近年カザフスタンでは、カスピ銀行が顧客にあるサービスを提供している。そのサービスとは、事前にオンラインで申請すれば、顔認証を利用して「カートマット」と呼ばれる機械から60秒以内に新しい銀行カードを入手することができるというものである。ほかにも多くのデジタル変革が起こっているカザフスタンは2022年、国連の電子政府開発ランキングで193カ国中28位にランクインした。ウズベキスタンも電子化を進めており、他の中央アジア諸国でも同様に電子化が加速し始めている。
その一方で、2022年1月にカザフスタンで起きた抗議デモで見られたように、政治的反対を抑圧し、不安定さを治めるために最新のデジタル技術を利用することに懸念もある。政府がインターネットの利用を遮断したり、主要都市に顔認証が可能な監視カメラシステムを設置したりしている。個人のメッセージアプリ内のメッセージを入手など、さらなるプライバシー侵害が懸念されている。
これらの事例が示すように、中央アジアでは現在、政府や商業サービスへの最新技術の導入により、急速なデジタル変革が進行している。この変革のきっかけは様々だが、最近では新型コロナウイルスの流行がデジタル技術への移行を加速させる上で重要な役割を果たしている。しかし中央アジアのデジタル化は、パンデミックへの対応以前における、技術開発に対する世界的潮流とも一致している。中央アジアの各国政府は、デジタル変革によって経済成長が促進され、国の統治の効率性が向上し、市民の生活の質を高めことができると考えている。
本稿では、中央アジア諸国の現状を取り上げながら、デジタル化とその欠点について探っていく。
目次
中央アジアとデジタル変革
中央アジアにおける現在のような状態は、各国のソビエト社会主義共和国連邦から独立した1991年から形成され始めた。ソ連時代、これらの地域では農業が主要産業であり、工業部門にはロシア、ウクライナ、ベラルーシの工業活動を補完するための専門化された企業か、独立後にソ連の生産チェーンから切り離され、それだけでは価値を持たない原料鉱山しかなかった。1990年代、当時新興国であった各国政府は、この地域にガス、石油、レアメタル、ウランが豊富に埋蔵されていることから、鉱業部門への外国投資の誘致を目指した。さらに、政府と企業は旧ソ連における役割を超える工業を発展させる方法を模索した。産業の基盤は、トヨタ、大宇、起亜、ゼネラル・モーターズなどの企業が参加する共同事業を通じて、自動車産業などの多国籍企業部門を確立するために活用された。
しかし、産業発展の大きな障害となっていたのは、ソ連時代から続く過度に官僚的で腐敗した政府システムだった。近代技術の開発と導入は、中央アジア諸国にとって、官僚機構と公共部門の業務効率を高め、汚職と脱税に対処する良い機会になるとされた。これらの国々では国家権力が集中していたことから、議会や市民社会機関の長期にわたる議論や反対に応じることが少なかったことも、迅速なデジタル変革を後押しした一つの理由であった。その一方で、これらの国家は政治活動家を監視し、手っ取り早く無力化することにもデジタル技術を利用した。
中央アジアの国々は、独立以来30年間で、デジタル化の面で大きな進歩を遂げた。いくつかの国は、統治と経済のデジタル化という点で、世界的な格付けで欧米の高所得国と同じような位置に付いている。例えば、2022年のガブテック指数(※1)によると、公共サービス部門において、ウズベキスタンは世界で43位にランクされ、「ガブテックリーダー」とされるグループ「A」に入った。
キルギスとタジキスタンも、独自の課題に直面してはいるものの、同様に社会経済のデジタル化を進めている。一方で、閉鎖的で独裁的な国であるトルクメニスタンは、デジタル化において他の国に遅れをとっている。以下では、トルクメニスタンを除く各国の状況をみていく。
カザフスタン
2005年、カザフスタンの「電子ガバナンス」(※2)の発足は、同国の行政において重要な出来事となった。この変革的な動きは、デジタル技術を活用して政府サービスを強化し、官僚的なプロセスを合理化して、公共サービスの提供効率を高めようとするものであった。しかし、市民向けの行政サービスを正式に開始するまでには、さらに10年を要した。納税申告、許認可の取得、政府納付金の支払いなどに電子政府サービスが導入されたことで、国家官僚機構はより効率化した。
例えば、政府ウェブサイトを通じた婚姻申請の導入もそのひとつである。2022年以降、カザフスタンの国民は入籍する際、役場に行ったり、書類を用意したり、長い列に並んだりする必要がなくなった。現在では、ウェブサイトを数回クリックするだけで、政府サービスの該当ページに移動し、必要な申請書を提出することができる。
