厳しさ増すイスラエル軍による検閲、メディアはガザの人道危機を伝えず

by | 2026年09月3日 | Global View, 中東・北アフリカ, 報道・言論, 紛争・軍事

イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザで殺害したパレスチナ人は2023年10月以降だけで7万人以上にのぼる。子どもと女性の犠牲者が多く、国連の専門家は「ジェノサイド(集団殺害)」と認定する。住宅は徹底的に破壊され、食料や医薬品が供給されず、人々は飢えと病気に苦しんできた。2025年10月、ガザを実効支配するハマスとの間で「停戦」合意した後も、イスラエルはガザを占領し続けている。

今回のガザ攻撃の引き金となったハマスの急襲で、イスラエル側も1200人が死亡し、250人が人質となった。イスラエルのメディアは、イスラエル側の被害だけでなく、こうしたガザの惨状をどこまで報道したのだろうか。

イスラエルでは、国家安全保障に関する記事は発表前に軍の検閲担当に見せなければならない、と法律で定められている。検閲に従わないジャーナリストは起訴され、報道機関を閉鎖させることも可能だ。イスラエルの独立ニュースメディア「972マガジン」によると、2025年の1年間で軍が掲載を禁止した記事は753本にのぼり、一部改変を命じた記事も4974本あった。実に1日当たり15本以上の記事が禁止・改変されていた。

イスラエルのメディアはガザの人道危機を伝えず「戦争遂行の一翼を担っている」との指摘がある。イラン、レバノンなどとも戦火が絶えないイスラエルで 軍事検閲がどのように行われてきたのか、歴史と仕組み、それが持つ意味を探った。

イスラエル国防軍(IDF)司令部(写真:Ted Eytan / Flickr [CC BY-SA 2.0])

検閲の歴史

イスラエルの検閲の歴史は、イスラエルという国家よりも長い。

こう言うと奇異に聞こえるかもしれない。だが現在のイスラエルの領土を含むパレスチナの地がイギリスの委任統治領だった1945年、イギリスが報道の自由を制限する規則をつくったのがその始まりである。ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人が移民として流入し、ユダヤ人たちは3年後の1948年、一方的にイスラエルの建国を宣言した。第1次中東戦争をへて大半の土地を支配し、70万人ものパレスチナ人が難民となった。この建国の際にイギリスの報道規制を法律に取り込み、それがいまに引き継がれているのだ。

とはいえ検閲官の介入は「国家の安全保障に実質的な損害がもたらされることがほぼ確実」な場合に限定される。1989年の高裁判決は、発禁対象となる出版物を国家安全保障に「危害を及ぼす可能性が極めて高いもの」に限り、国防省や軍、政治家の評判に関するものは対象外とした。

どの記事を検閲当局に提出するかも報道機関の判断による。だが「国家安全保障」の範囲は極めて広い。非公表の武器取引、行政拘禁、諜報活動、部隊の配置、ミサイル攻撃の標的に関する情報が含まれる。検閲当局は掲載後に介入し、承認なしに記事を削除することもできる。テレビの場合は、検閲当局の担当者がスタジオ内で生放送の内容を監視することもある。

さらに罪深いのは、検閲当局が記事に介入したかどうか、どこをどのように改変させたか、報道機関は読者、視聴者に知らせるのを禁じられていることだ。検閲の対象となるトピックの完全なリストの公開すら許されていない。読者、視聴者は何も知らされないまま、検閲済みの記事を読み、改変された番組を見ているのだ。

イスラエル国内で活動する外国人ジャーナリストも例外ではない。取材に必要なプレスカード(記者証)発行の際に、政府は検閲法の遵守を約束させている。

ハアレツ紙の編集部(写真:Deror Avi / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])

しかしインターネットが普及し、一瞬のうちに情報が世界を駆け巡る時代に、果たして検閲はどこまで有効なのだろうか。イスラエル国内のメディアが報道を禁じられても、国外のメディアが報道してしまえば検閲の意味はなくなる。

