2025年2月5日、ロシアで非正規移民の強制送還手続きを簡易化する新たな移民法が施行された。これまでであれば、強制送還には裁判所の署名が必要だったが、そうした手続きが不要になる。ロシア政府は非正規移民の公共サービスなどへのアクセスを制限するために管理対象者登録簿というリストを作成しており、このリストに含まれる人々を容易に強制送還できるようにしている。
そして、2025年9月10日は、この新しい法制度の下で、必要な滞在許可やビザを持たない外国人がロシアに再入国禁止で追放される期限(※1)である。この法改正はロシアで働く外国人労働者の追放を目的にしており、その多くが中央アジア諸国からやってきている人々である。
タジキスタンはそうした労働者送り出し国のひとつであり、同国の国内総生産(GDP)の約48%はそうした国外で働く労働者からの送金が占めている。タジキスタンでは、全世帯のうち30~40%の世帯で少なくとも1人が国外で働いており、送られるお金は生活必需品の購入などに充てられている。そのため、ロシアによる移民規制は、タジキスタンの人々にとって文字通り死活問題である。本記事では、このようなタジキスタンの経済について主に着目してみていく。

ロシアで働くタジキスタン人(写真:Fred S. / Flickr [CC BY-NC 2.0])
目次
タジキスタンの概要と歴史
タジキスタンは、中央アジアに位置する人口1,060万人ほどの国である。国民の8割以上はタジク系だが、そのほかにもウズベク系、キルギス系、ロシア系などの民族アイデンティティを持つ人が暮らしている。90%以上のタジキスタン人がイスラム教徒である。その大半はスンニ派のハナフィー派であるが、南部のパミール高原にはシーア派のイスマーイール派を信仰する人々がいる。
主な産業としては、綿花産業、アルミニウム産業、水力発電などがあり、そのほかにも石炭や様々な鉱石を貯蔵する。ただ、これらの産業以外に、国外で働くタジキスタン人からの送金が経済に占める割合が大きい。

ここからは、タジキスタンの歴史について簡単に見ていく。
タジキスタンとその周辺地域は、歴史上、様々な勢力によって統治されてきた。8世紀にアラブ人の到来を経験してイスラム化し、それ以降はサーマーン朝やモンゴル帝国、ティムール帝国などに支配された。現在のタジキスタン地域の多くは、16世紀ごろからブハラ・ハン国の支配下に入るが、19世紀後半には地域全域が何らかの形でロシアの支配下におかれるようになる。1917年のロシア革命後のソ連では、1924年の民族・共和国境界画定によって、ウズベク・ソビエト社会主義共和国内の自治国として、タジク自治ソビエト社会主義共和国が誕生した。1929年にはウズベク共和国から分離して、自治共和国から共和国へと昇格する。
その後、1991年のソ連崩壊に伴って、9月にタジキスタンは独立を宣言するものの、権力移譲はスムーズに進まなかった。11月の大統領選挙では旧共産党系の候補が当選するものの、反対勢力との対立が続く。タジキスタンでは、1990年ごろから共産党のリーダーシップ強化に反発して、タジキスタン・イスラーム復興党やタジキスタン民主党などの改革を求める勢力が複数結成されており、1991年11月の大統領選挙後には結束を深めていた。
1992年からは議会の解散や民主的な選挙を求めるデモが首都のドゥシャンベで始まったものの、デモは次第に先鋭化し5月には武力衝突に至った。一度は反対派も含めた連立政権が成立し首都の情勢は沈静化するものの、地方部ではむしろ武器が流入し、旧体制派と反対派の武力衝突が続いた。場所を変えながら最終的に5年ほど続いたこの紛争は、約2万人の死者と約60万人の避難民を出し、タジキスタン経済に現在まで残る壊滅的な打撃を与えた。
この紛争中に、エモマリ・ラフモン(2007年3月までの姓はラフモノフ)氏が1992年に最高会議議長、そして1994年には大統領に選出され、2025年現在に至るまで権力を握り続けている。
タジキスタンの政治の現状と課題
経済問題について立ち入る前に、タジキスタンの現在の政治について簡単に確認しておこう。前章で触れたように、タジキスタンでは、独立直後からラフモン大統領による長期政権が続いており、それによって起こる腐敗がタジキスタン経済の問題の一因となっていると指摘されている。