2023年にカザフスタンの国民が利用できるようになった別のデジタルサービスでは、有限責任会社(LLP)の登録を迅速かつ簡単に行うことができる。銀行モバイルアプリケーションを通じて、ユーザーは生体認証(指紋認証や顔認証など)を使ってログインし、「LLP登録」サービスを選択する。必要項目をすべて入力した後、申請書に署名すれば即座に事業活動開始の通知が届く。システムが自動的に国の歳入統計当局に通知し、同時に新しいLLPの銀行口座の開設もしてくれる。
司法制度もデジタル化の影響を受けている。2017年の最高裁判所状況センターの立ち上げにより、最高裁判所は国内のすべての裁判を遠隔監視できるようになった。さらに、モバイルアプリケーションによって、裁判に出廷する人たちはオンライン上で必要書類を提出し、遠隔地から法廷に参加することができる。
2014年6月に改革が始まったカザフスタンの郵便事業(カズポスト:Qazpost)も、政府産業におけるデジタル変革の事例である。この国営企業は、近代的で顧客志向の郵便サービスを提供できるようになることを目指していた。この計画には、郵便物受付所の近代化、郵便管理センター、郵便物追跡サービス、SMS通知システムなどの導入が含まれた。顧客はカズポストのオンライン支店であるpost.kzサービスを利用することで、アクセスしやすい郵便局の場所を探したり、郵便物の配達先を変更したり、配達料金を計算したり、様々なサービスの料金を支払ったり、送金したりすることもできるようになっている。
近年では、フィンテックと電子商取引の分野も急速に勢いを増している。統計によると、国民の80%がネットバンキングを積極的に利用しており、1,400万人以上がリモート・バンキング・システムを通じてオンラインサービスを利用している。また、オンラインショップは幅広い商品とサービスを提供しており、配達サービスはオンラインショッピングを大幅に簡素化している。国家統計局によると、同国の電子商取引は2021年に過去最高の2億3,000万米ドル相当に達し、前年比で8.4%増となった。
その一方で、カザフスタンは経済のデジタル化に向けた課題に直面している。インフラが不十分なため、通信速度が速いインターネットを利用できない場合がある。例えば、カザフスタン東部の363の自治体のうち、105の自治体では有線接続でしかインターネットへのアクセスができない。
デジタル技術の急激な普及は、サイバー攻撃やデータ漏洩といったリスクの増加も伴っている。多くの企業がまだ個人情報保護の重要性を認識できていない。2018年から2020年にかけて、カザフスタンでは1,100万件以上の個人情報に関する記録や決済情報が漏洩した。
また、法的な規制も追いついていない。「個人情報およびその保護に関する法律」が存在するものの十分とは言い難く、未成年者の個人情報保護に関する規定や、生体情報や他のプライベートな情報を管理するための制度が欠けている。さらに、カザフスタンは「個人情報の自動処理に関する個人の保護に関する条約」に加盟していないため、カザフスタンへ国境を越えて個人情報を送ることに課題がある。
その一方で、当局の利益のためにデジタル技術が悪用されるケースもある。カザフスタンは「セルゲック(Sergek)」と呼ばれる顔認証が可能な監視カメラを導入しており、全国に1万3,000台以上設置されている。ペガサス・スパイ・スキャンダル(※3)のような出来事からみられるように、政府がジャーナリストや主要企業の重役たちを追跡するためにインターネット監視ソフトウェアを使用したことが確認されている。現行の体制では国内の諜報機関や情報省から政府に報告がいくようになっているため、ソーシャルメディアからのデータ分析も反政府活動に対する先制措置のための手段となっている。
ウズベキスタン
ウズベキスタンにおける大規模なデジタル化の取り組みは、政府が 「国家情報通信システム開発のための包括的プログラム 」を承認した2012年に始まった。その後、2013年には、政府サービスの統一ポータルが立ち上げられた。2016年には国民がポータルサイトのOneIDシステムにアクセスできるようになったことで、個人識別が可能になり、政府機関から民間企業まで幅広いサービスへのアクセスが容易になった。
ウズベキスタンにおける最近のデジタル変革の進歩は、デジタル化に関する国際的な評価の動向を見れば明らかである。例えば、イギリスの団体オックスフォードインサイツ(Oxford Insights)が設立した「政府人工知能準備指数」ランキングでは、ウズベキスタンは2019年から2023年にかけて158位から79位に上昇した。
さらに、ウズベキスタンのデジタル化を強化する計画があり、電子政府サービスのシェア100%、つまりすべての政府サービスがオンラインで利用できるようになることを目指している。本人確認のためのIDを電子化するシステムの導入は既に始まっており、「市民のデジタル・パスポート」や「デジタル・オーソリティ」といった計画も進行中である。
