェミニズムの視点が出てくるだろう。ラテンアメリカの若い女性たちにとって、様々な声なくしてフェミニズムを考えることはできない。フェミニストの闘いは、さらに幅広くなっている。フェミニズムはテーマ性ではなく、もっと横断的なもの、人生のあらゆることに関わるものとして理解される。
※1 エリザベス・キャディ・スタントン(1815年11月12日生まれ、1902年10月26日死去)は、米国および世界中の女性の権利拡大を背後から推進した大きな力の1つである。特に彼女は、19世紀の女権運動の創始者、指導者だった。そうした運動が1920年の米国における女性参政権の実現につながっていった。
※2 オクスフォードの辞書によると、フェミニズムは昔から男性が独占している権利が女性にも適用されるように訴える運動である。一般に「女性尊重主義」「男女同権主義」と訳される。
※3 植民地化されていた国々が支配国から独立することと受けた文化的な影響から抜け出すことを指す言葉である。
ライター:Martin Parle
グラフィック:Kato Hikaru
日本でまず報道されることのない、ラテンアメリカの情勢について伝えていただきありがとうございました。ラテンアメリカ諸国がこれほどフェミニズムに熱心で、具体的に実現に向け活動してきたことを初めて知りました。今後も、機会がありましたらまたその後の状況について教えていただけるとありがたいです。