2010年に発覚したアナト・カム事件がその一例だ。ジャーナリストでもある女性兵士、アナト・カム氏が退役後、リベラル系日刊紙ハアレツの記者に軍の機密情報を漏らし、逮捕された。軍は国内メディアに事件の報道を禁じたが、ブロガーの記事を通じて国内外に広がった。テルアビブの路上には「アナト・カムとググれ」という落書きが出現した。国内のメディアが口を封じられてもグーグルで検索すれば、事実を知ることができるからだ。

だがイスラエル政府、軍の姿勢は揺るがなかった。2016年には、+972マガジンなどのネットメディア、ブログ、フェイスブックのアカウントにも検閲を義務付けた

検閲件数が急増

世界報道自由デー(5月3日)に合わせて、+972マガジンとNGO「イスラエル情報自由運動」は毎年、軍検閲当局に検閲数の開示を求めてきた。軍は詳細を伏せながらも、2011年から検閲数だけは明らかにしている。

これによると、2024年はこれまでで最も検閲数が多かった。1635本の記事掲載を完全に禁止し、6265本の記事に部分的な改変を命じた。1日平均21本の記事に介入した計算になる。

イスラエルの報道機関はこの年、前年の2倍にのぼる2万件余りの記事を検閲に提出した。冒頭で触れたように2023年10月のハマスの急襲後、イスラエル軍はガザへの攻撃を激化させた。これ以降「国家安全保障」にかかわる記事が増え、検閲数増加につながったとみられる。2025年もこの傾向が続き、検閲数は2024年に次ぐ過去2番目の多さだった。

西岸でジャーナリストを威圧するイスラエル兵、2011年(写真:Yossi Gurvitz / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])

2025年6月、イスラエル軍がイラン攻撃に踏み切ると、検閲はさらに厳しくなる。軍はメディアに新たな「検閲ガイドライン」を通達した。カタールに拠点を置く放送局、アルジャジーラによると、次の行為が新たに禁止された。

①ミサイルの着弾地点、軍事施設近くでの撮影や放送②ドローンや広角カメラを使用した着弾地点の撮影③治安施設付近の被災地の正確な位置の明示④イスラエル製ミサイル発射やイラン製ミサイル迎撃の様子の放映—。さらに検閲官の事前審査なしにSNS上の動画を共有することも禁じられた。「敵によって作製されたフェイクニュース」の可能性があるからだという。

通達の直後、警察官の権限も拡大し、被害現場を撮影しているだけでジャーナリストの逮捕を可能にした。イスラエルの港湾都市ハイファでは、港への攻撃に備えてカメラを設置していたジャーナリストが拘束されている

イスラエル政府を支持する市民やユダヤ人入植者(※)が自警団のようにふるまい、ジャーナリストを監視、襲撃する事件も起きている。2026年7月にはヨルダン川西岸のパレスチナ自治区で、アメリカのCNNなどの取材班が、4人の入植者に襲われ、車を破壊されるなどして取材を妨害された。

260人以上のジャーナリストを殺害

イスラエル軍にとって検閲は報道を規制する手段の一つにすぎない。

軍は外国人ジャーナリストのガザへの立ち入りを原則認めていない。ガザ在住のパレスチナ人ジャーナリストを沈黙させられれば、完全に報道をコントロールでき、たとえ非人道的な作戦を実行してもとがめられることはない。イスラエル軍は実際そう考えたのではないだろうか。

フィンランドで追悼される、ガザで殺害されたジャーナリストたち、2025年(写真:rajatonvimma / Flickr [CC BY 4.0])

国際NGO「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」によると、イスラエル軍は2023年10月7日以降、ガザを中心にレバノン、イラン、イエメンなど周辺国を含めて260人以上のジャーナリストを殺害した。このうち70人以上が報道内容や取材活動への報復として意図的に殺されている。ジャーナリストの命を奪うことが、究極の報道規制であることを示している。