実験段階として、2022年7月から2023年12月まで政府機関や銀行、その他の組織において紙のIDの提示は必要ないこととした。その代わり、国民は専用のOneIDのモバイルアプリを通じて、紙のIDと同等の有効性を持つデジタル版のIDを利用することができた。パスポートや個人IDに加え、運転免許証、自動車登録証明書、結婚証明書、出生証明書、学生証、コロナウイルス予防接種証明書などもデジタル文書で利用することができる。
しかし、大幅なデジタル化を妨げている要因もある。1つ目は 中小企業の資源が限られていることである。中小企業は大企業に比べて経済的・人的資源が限られているため、デジタル化は中小企業にとって特に困難となる可能性がある。2つ目は、 資格のある専門家の増加が必要になることである。 デジタルツールの導入にはデジタル分野の知識とスキルを兼ね備えた専門家のサポートが必要であり、それによってさらなる発展を期待することができる。3つ目に、技術開発のスピードに規制が追い付いていないことである。 デジタル技術があまりに急速に発展したため、関連する規制法の制定や適用がまだ不十分である。この齟齬のために、ビジネスのデジタル化は容易ではない。
一方、ウズベキスタン政府もカザフスタン政府のように、政治活動や反政府運動を抑圧するためにデジタル技術を利用している。例えば、2020年秋の大統領選挙への立候補を表明した野党「真実と進歩」のヒディルナザール・アラクーロフ議員は、ネット上での荒らしや監視、その他の脅迫に遭い、尋問・拘束されたり、見知らぬ人から身体的攻撃を受けたりしたと報告している。
さらに2022年、カラカルパクスタン自治州の自治権を廃止する憲法改定案をめぐるカラカルパクスタン地方での抗議デモの最中、抗議集会を警察が強硬手段で解散させたという主張がある中で、ウズベキスタン当局は情勢に関する情報を全面的に遮断した。政府がカラカルパクスタンのインターネット通信を遮断する決定を下したため、カラカルパクスタンからの情報の出入りは非常に複雑になっている。
キルギス
キルギスのデジタル化は、カザフスタンやウズベキスタンほどは進んでいない。これらの2カ国に比べて元々の経済規模が小さいことや開発レベルの遅れがあることが原因としてあげられており、さらには、山が多いという地理的要因がより大きな障壁になっている。また、国内市場の規模が限られていること、規制上の制約があること、手頃な資金調達手段が乏しいことなどから、電子政府の実施やIT関連の企業の発展に課題がある。そのため、電子政府を導入する際には、キルギスは外国や国際機関の支援に頼らざるを得ない部分がある。
たとえば2015年、キルギスが設立した電子政府センターは、米国国際開発庁(USAID)とエストニア外務省の支援を受けて、「サービス指向の電子政府相互運用性の支援」と題するプロジェクトを開始した。このプロジェクトの主な目的は、エストニアのノウハウと経験を活用することで、市民と企業のための政府サービスを強化することであった。このプロジェクトには、キルギスの電子政府の基盤を形成するデータ制御層の確立や、公務員およびIT専門家の訓練も含まれていた。プロジェクトの結果、2018年9月に「トゥンドゥク(Tunduk)」というシステムが設立された。これは政府と民間セクター間のオンライン・データ交換の要であり、すべての国家機関を接続し、国家サービスの電子化を完了することを目的としている。2021年までに、1億6,500万件以上のデータ取引が行われた。
キルギスのような経済的に成長過程にある小さな国では、インフラ不足および費用が起因するインターネットへのアクセスの問題が経済のデジタル化にとって依然として大きな障害となっている。2018年、世界銀行はキルギスに対してプロジェクト開発目標(PDO)を承認し、より手頃な価格でのインターネット利用の増加、ICT分野への民間投資の誘致、電子政府サービスを提供する政府の能力の強化を目指した。当初の予算は5,000万米ドルであったが、2024年1月に700万米ドルが追加された。このプロジェクトの主な目標は、インターネットの利用しやすさを向上させることによって同国のインターネット普及率を高めることであったが、2023年には普及率は78%にもなった。具体的な要因としては、全国に2,500kmの光ファイバー網と、2つの国境を越えた光ファイバーリンクが創設され、政府クラウドインフラが構築されたことがあげられる。
新型コロナウイルスの流行後、キルギスでは電子商取引も大きく成長した。モバイル決済システムやアプリベースの商業プラットフォームにおける進歩には目を見張るものがある。オンラインショップの数も大幅に増加し、インターネットを通じてアクセスできる商業サービスの幅も広がっている(※4)。
タジキスタン
タジキスタンのデジタル化は現在、費用と性能のバランスが取れた、信頼できるブロードバンドアクセスを広く国民に提供する一方で、他の中央アジア諸国よりも遅れている。山岳地帯に位置するタジキスタンでは、その地理的要因が強固なデジタル接続インフラを整備する上で長らく障害となっている。電気通信部門のビジネス環境は厳しく、税率も高いため、進歩が遅く、品質と性能の両方を向上させることができるはずの民間部門の投資をとどまらせている。
