ブルネイ:若者が直面する課題

執筆者 | 2025年11月6日 | Global View, アジア, 政治, 経済・貧困

潤沢な石油資源に恵まれる国ブルネイ(ブルネイ・ダルサラーム)。その恩恵は国民の生活にも還元されている側面があるものの、失業率の増加という問題に直面している。中でも、若者における失業率や雇用形態、そして労働市場に対する不満が高まっているという。実際、2024年のブルネイにおける若者の失業率(※1)は約18.5%で、国民全体の失業率である約5.1%を大きく上回っている。また、就業できた若者の多くも、自身のスキルに見合わない、もしくは求める雇用形態以外の職業に就いていると指摘されている。

GNVでは以前、ブルネイの政治や経済の問題にフォーカスし、石油国家の歴史や現状について扱った。本記事では、高い失業率といったブルネイの若者が直面する課題に焦点を当て、その要因や、政府の対応策について見ていく。

ブルネイの王立モスクとその周辺(写真: Curioso.Photography / Shutterstock.com)

ブルネイの概要

本題に入る前にブルネイの基本情報について抑えたい。ブルネイは東南アジアのボルネオ島北部に位置しており、マレーシアと国境を接している。面積は5,765㎢で2024年時点での人口は約45万5,500人と、比較的小さな国である。

14世紀から16世紀にかけて、ブルネイと呼ばれる王国は現在のマレーシア領のサバ州・サラワク州や、フィリピン領のスールー諸島にまで勢力を及ぼしていた。この王国は、スルタンと呼ばれる君主が大きな権力を持つ独裁主義国家であった。16世紀末以降になると、国内で紛争が相次ぎ、領土は徐々に縮小していった。さらに19世紀中頃より、イギリスへの領土の譲渡などを経て、その影響下に置かれるようになり、1888年にはイギリスの保護国となった。1984年の独立後もスルタンが国を統治する体制は続いている。スルタンとはイスラム教国家の君主の称号であり、首相、外務大臣、国防大臣、財務大臣を兼任し、あらゆる立法機関や、司法機関にも制約されない執行権を行使できる。

ブルネイにはイスラム教の信仰者が多く、人口の約82.1%をイスラム教徒が占めている。非常に厳格なイスラム法が導入されており、その一環で言論の自由に対しても制限が行われている。2019年に改定された刑法によると、イスラム教への冒涜や背信を助長する発信や出版を行った者に対しては死刑が執行される可能性まである。また、この刑法は同性愛行為に対しての鞭打ち、懲役、または石打ちによる死刑を合法化しており、人権侵害に当たるとして非難の目が向けられている。例えば、複数の国連機関は国際人権基準に違反するとして、新刑法の廃止を訴えた

ブルネイのメディアは政府による厳しい検閲を受けているため、ジャーナリストがこうした制度に対して批判的な声を上げることは難しいという。政府はメディアを理由なしに閉鎖することや、ジャーナリストを「虚偽または悪意のある」報道をしたとして投獄することさえできる。実際、2024年、国境なき記者団(RSF)が発表した報道の自由度ランキングによると、ブルネイは180か国中117位となっている。

ブルネイの経済の概要

ブルネイの経済は石油や天然ガスといった天然資源に依存しており、2023年には石油ガス部門で政府歳入の90%以上、国内総生産(GDP)の半分以上を占めている。また、同年のGDP成長率は4.2%で、2025年も同様の推移で成長するとみられている。こうした経済成長は、観光業や運輸業などのサービス部門といった非資源部門の拡大や、油田開発によるものだとされている。非資源部門に関しては、石油やガス関連の製品、食品、観光、ICT、サービスという5部門に注力する指針を示している。

ブルネイの水上集落(写真:Baron Reznik / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])

資源部門では、2023年に新たに発見された油田で操業が開始されたことや、操業停止中であった石油・ガスの生産が再開されたことが、2024年における経済成長の主な要因として挙げられる。しかし近年、ブルネイの石油生産量は、既存油田の枯渇や開発活動の縮小により減少傾向にあるとされる。1日あたりの平均生産量で見ると、2000年には20万4,000バレル(※2)だったが、2010年は11万8,000バレル、2020年は10万3,000バレルと、大きく減少している。こうした生産量の減少や開発の縮小にも関わらず、ブルネイの石油埋蔵量は今後20~25年で枯渇すると予測する専門家も存在する。

その豊富な天然資源による潤沢な財源が、一定程度国民に還元されているのは事実で、医療や福祉サービスの充実や大学までの無償教育が実現している。また、ブルネイ国民は所得税を課されないという特徴もある。医療・福祉サービスの充実により、出生率が世界平均と同水準にも関わらず、死亡率は世界最低水準となっている。人口においては、5分の1以上が15歳未満、約半数が30歳未満の若い世代に集中しているという。

また、2024年における1人当たりのGDPは79,200米ドルと、世界第11位の高水準を記録している。しかし、その富の多くはスルタンの手に流入している状況もあり、純資産では300億米ドルに上ると言われている。その一方で、格差が存在するのも事実である。政府や世界銀行などの公的機関による、貧困に関する詳細な統計は存在しないが、世帯収入の中央値のさらに半分を貧困ラインと定義した場合、2015年時点で、約19%の国民がその貧困ライン以下で暮らしているという調査結果もある。

2025年現在、ブルネイのスルタンであるハサナル・ボルキア氏(写真:imagemaker / Shutterstock.com)