タジキスタン大統領のエモマリ・ラフモン氏(写真:Kristina Kormilitsyna (”Rossiya Segodnya“) / Wikimedia Commons [CC BY 4.0])
タジキスタンは大統領制の共和国である。ただし、1994年に現職のラフモン氏が選出されて以降、7年ごとに行われる大統領選挙ではラフモン氏が初当選を含めて5回連続で当選している。2025年3月に行われた議会選挙においても、実質的に野党勢力が存在しない中、ラフモン大統領が党首を務める与党・タジキスタン人民民主党が勝利を収めている。これらの選挙における透明性と公平性の欠如は国内外から批判されてきたが改善しておらず、権威主義的な体制が温存されているといえる。例えば、イギリスのエコノミスト誌の調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニットが発表している2024年度の民主主義指数では、調査対象の167か国中159位であり、権威主義体制と位置付けられている。
しかし、こうした状況は簡単には変わりそうにない。2016年の憲法改正により、ラフモン氏に限って大統領選の任期制限が撤廃されたため、ラフモン氏は無制限に大統領に立候補することができるようになった。また、2020年4月には、ラフモン氏の息子でドゥシャンベ市長のロスタム・エマモリ氏が上院の議長に就任し、後継に向けた準備が進んでいるとみられている。
こうした権威主義的な体制によって、タジキスタン国内では様々な問題が起こっている。大統領一家が政治的・経済的エリートの地位を独占し腐敗が蔓延している一方、そうした状況に反対する可能性がある人々に対する締め付けが続いている。メディアに対する弾圧はその最たる例である。政府に批判的な独立系メディアはほとんど活動できないような状況にあり、インターネット及び出版物の検閲も厳しいものとなっている。
また、タジキスタン政府による宗教への弾圧も年々激しさを増している。2024年には公共の場でのイスラム教の規定に従った服装に対する規制を強化し、女性のヒジャブ着用などを禁止した。そのほかにも、少数派のイスマイール派の家庭内礼拝を禁止したり、未成年者のモスクでの礼拝の禁止したりなど、宗教の自由に様々な規制が加えられている。
タジキスタン経済の概要
ここからは、タジキスタンの経済について詳しく見ていく。
タジキスタンの経済は、前述したように、国外からの送金、綿花などの農業、原料輸出などの工業によって成り立っている。天然資源としては、金や銀、アルミニウム、ウランなどの鉱物や、石油・天然ガスなどの化石燃料、湖や川などの発電に利用できる水力資源が存在している。2016年にタジキスタン政府が策定した、2030年までの国家開発戦略においては、こうしたエネルギー資源を活用しつつ、持続可能な経済の成長・多角化を目指すという目標が掲げられている。例えば、世界銀行やアジアインフラ投資銀行などの援助のもとで進められているログン水力発電プロジェクトは、エネルギー安全保障と経済成長を達成するための一例である。

国連開発計画によってタジキスタンで行われている貿易支援プロジェクトの1つ(写真:United Nations Development Programme in Europe and CIS / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
2024年度のGDP成長率は8.4%であり、2025年以降は4~7%程度の成長が見込まれている。しかし、実際のところ、タジキスタンの経済は、様々な問題や脆弱性をはらんでいる。
まず、GDPの大部分を占めている国外からの送金の不安定さが挙げられる。タジキスタンにおける2024年度の個人による送金の受領額は、GDPの約48%を占める。ただ、次章で詳しくみていくように、国外で働く労働者による送金は、出稼ぎ先の国の政治経済情勢に大きく左右され、非常に不安定である。タジキスタンの場合はロシアが主な出稼ぎ先となるが、冒頭で触れたようにロシアでは移民規制が厳しくなっており、今後の見通しは明るくない。
送金以外の産業も複数の問題点を抱えている。前章で触れたように、ラフモン大統領の一族や側近が経済的にも大きな影響力を持っており、それが各所で汚職を引き起こしている。例えば、大統領の家族が経営する企業には様々な特権が付与されているため競合他社が育たなかったり、当局による汚職や恐喝が蔓延しているために投資が行われにくくなったりしており、市場がうまく機能していない。
また、銀行の脆弱性も問題である。資本の米ドル化が進んでいるために独立した金融政策を行いにくく、経済発展がさらに困難になっている。こうしたなかで、タジキスタンは脆弱なインフラを整備するために中国からの投資を頼りにしており、そうして生まれた債務への懸念もある。
先ほど例として挙げた、電力インフラ改善と経済成長のためにタジキスタン政府が肝いりで進めているログン水力発電所もまた、様々な問題点を抱えている。この発電所のために建設されているダムは、その下流に位置する国内外の人々や産業、環境に悪影響を及ぼすとみられている。タジキスタン国内ではダムの建設により6万人以上が移住を余儀なくされると想定されているが、それについて反対意見を自由に表明できる社会ではない。中央アジアでは、希少な水を巡って紛争が起きやすい状況がある。現在では撤回しているものの、ウズベキスタンはかつてこのダム事業に強硬に反対していたこともあり、国家間の緊張が高まるリスクもある。

