約14憶人もの人口を抱える大国、中国。2023年の国内総生産(GDP)は約18兆米ドルであり、アメリカに次ぐ世界2位の経済規模を誇る。日本とは地理的に近く貿易面で強いつながりがあると同時に、歴史の面や安全保障の面では大きな対立もあり、日本の報道で大きく注目されている。
では、その報道にはどのような傾向があるのだろうか。今回は、その傾向について分析していく。
目次
中国の基本情報
まずは中国の近代史について、国の統治に関わる点を簡潔に見ていく。1911年、国民党によって中国初の共和制国家である中華民国が成立した。しかし軍閥の台頭や日本の侵攻などで不安定な状況が続き、さらに毛沢東氏が率いる共産党との大規模な武力紛争も発生した。この紛争に勝利した共産党は、1949年に中華人民共和国を北京に樹立し、中国の経済体制を資本主義から社会主義へと変化させ、さらには1951年には十七か条協定によってチベットを正式に中国に併合した。一方で、中華民国政府は台湾に遷都することとなった。これによって中国の中に2つの政府が混在する形となった訳であるが、国連での中国代表権を継承したのは依然として中華民国政府であった。しかし、1971年に国連総会の多数決によって国連代表権は中華人民共和国政府に移った。
1978年には鄧小平元主席によって市場経済が導入され、社会主義市場経済という体制へと転換した。これによって経済は急激に成長したが、その一方で貧富の格差が拡大した。また、1997年には、英中共同声明に基づき、それまでイギリスの植民地であった香港が中国に返還された。2022年からは、中国が台湾周辺で軍事演習を行う動きが強まるなど、台湾の中華民国政府との対立は現在も続いているようだ。
次に中国の民族や言語について見ていく。中国は多民族国家であり、56の民族が共生しており、300以上もの言語が使用されている。もっとも使用されているのは中国語(漢語)であるが、この中国語の中にも多様性があり、標準語とされる中国語と方言では文法や発音において別言語レベルの違いがあるとも言われている。
では次に現在の中国の実情について見ていく。経済の面では、急激な経済成長を成し遂げ、その一環として貧困層の貧困脱却の動きが目立つ。世界銀行のデータによると、中国全体の貧困率(※1)は1990年の66.6%から2013には1.9%へと大幅に減少した。一方で昨今は不動産不況や株式市場の下落など、厳しい局面に立たされている人も多いようだ。ビジネスの面では情報技術産業(IT)の発達が著しく、2023年のモバイル決済普及率は86%で世界トップになった。最近では生鮮電子商取引など画期的なITサービスも登場している。一方でITの発展と同時に、政府が国民を監視するシステムを強化しているとも言われている。
人権の面では、当局を批判した人が拘束されたり、メディアが政府によって統制されたりなどといった言論統制の問題がある。このような人権問題は全国的に見られるものだが、その中で特に弾圧が強い地域も存在する。新疆ウイグル自治区では、ウイグル人を強制収容するなど不当に弾圧している疑い(※2)などが指摘されている。
外交の面では、日本やフィリピン、インドなどと領土問題を抱えており、さらに2018年以降貿易や安全保障の問題をめぐりアメリカと激しく対立している。また一方で、低所得国に対しては、近年融資や支援を急激に増加させている。
報道量から読み取る中国
このように中国には様々な面があるが、日本ではどのように報道されているのだろうか。まずは報道の量からその傾向を読み取っていこう。朝日・毎日・読売新聞における2015年から2022年までの報道を分析してみた(※3)。
分析の結果、中国は日本において毎年安定して大量に報道されていることがわかった。下のグラフの通り、2015年から2022年までの1年あたりの3紙を合計した報道量は約120万字から130万字程度、記事数にしておよそ1,700記事から1,900記事程度である。国別比較での報道量ランキングは、例年1位のアメリカに次ぐ2位であるが、2022年はロシア・ウクライナ戦争の影響でこの2か国に関する報道が急増したことで、中国の報道量ランキングは4位に下がった。相対的な順位は下がったが、2022年の中国関連の報道量は文字数にして約137万字であり、前年よりもやや増加する結果となった。
