まとめ記事:世界の保健医療問題

執筆者 | 2025年10月16日 | Global View, アジア, サハラ以南アフリカ, 世界, 保健・医療

世界は今もなお、保健医療と人々の健康に関して大きな課題に直面している。持続可能な開発目標(SDGs)の中でも目標3でこの問題が重要視されており、世界的な妊産婦死亡率や5歳未満児の死亡率、エイズ・結核・マラリアなどの感染症、アルコールや薬物乱用、リプロダクティブ・ヘルスなどの問題に対応することを目的としている。また、すべての人が医療を受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の実現も目指している。しかし、こうした目標の達成には大きな遅れが生じており、最近の評価によれば「大きな課題が依然として残っている」とされ、2030年までの目標達成を見込むことができないと予測されている。

本記事では、これまでのGNVの記事を振り返りながら、世界の保健医療を取り巻く主要な問題をいくつかピックアップし探る。

母親にマラリア予防のための教材を渡す看護師、シエラレオネ(写真:Unknown / Rawpixel [CC0 1.0] )

母子保健

出産は大きな危険を伴う行為だ。しかし、適切で質の高い医療環境があればリスクを大幅に減らすことができるにもかかわらず、特に低所得国では多くの女性が妊娠や出産に関連する原因で命を落としている。この問題については、ここ数十年で大きな改善が見られたが、依然として大きな問題であり続けている。

世界では2分ごとに1人の女性が妊娠や出産に関連する原因で亡くなっている。ほとんどの死は、適切で質の高い医療を受ければ防ぐことができる。しかし、生活環境、統治、保健システムの大きな差異により、母親になることのリスクは多くの地域で依然として高いままである。

ここ数十年で大きな改善が見られた。2000年には、世界の妊産婦死亡率は出生10万件あたり約328人だったが、2023年にはおよそ197人にまで下がって、40%減少した。これは大きな成果であり、熟練した助産師へのアクセスの拡大、緊急産科医療の改善、そして出血を防ぐ薬や清潔な出産キットといった、シンプルでありながら効果的なツールの普及によるものである。

しかし2015年以降、この下降傾向は鈍化している。保健医療に割り当てられている資金の削減、紛争地帯における医療施設やサービスの破壊、そして2020年に勃発した新型コロナウイルス感染症による資源の転用が、その背景にある。

母体保健と世界の不平等」2025年8月28日

また、この問題は地域間の格差も非常に大きい。ペルーやブラジル、インドなどの中所得国では問題は残っているものの大きな改善が見られた。しかしサハラ以南のアフリカを見ると、妊産婦死亡率だけでも世界の他の地域に比べて極めて出産に関わるリスクが高いことがわかる。

これらの国々では、長期的な政治的不安定や武力紛争によって医療システムが深刻に混乱し、インフラが広範に損傷を受け、熟練した医療従事者が大量に流出した。さらに、紛争に関連する要因だけでなく、広範な財政資源の欠如も、特に僻地における妊産婦保健サービスの提供を困難にしている。安定した資金と人的資源の不足により、妊婦が医療施設で出産しても、機器の不十分さや薬剤の不足によって効果的な治療を受けられないことが多い。

母体保健と世界の不平等」2025年8月28日

また、生まれた後の子どもにも世界では大きな健康格差が存在する。改善は見られるものの問題は以前大きく、2021年の1年間で500万人の5歳未満の子どもが死亡した。特にサハラ以南アフリカが深刻であり、5歳になるまでに1,000人中73人の子どもが命を落としているという。そしてその多くが、防げる死因で亡くなっている。

子どもが亡くなる主な原因は、肺炎、下痢性疾患、感染症などが挙げられる。これらの病気に罹る大きな原因としては、貧困のせいで安全な水や空気と十分な食料にアクセスできないことがある。しかし、医療へのアクセスと生活の質の向上があれば、簡単に病気を予防できるだけでなく、一度病気に罹ってしまっても治療できる場合が多いため、子どもの死亡の半数以上は防ぐことができるとされている。

報道されない世界の保健・医療問題の現状」2023年7月27日

世界三大感染症

新型コロナウイルスやエボラ出血熱などの注目されやすい感染症の裏で、長年多くの人々の命を奪い続けている感染症がある。ここでは三大感染症に数えられる、エイズ、結核、マラリアについて見ていきたい。