その結果、タジキスタンのインターネット・サービスは費用が高く、信頼性も低いままである。インターネット・アクセスやデジタル機器に関連する費用の高騰によっても、多くの国民がインターネットへのアクセスから遠のいており、2023年の時点では人口の半分以上がインターネットを利用していない。一方で、デジタル・リテラシーにも問題がある。政府はデジタル化を進めようとしているが、市民の日常生活には浸透していない。
このような課題があるにもかかわらず、タジキスタンでは電子商取引事業者の数が増えている。この原動力は、主に銀行や通信会社が電子商取引プラットフォームを自社の広範なデジタルサービスに組み込んだことに起因している。これらの企業は、1つに統合したアプリケーションを通じて、包括的にデジタルサービスを提供できる環境を形成している。特に、アリフ(Alif)やフーモ(Humo)のような国営企業は、ネットバンキングのアプリに市場を直結させ、決済、販売、各種サービスを統一プラットフォーム上に統合することで、電子商取引を積極的に推進している。例えば、バビロンエム(Babilon-M)は独自のアプリを立ち上げ、最大50,000人のアクティブユーザーを誇っている。
電子商取引の分野で影響力を持つこれらの企業は、タジキスタンの電子商取引企業や、プラットフォーム、市場の成長を促進し、発達させる上で極めて重要な役割を果たしている(※5)。
まとめ
ここまで述べてきたように、カザフスタンとウズベキスタンは、中央アジアのデジタル化の主要な触媒となっている。どちらの国も強固な政府組織を誇り、特に電子政府サービスの導入による官僚制の最適化など、政府主導でデジタル化に取り組んでいる。政府が中小企業のデジタル化支援に重点を置いていることで、デジタル化がより加速し、企業の発展に繋がっている。
反対に、キルギスとタジキスタンは、未熟な経済状況、人口の少なさ、厳しい地理的条件により、中央アジアの他の国々に遅れをとっている。山岳地形を特徴とするこれらの2カ国は、費用がかかるデジタル化やインターネット・アクセスの改善への取り組みはおろか、インフラ・プロジェクトの実施においてもさらなる障害に直面している。キルギスは、デジタル化の目標を達成するために、外国や国際機関からの投資を求め、外部からの支援に依存している。対照的に、タジキスタンはデジタル化の大部分を民間部門に任せきりにしてしまっている。その結果、デジタル・オンライン・サービスは、政府の方向性とは無関係に出現し、人口のごく一部にしか提供されていない。
デジタル化は一般市民の快適さを向上させ、政府機関の腐敗に対処する一方で、潜在的な人権侵害の手段を政府に与えることにもなる。カザフスタンやウズベキスタンの例に見られるように、インターネット遮断や監視システムの設置といった方法は、反政府行動や抗議に対処する上で政府にとって都合が良いことがわかっている。諜報機関はメッセージング・プラットフォーム上でのやりとりを監視することで、政治活動家に目を光らせておくことが容易になった。
中央アジア諸国では、デジタル化の必要性が中心的な議題となっており、その背景には政府と社会の両方の思惑がある。このデジタル変革の先駆者として、カザフスタンやウズベキスタンは、電子政府サービスの導入と強化に成功している。キルギスやタジキスタンは、いくつかの課題に直面し他国に遅れをとってはいるものの、デジタル化を早急に取り組むべきものとして認識し、改善のために電子政府の導入を積極的に推進している。進展は漸進的かもしれないが、これらの国々は、デジタル技術と政治的統治の進化する世界的な潮流に合わせて、デジタル化を進めようと専心している。
※1 ガブテック:Government(政府)とTechnology(技術)を合わせた言葉。行政にデジタル技術を取り入れ、サービス向上を図ること。
※2 電子ガバナンス:デジタル技術によって行政の効率化を目指す政府。
※3 ペガサス・スパイ・スキャンダル:イスラエルのNSOグループが開発した「ペガサス」というスパイウェアを特定のスマートフォンに侵入させ、持ち主に知られることなく情報を入手するもの。多くの国での利用が確認されている。
※4 国内の人気eコマースサイトには、Svetofor.info、Lalafo.kg、Kivano、Shoppix.kg、Max.kg、Azor、Wildberriesなどがある。
※5 実際にタジキスタンでは、Gelos.tj、Magnit.tj、Usto.tj、luhtak.tjなど、数多くの小規模な電子商取引市場が出現している。
ライター:Ilnaz Makhmutov
翻訳:Minami Ono
グラフィック:Yumi Ariyoshi