ログン水力発電所の建設現場(写真:Sosh19632 / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
国外からの送金
ここからは、タジキスタン経済を実質的に支える送金についてみていく。
送金とは、国外で働く移民労働者が本国の家族などに送るお金のことである。高所得国と低所得国の経済格差が拡大し、高齢化の進んだ高所得国で労働力需要が増加する状況においては、低中所得国からの労働者がより良い収入を求めて高所得国で働き、そこで得たお金を送金する人々が増えると予想されている。世界全体の合計でみると、送金は公式の政府間援助の3倍以上以上であり、低中所得国にとって重要な収入源となっている。
タジキスタンはそのような送金にもっとも依存している国の1つである。世界銀行によると、タジキスタンにおいて送金がGDPに占める割合は、2000年代初頭から徐々に増加し、年によって変動はあるものの、25~50%ほどで推移している。2024年の送金額がGDPに占める割合は47.9%であり、額にして68億米ドルと推定される。
こうした移住の多くは季節的なものであり、一年のうち限られた期間だけロシアに出稼ぎに行くという形が多くなっている。国際移住機関(IOM)によると、2024年1月から9月までの間に、タジキスタンから外国に働きに行った人は約120万人で、同期間に外国から帰ってきた労働者は約100万人となっている。こうしたタジキスタンからの出稼ぎ先の98%はロシアが目的地である。タジキスタンはかつてソ連の一部だったこともあり、ロシアとは密接な関係を持っていることやビザなしでの入国が可能であること、すでにロシアに住んでいるタジキスタン人も多くいること、ロシア語をある程度話せるタジキスタン人が多いことなどから、ロシアへの出稼ぎが多くなっている。

タジキスタンのラフモン大統領(左)とロシアのウラジーミル・プーチン大統領(右)(写真:Presidential Executive Office of Russia / Wikimedia Commons [CC BY 4.0])
そもそも、なぜタジキスタンでは送金がこれほどまでに重要なものとなっているのだろうか。これには複数の要因が考えられるが、主な理由としては雇用機会の不足というものが挙げられる。タジキスタンの人口は基本的に緩やかな増加傾向にあり、それに伴って労働人口も増えている。しかしながら、ソ連崩壊後の社会主義経済から資本主義経済への移行という経済的なショックと同時期に起こった紛争によって、タジキスタンの経済は壊滅的なダメージを受けており、その影響が現在まで及んでいるため雇用機会が十分にない。そのため、国内で商品やサービスを生産する代わりに、労働力を輸出することが経済的に重要となっているのである。
しかし、国外での短期的な労働は、様々なリスクを抱えている。タジキスタンからの出稼ぎの目的国はほとんどがロシアであるため、ここではロシアとの関係に限って見ていく。
まず、移民に対する規制強化が挙げられる。ロシアでは、2024年から移民に対する弾圧がますます強まっている。その理由は、2024年3月、ロシアのモスクワ近郊のコンサートホールが襲撃され、149人が死亡するという事件が起きたことである。この事件の実行犯4人はタジキスタン人であり、このために移民に対する規制が強まっているのである。
タジキスタン国籍を持つ人々はビザを取ることなくロシアに入国できるが、ロシア国内で就労するには改めて就労ビザなどが必要になる。そうした手続きを経ずに働く移民は非正規移民として扱われるが、そういった状態でロシアで働いているタジキスタン人も多いとみられている。ロシア政府はそうした非正規移民の強制送還手続きを容易にしたり、外国人が結婚を通じて居住許可を得にくくしたり、一部の州では外国人労働者が特定の分野で働けないようにしたりといった規制を通じて、取り締まりを強化している。実際に強制送還数も増加しており、2024年は2023年のおよそ2倍となる8万人以上が強制送還された。
こうした移民に対する規制強化の裏には、外国人に対する差別感情が存在している。以前から、ロシア国内において移民はロシア人の仕事を奪う経済的な脅威とみなされたり、またタジキスタンの人々はイスラム教徒が多数を占めることから文化的にも嫌悪されたりすることが多くあった。2024年の事件以降、こうした傾向がさらに強まっている。ロシア国内における中央アジア系の労働者に対する嫌がらせや暴力、ヘイトスピーチなどが増加しているという。こうしたロシア国内の情勢を受けて、ロシアのタジキスタン大使館は、2024年9月にはどうしても必要な場合を除いて、ロシアに渡航しないようにという勧告を発令した。
そのほかにも、ロシア国内の政治・経済状況の変化によって、タジキスタンからの労働者の状況は容易に左右される。例えば、新型コロナウイルスのパンデミックの時期には、ロシアの入国制限が厳しくなり、2020年の春にはロシアからタジキスタンへの送金が50%も減少した。また、2022年にロシアがウクライナに侵攻した直後には、ロシアに対する西側諸国の経済制裁の結果、ロシアの通貨・ルーブルの価値が下落した。そのため、タジキスタンへの送金の価値も同様に下落してしまった。
ロシアの首都モスクワのタジキスタン大使館に並ぶタジキスタン移民の列(写真:Bloomberg / Getty Images)
タジキスタンへの送金の80%以上は、家庭における食料などの生活必需品の購入に使われているとされており、タジキスタンの人々にとって送金は極めて重要である。出稼ぎ先のロシアで様々な規制や差別があり、タジキスタン政府側がどうしても必要な場合を除いて渡航しないように勧告していても、国外で働く人々はほとんど減っていない。しかしながら、送金とは根本的に他国に経済的に依存し不安定なものであり、国内での雇用創出が急務となっている。
貧困問題
これまで見てきたように、経済が不安定なこともあり、慢性的に存在する貧困も問題となっている。
世界銀行が2017年時点において定める極度の貧困ラインである1日2.15米ドル以下で暮らす人々の割合は、2003年の約40%から2015年には6.1%に減少した。しかし、エシカルな貧困ライン(※2)とされる1日あたり7.4米ドル以下で暮らす人々の割合は、2015年時点で67%も存在している。「極度の貧困」率は下がっているものの、多くのタジキスタンの人々は依然として貧困に苦しみ、生活必需品を買うのにすら苦労しているという現状がある。
こうした状況を生み出している原因の1つとしては、国内での雇用機会の少なさが挙げられる。生産年齢人口における労働者と求職者の割合を示した労働参加率をみると、2021年時点で46.6%であり、全世界の中央値より20%程度低くなっている。何とか職にありつけた場合でも、就業先の大部分を占める農業においてとりわけ、賃金水準が低くなっている。