このように中国は毎年大量に報道されており、報道される事象は多岐におよぶが、その報道内容に関して年ごとに特徴が見られる。ここからは年ごとに多く報道された内容を大まかに見ていく。2015年は「チャイナショック」とよばれる株式市場の下落に関する記事が目立った。2016年はフィリピンとの南沙諸島をめぐる対立が多く報じられていた。2017年、2018年あたりからは米中対立に関する記事が急増した。2019年は香港でのデモ関連(※4)の記事やウイグル人弾圧疑惑に関する記事が目立った。2020年は新型コロナウイルス関連の内容が多く報道された。2021年は台湾の中華民国政府との対立激化に関する記事が目立った。2022年はロシア・ウクライナ戦争における中国の立ち回りについての内容が多く報じられた。
このように毎年大量に報道される中国であるが、その報道内容は年ごとに国内あるいは国外で起こった出来事によって特色が出ているといえる。
関連国から読み取る中国
上述した通り、中国はその他の国と関連づけて報道されることも多い。そこで、次はどのような国が中国と多く関連づけられるのか、2015年から2022年までのデータを分析し、中国と関連して報道される国トップ5を算出した。
分析の結果、下のグラフの通り毎年1位と2位を日本とアメリカが占めていることが分かった。それぞれのおおまかな記事数は、アメリカが毎年500~1,000記事程度、日本が毎年300~500記事程度である。2015年と2016年は日本が1位であったが、2017年からは米中対立関連の記事が増えたことで順位が逆転し、アメリカが1位となった。その一方で日本関連の報道量は近年減少傾向にある。
その他上位にランクインしたのは韓国・北朝鮮・ロシアといった国々である。2015年は韓国が3位にランクインしており、その記事数は約135記事であった。3年半ぶりに開催された日中韓首脳会談に関する内容が大きく報道されていた。2017年・2018年あたりで北朝鮮が3位にランクインし、記事数はおよそ200~300記事になったが、この際は中国の北朝鮮への制裁緩和についての内容が増加していた。2020年からはロシアが3位にランクインし、その記事数はおよそ50~200記事程度であるが、中国が米ロ対立と関連づけて報じられているケースが多かった。そして2022年は中国がロシア・ウクライナ戦争と絡めて報道されている記事が目立った。その他10位以内には、戦争関係の内容で中国と関連づけられるウクライナ、大国であり中国と国境を争う隣国でもあるインド、高所得国であるイギリス、ドイツ、フランスなどがランクインした。
また、中国と世界との関係を見るうえで、上述した通り台湾との関係も重要なポイントとなる。確かに世界のほとんどの国は台湾が中国の一部としており、独立国家として認められていないが、事実上別の政府が独自の統治をしている。そこで、台湾をこのランキングに含めた場合、例年3位から5位にランクインする。
このように、年ごとにランキングの変動はあるものの、主に大国や近隣諸国は中国と関連づけて報道されやすい。またその逆に、グローバルサウスの国々が関連国となる記事が相対的に少ないということも、分析によって明らかになった。グローバルサウスのうち、中国の隣国で関係が深い国を見ていくと、ベトナムは5~10記事程度、ミャンマーについても5~10記事程度、パキスタンは1~2記事程度であった。その他地域大国を見ていくと、ブラジルについては2~5記事、南アフリカについては0~2記事程度、サウジアラビアに関しても0~2記事程度であった。
2022年の中国報道
ここまでは中国報道の2015年から2022年までの推移を分析してみたが、特定の1年間をズームインして分析してみるとより詳細な傾向が見えると思われる。そこで次は2022年の1年間の中国に関する報道を詳しく分析してみた。