エイズ、つまりAIDS (後天性免疫不全症候群)とは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)によって引き起こされる病気であり、2022年末で3,900万人の感染者がおり、2022年の1年間で63万人がエイズの合併症で死亡したという。しかし、この状況は近年大きく改善された。この改善は治療薬の研究が進んだことが大きな要因と考えられるが、ジェネリックの治療薬が入手可能になり、患者にとってコストが大きく削減されたことも、死者数の減少に大きく貢献した。

治療薬への早期アクセスは、HIV/AIDSの致死率を下げるだけでなく、感染者の中での感染力を低下させることにも繋がる。HIV感染が急増した1990年代には治療薬が開発されていったが、開発した製薬会社が極めて高価な価格設定を行い、他社がジェネリックなどの薬を製薬できないよう特許の保持を譲らなかった。アフリカ諸国の一人当たりの平均所得は年間800米ドル以下であったのに対し、その治療には年間約36,000米ドルが必要だったという時期もあったのだ。そのため、高所得国では治療薬の普及がみられたが、アフリカ諸国のような低所得国において感染者の治療薬へのアクセスはほとんどなかった。低所得国からの働きかけがあって、2000年代に入ってからようやく、アフリカでも治療薬の普及が始まった。

アフリカにおけるHIV/AIDS対策の変遷」2022年9月8日

医薬品の開発が進み、患者が薬を服用する回数が減ったことで、効果が高まり、治療費も安くなっている。例えば、最近では注射による治療法が開発された。

レナカパビルは半年に1回の注射のみで済む。そのため、毎日の服用の負担や飲み忘れ、頻繁な通院など様々な予防の障壁を克服することができるうえ、非常に高い予防効果があることから、画期的な治療薬として称されている。世界でのHIV感染者数は2023年時点で推定3,990万人にも及び、130万人もの人々が新規にHIVに感染している。アメリカでの承認は世界保健機関(WHO)による世界的な承認にも弾みをつけるとされ、こうした現状からの前進が期待されている。

HIV新薬の承認をめぐる期待と供給格差への懸念」2025年6月22日

患者で検出された結核の医用画像、ペルー(写真:Pan American Health Organization / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0] )

結核は主に肺に影響を与える治療可能な細菌感染症である。それでも毎年100万人以上の人がこの感染症で亡くなっている。

 

新型コロナウイルスが猛威を振るった2021年を見るとこれが最も人を殺した感染症であった。しかし、より長い目で見ると、結核ほど多くの人命を奪った感染症はないと考えられている。結核による死者数は減少傾向にあるものの、依然として世界で毎年100万人以上が命を落としている。また、そのほとんどがアジアとアフリカに集中している。

世界保健機関(WHO)が2024年に発表した報告書では、2023年に最も人を殺した感染症は結核となっている。この1年間で、およそ1,080万人が結核を発症したと推定されており、約820万人が結核と診断され、125万人が結核により命を落とした。 

結核:世界で最も人を殺している感染症」2025年05月8日

現在使われている結核の予防接種は100年以上前に作られたものとなっている。新しいワクチンの開発がようやく実現に近づいているのは最近のことだ。

新しい結核ワクチンが広く規制当局に承認されるまでにまだ3年はかかるとしても、科学界はワクチンが使用可能になったときにすぐに使用するための準備を行うために、そしてその新しいワクチンを一般の人々が受け入れられるよう情報を提供するために、今できることは多くある。

結核ワクチンの開発は非常に難しい。結核の病原菌は複雑で、ヒトの免疫システムを回避することに長けている。私たちはまだ、この細菌を適切に狙う方法や、免疫を促進させるためにどのような免疫反応が必要なのかを完全に理解しているわけではない。しかし、興味深いアプローチがいくつか進行中であり、手がかりとなる臨床試験からの有望なデータも出てきている。

結核:世界で最も人を殺している感染症」2025年05月8日

マラリアは、ハマダラカという蚊によって媒介される寄生虫感染症で、年間約60万人を死に至らせる依然として致命的な病気である。感染と死亡の大部分はサハラ以南のアフリカで起きている。

2019年の時点で、世界人口の約半数がマラリアのリスクにさらされ、感染者数は年間2億2,900万人と推定されている。また死亡者数は年間40万9,000人で、そのうち27万4,000人(67%)が5歳未満の子どもである。これは単純計算で1日に750人近くの子どもが亡くなる計算である。