綿産業に従事する人々(写真:World Bank Photo Collection / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また、そうした労働力の多くがインフォーマル経済のもとで働いているという問題もある。インフォーマル経済とは、法的枠組みで保護・認知されていない労働者や事業体が行う経済活動のことを指す。労働者にとって、インフォーマル経済の下で働くことは、労働基準や社会保障制度によって保護されず、適切な賃金が払われる保障もないという危険性がある。国連開発計画(UNDP)によるタジキスタンに関する報告書によると、2020年3~5月の調査では調査対象の労働者のうち、36.7%がインフォーマル経済の下で労働していたという。GDPの側面から見ても、43%がインフォーマル経済において行われた生産活動であるとみられている。
こうした貧困は、弱い立場に置かれやすい女性や子どもにとってとりわけ厳しいものとなっている。タジキスタンの全世帯のうち30~40%の世帯で家庭内の誰かが国外で労働しており、そうした労働者の大半は男性である。そのため、国内に残された女性は、ジェンダー不平等な社会において、一人で家庭を切り盛りせざるを得なくなっている。また、多くの子どもたちも深刻な貧困のなかで暮らしている。タジキスタンでは、5歳未満の子どものうち、3分の1にあたる約43万人が深刻な食の貧困に直面している。これは世界平均よりも悪い状態であるという。
まとめ
ソ連崩壊後の経済的ショックと5年続いた紛争により、かつて経済が壊滅的なダメージを受けたタジキスタンは、独立直後から2025年現在に至るまで権力を握る独裁者に30年以上にわたって統治されてきた。汚職が蔓延し硬直した経済体制のもとでは、雇用機会が少なく、賃金水準も低くなっている。生活を支えるため、人々は国外での出稼ぎに頼らざるを得ない。しかし、国外に労働力が流出することで、国内産業はますます停滞する可能性がある。
同国の大統領は、国家開発戦略の目標に定めたように、通信やインフラを整備し、工業化を促進し、エネルギーや食料の安全保障を確立することで、経済を発展させ、貧困をさらに減少させると意気込んでいる。その一方で、盛大な祭りを挙行したり、大統領専用機を購入したりするために、莫大なお金をつぎこんでいる。国民の生活水準向上に取り組むのであれば、こうしたお金の使い方を見直す必要がある。
タジキスタンが政治・経済の両面において、今後どのように変化していくのか、注目していきたい。
※1 ロシアから出国するか、ロシアに滞在可能な許可やビザを取らなければ、再入国禁止で国外追放される期限。当初は2025年4月30日までだったが延長された。
※2 GNVでは世界銀行が定める極度の貧困ライン(1日2.15米ドル)ではなく、エシカル(倫理的)な貧困ライン(1日7.4米ドル)を採用している。詳しくはGNVの記事「世界の貧困状況をどう読み解くのか?」参照。
グラフィック:Ayane Ishida






















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