まずは2022年の1か月ごとの報道量を見ていく。上のグラフの通り、報道量が比較的多かったのは主に3月、5月、10月、12月であった。それぞれの月を詳しく分析してみると、3月は新型コロナウイルス感染拡大を受けた上海市のロックダウン決行や、ロシア・ウクライナ戦争に関する内容が多かった。5月は国連弁務官による新疆ウイグル自治区の視察に関する記事が目立った。10月は習近平国家主席3期目突入に関する内容が多く見られた。12月は政府のゼロコロナ政策からウィズコロナ政策への政策転換に関する記事が目立った。
次にジャンル別の報道量の割合について見ていく。下のグラフの通り、政治に関する記事が全体の約45%で圧倒的に多いことが分かった。その他には、経済(約17%)、軍事(約8%)、社会(約7%)に関する内容も比較的多く報道されているようだ。やはり中央政府やエリートに関する内容は報道されやすいと言える。その一方で、科学技術(約0.8%)や芸術文化(約0.6%)に関する記事は少ないことが分かった。
政治関連の報道を詳しく分析すると、2022年政治関連の記事は774記事あり、そのうち多くを占めるのは中央政府など国家の意思決定に関わる者を主題とした記事であり、記事数にして670記事(約87%)にのぼる。一方で、一般人を主題としたものはあまり報道されておらず、記事数は16記事(約2%)であった。その具体的な内容は、政府の政策に対するデモや世論調査の結果などであった。
経済関連の報道を詳しく分析すると、2022年経済関連の記事は287記事あり、その多くを占めるのが不動産不況や株式市場の下落、マクロ経済データ、企業の動きなどであり、その一方で貧困層関連の内容はひとつもなかった。エリートや富裕層については報道されやすいが、貧困層については全く報道されていないと言える。
続いて少数民族関連の記事について詳しく分析する。2022年に少数民族を主題とした記事は19記事あり、そのうちウイグル人を主題としたものは13記事、少数民族全体を抽象的に扱うものは5記事、チベット人に関するのもが1記事であった。上述した通り中国には56の民族が共生しているが、ウイグル人とチベット人以外の少数民族について取り上げた記事はひとつもなかった。ウイグル人やチベット人への弾圧が目立つため報道されやすいといった背景はあるが、少数民族の中でも大きく報道されるものと報道されないものがあることが分かった。
まとめ
人口も経済規模も莫大な中国は、歴史、政治、経済、文化などにおいて様々な面を持つ。そんな中国に関する報道は、日本において毎年安定して大量になされている。しかしその報道内容には偏りがあり、中央政府などのエリートや富裕層に関する動きは大きく報道される一方で、科学技術や芸術文化に関する内容や、一般人や貧困層の動きはあまり報道されていない。また関連づけて報道される国にも偏りがあり、大国や近隣諸国との関係については大きく報道される傾向にある一方で、グローバルサウスの国々との関係などはあまり報道されない傾向にある。
中国を客観的かつ多面的に理解するためには、これらの現状では報道されていない面についても注目していくことが大切であろう。
※1 世界銀行が2015年に設定した極度な貧困ライン、すなわち1日1.9米ドル未満で生活する人の割合。
※2 2014年新疆ウイグル自治区で起こった爆破テロ事件以降、中国当局はテロリストとして疑わしい者を強制収容施設に収監してきた。それに対して、主に欧米諸国は2019年以降、ウイグル人を不当に強制収容していることや、施設内で強制労働やジェノサイドが行われている疑いを指摘している。
※3 朝日・毎日・読売新聞のそれぞれ朝刊のみを分析の対象として集計している。
※4 2019年、香港で容疑者引き渡し条例改正案に対する大規模なデモが起こった。これは容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする案であった。この案はデモを受けて撤回されたが、その後2020年には、国家の転覆等を禁止する香港国家安全維持法が成立した。
ライター:Koki Usami
中国の報道が多く、内容に偏りがあることは感覚的に分かっていますが、この記事のように分析した数字があると良いですね!
日本の中国報道は、ほんとに悪い面しか切り取ってないなという風に感じます