地域別にみると、アフリカ大陸全体のマラリア感染者数は世界全体の93%で、マラリアの全症例と死亡者は世界全体の94%を占めていた。また具体的には世界の死亡者数の約半分をアフリカの6カ国が占めているという現状がある。ナイジェリアで23%、コンゴ民主共和国で11%、タンザニア連合共和国で5%、ブルキナファソ、モザンビーク、ニジェールで4%を占めている。その中でも、子どもは特に死に至る可能性が高く、サハラ以南アフリカでマラリアは子どもの死因の4になっている。また、世界全体でみるとアフリカ以外ではパプアニューギニアやソロモン諸島、ベネズエラ、イエメン、ガイアナでもマラリアの患者の割合が大きくなっている

マラリア:アフリカで達成された改善は失われるのか」 2021年09月16日

根絶や減少の進展は遅いが、毎年いくつかの国がこの病気の根絶に成功したと発表されている。

その他の健康問題の原因

これまでみてきた母子の健康問題や感染症は、特に低所得国で依然として深刻な問題となっている。しかし、環境や生活習慣によって引き起こされる、世界中の多くの人々に影響を与える他の健康問題も数多くある。

例えば、主に呼吸器に影響を与える大気汚染は、世界で最も大きな死因の一つと考えられている。工業活動や火災の煙などによる屋外汚染も、調理や暖房の火から生じる屋内汚染も、いずれも深刻な課題だ。

大気汚染の影響は凄まじく、約667万もの死を招いたと推定されている。地域別で死者数をみると、1位:東アジア・太平洋地域249万人、2位:南アジア地域217万人、3位:サハラ以南アフリカ地域93万人と続いていく。次に国別でみると、1位:中国185万人、2位インド:167万人、3位:パキスタン24万人、4位:ナイジェリア20万人、5位:インドネシア19万人というようにやはり上記の3つの地域が上位を占め、特に中国とインドには世界全体の大気汚染死者数の半分以上が集中している。また地域の中でも高所得国ではなく低・中所得国がランクインしていることが推察でき、実際汚染関連死の90%以上は低・中所得国で発生している。

大気汚染:世界最大の死因?」2022年08月11日

アルコールの摂取は、世界の多くの地域で多くの死を引き起こしている。これは、直接的な健康への影響(短期的・長期的)だけでなく、事故や暴力といった社会的な影響によるものも含まれる。

アルコールを起因とする死亡者数は世界で毎年約300万人である。またアルコールに起因する死亡者と身体障害者はその両方の総数のうち20人に1人という数である。これはタバコを起因とする死亡者・身体障害者とほぼ同数、違法ドラッグの乱用を起因とする死亡者・身体障害者の5の数である。また、イギリスで行われた、アルコールや合法ドラッグ、違法ドラッグ全てを含んだ上でどれが最も利用者と非利用者に身体的並びに社会的な害を与えているかという調査ではヘロインやコカイン、タバコや大麻などを抑えてアルコールが1位になるという結果になった。

アルコールはなぜ規制されないのか」2022年11月24日

たばこは喫煙者の健康に大きな害を与え続けており、周りの人にも悪影響を及ぼしている。これは主にがんが原因である。

たばこは、依然として心臓病、脳卒中、がんなどの病気の主要な原因であり続けている。2023年時点で、たばこによる健康被害で命を落とす人は世界で毎年800万人以上いるとされている。さらに、これらの病気の治療費などによる喫煙の経済的コストは、世界全体の年間GDPの1.8%と推定されている。また、毎年約4兆5,000億本ものたばこの吸い殻が廃棄されており、喫煙による環境負荷も指摘される。

発効から20周年を迎えたたばこ規制枠組条約」2025年03月2日

(写真: Angel Garrett / Wikimedia Commons [CC BY 2.0] )

まとめ

これまで見てきたように、世界は今も多くの大きな健康問題に直面している。そして残念なことに、2030年までにSDGsの健康目標が達成されないと予測されている。

それにもかかわらず、保健医療に使える資金は減少しているようだ。2024年の調査で、各国が保健医療に割り当てる公的資金が2000年以降、初めて減少したことが分かった。同時に、世界の健康状態を改善するために使える外国からの支援金も大幅に削減されている。

これらの傾向が変わり、世界がすべての人の健康と福祉の実現に向けて大きく前進することを願うばかりだ。

 

ライター:Virgil Hawkins, Seita Morimoto

 

0 コメント

コメントを投稿する

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


Japanese