ブルネイが抱える経済や社会における課題に対して、2008年に「ワワサン・ブルネイ2035」が発表され、2035年までの達成を目指す3つの目標を掲げている。1つ目は、質の高い教育と生涯学習で、2つ目は、質の高い生活、3つ目は、持続可能な経済成長と経済の多様化である。中でも、3つ目の目標を達成するにあたり、低い失業率の実現が目指されている。

若者の失業率

しかし現状では、ブルネイの若い世代は高い失業率という問題に直面している。以下、その背景について考察する。ますは、具体的な若者の失業率の推移から見ていこう。

 

グラフの通り1991年から2018年にかけて右肩上がりに失業率が増加しており、とりわけ2018年は30.8%に上る。2019年以降は減少がみられたものの、2024年においては18.5%を記録しており、世界平均の13.6%を上回っている。こうした状況は大卒の学位を持つ者にも当てはまっており、就職活動の長期化や、非正規雇用で働くことを余儀なくされる者も少なくない。

では、なぜブルネイの若者の失業率は高いのだろうか。その理由として、ブルネイの経済構造が関係している。ブルネイの若者は、豊富な天然資源がもたらす財源により、充実した医療・福祉や教育サービスの下で暮らしてきた。このようなレンティア国家(※3)の中で育った若者の特徴に、「高収入、雇用の安定性、名声」を満たす仕事を志望する傾向があるという指摘がある。そのため、働き先としては収入が高く、雇用の安定している公務員のような公共部門に人気がある一方、民間企業に対する人気が低い。実際、建設業や農業、製造業といった主要産業における外国人労働者への依存度が高まっている。その数は2019年には6万5,579人、2023年には7万5,402人にも上り、人口の約16.4%を占めていた。

そういった現状の改善に向けて、政府はどのような手段を取っているのだろうか。例えば、2019年に政府主導で設立された青年起業運営委員会が挙げられる。これは、若者の起業とその企業が成長するまでのプロセスを支援することを目的としている。スタートアップ企業や中小企業、専門家などをマッチングさせるための助成金や、起業家育成を支援するネットワーク、国内企業の国際承認取得を支援するコンサルティング、若者が製造業関連の企業を立ち上げる際の工場の提供が行われている。

このようにして、経済の多様化や若者に対するビジネスチャンスの提供、雇用の創出を図っている。また、2017年3月には政府の立法機関である立法評議会において、4人の若者を国会議員に任命するなど、若者の声を政治に取り入れる機会も作っている。

ブルネイで働くフィリピンからの移民労働者(写真: Jpquidores / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0] )

若者とSNS

14世紀頃から続くスルタン制という独裁体制のもと、2025年現在のスルタンであるハサナル・ボルキア氏が1967年に即位して以来、60年近くにわたって権力の座にある。ブルネイではスルタンが強大な権力を握っており、政府が古い慣習や価値観を存続させている。そんな中、若者層におけるインターネットやSNSの高い普及率は、この伝統的な価値観を揺さぶりうるとされている。SNSを通じて多様な価値観に触れることで、古い慣習や社会構造への問題提起に繋がるという。とりわけ、国外での教育経験を持つ若者たちは、自国の保守的な社会構造や価値観に対して否定的な傾向にあると指摘されている。このようなデジタルの活用を通じ、かつてはタブー視されていた多くの問題が、現在では様々なデジタル・プラットフォームで議論されるようになっている。

こうした意識の変化は、具体的な社会的行動となって現れ始めている。例えば、移民労働者への差別に対するものが挙げられる。肉体労働に従事するインドやパキスタン、バングラデシュからの移民労働者は、多くのブルネイ国民からの差別の対象とされていたが、これは長らく公に議論されることのない問題であった。これに対して、地元のインフルエンサーを始めとするブルネイの若者はSNSを通じ、差別に反対する声を上げるようになったという。

このように、デジタル・プラットフォームを通じた連帯が生まれている一方で、ブルネイの憲法や法律には言論の自由を保障する規定が存在しないという課題も残っている。さらに、2019年の新刑法では、「ムルカラフ」と呼ばれる15歳以上の若者は罪状次第で死刑に処される可能性や、「ムマイイーズ」と呼ばれる、7歳前後の子どもは、刑事処罰として鞭打ちを受ける可能性まである。そのため、若者が伝統的な社会構造の改革を求めるには限界があるとされる。

ブルネイでデジタル技術訓練に従事している人の様子(写真:UNESCO-UNEVOC / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])

まとめ

ここまで、ブルネイの若者が直面する問題について見てきた。天然資源の恩恵を受け、国民は充実した医療や教育サービスを享受してきた一方で、若者における高い失業率や社会的、法的問題がある。その背景には、石油の富に依存するレンティア国家の経済構造があり、若者は安定性と高収入を求めて公務員などの公共部門を志向する一方、民間企業は外国人労働者に大きく依存している。政府はこれに対し、若者の起業や中小企業への支援を通じ、経済の多様化と雇用創出を図っている。

若者はインターネット上の交流を通じ、移民労働者への差別に声を上げるなどの変化を見せているが、厳格な法制度に阻まれている。今後、ブルネイが若者の失業率をどのようにして改善し、経済の多角化を図っていくか注視していきたい。

 

※1 ここでの若者の失業率とは、1524歳の人口のうち、就業可能かつ求職活動を行っている者における失業率を指している。

※2 1バレルは約159リットルで国際的な原油・石油製品に、この単位が用いられることが多い。

※3 国家の財政が石油や天然ガスなどの天然資源からの収入に大きく依存し、その収入を国民に無償で分配することで、独裁的な統治を維持している国家のこと。

 

ライター:Hayato Ishimoto

グラフィック:Yow Shuning

 

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