イスラエルから報道機関を締め出す動きも相次ぐ。イスラエル国会は2024年4月、「国家安全保障」の脅威となる外国放送局の閉鎖を可能にする法律を成立させた。翌5月にはイスラエルに批判的な報道を続けるアルジャジーラの活動を禁じた。9月には、イスラエル政府の権限が及ばないはずのヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ラマラにある支局まで閉鎖させた。

イスラエルのメディアも例外ではない。2024年11月にはリベラル系のハアレツ紙に制裁を課し、政府の広告出稿を禁止した。ハアレツの発行人がイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権は「パレスチナ人に残酷なアパルトヘイト体制を課すことを気にしていない」などと批判したことを問題視した。

一方で、イスラエル政府、軍の対応はきわめて恣意的だ。検閲当局が国家安全保障に「実際の損害」があると判断しながらも、政府寄りの放送局チャンネル14が機密性の高い戦闘計画や軍事情報ツールを放送しても処罰しなかった

自主規制進むメディア

報道を規制するのは軍や政府だけではない。メディア側が委縮し、自主規制する動きも広がっている。

イスラエルのシンクタンクが発表した報告書によると、2023年10月のガザ攻撃から半年間にイスラエルの民間放送局、チャンネル12でガザの人道危機に言及した報道は全体のわずか3%だった。戦争関連の映像206本のうち、パレスチナの民間人犠牲者を映したものは2本だけだった。CPJは、チャンネル12などの報道について「軍の論点や国家の公式見解をほぼそのまま反映している」と指摘する。

破壊されたガザと避難民、2025年(写真:Jaber Jehad Badwan / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])

また、+972マガジンによると、2023年10月から2026年3月までの約2年半の間にイスラエルの代表的な2つの調査報道番組、「ハマコール」(チャンネル13)と「ウヴダ」(チャンネル12)はハマスに拘束されたイスラエル人人質の番組を計45本放送した。この中にイスラエル軍によって殺害された無実のパレスチナ人を取り上げた番組は一つもなかった。多くはハマスの急襲を許したイスラエル軍の軍事的失敗などに関するものだった。視聴者が「この戦争における無実の犠牲者はイスラエル人だけだ」と考えても無理はないという。「戦争は批判されてもいいが、パレスチナ人の犠牲者の視点から批判してはならない」という「意識的な編集上の選択」があると分析する。

では、イスラエルの人々はこうしたメディアの報道をどう受け止めているのだろうか。

ハアレツによると、ガザ紛争激化から1年8カ月後の2025年6月の世論調査(イスラエルのヘブライ大学の研究所が実施)で、イスラエル人の64%が「ガザに関する地元メディアの報道はバランスがとれており、ガザの民間人の状況に関してより広い視点からの報道は不要」と回答した

さらに衝撃的だったのは、「ガザに無実の人々はいない」という主張にどの程度同意するかを尋ねたところ、やはり64%が「大いに同意する」と回答したことである。

報道機関がガザの実態を正しく伝えないことが、イスラエル人の意識に影響しているのだろうか。検閲をはじめとした規制がなく、報道の自由が認められていれば、この結果は違ったものになったのかもしれない。

 

※ ユダヤ人入植者:イスラエル政府の支援を受け、ヨルダン川西岸の占領地に入植するユダヤ系イスラエル人。平和団体のピース・ナウによると、西岸には146の入植地があり、50万人以上の入植者が暮らしている。特に2023年10月7日以降、入植者によるパレスチナ人住民への攻撃が急増、過激化している。入植者の行動の根本にあるのは、聖書に基づき、シオンの地(エルサレム)に自分たちの国を造るという「シオニズム運動」の思想だ。しかし占領地に自国民を送り込むことは国際法であるジュネーブ第4条約に違反する。国連は繰り返し入植活動の停止を求めている。

 

ライター:Kuroda Osamu

 

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