2020年6月、MSNニュース(マイクロソフト社が運営するニュース配信サービス)は記事の収集、選択、編集、を担当する契約社員77名の解雇を発表した。原因は驚くべきことに彼ら人間のジャーナリストに代わってAIを搭載したコンピューターがこれらの業務を担当するためであるという。AIはジャーナリズムにおいてこのような作業ができるようになった。

MSNニュースのトップページ(写真:Yow Shuning)
現代社会においてAIが登場する場面が増えてきている。オンラインショッピング、サブスクリプションなどで検索をする際におすすめを表示したり、自動車の自動運転技術に使用されたり、医療現場での診断に使われたり、犯罪の発生しやすい場所や時間帯の予測をするのに警察で使われるなど、AIは幅広い分野で利用されている。では、AIがますます広まっていくであろう現代の情報・グローバル社会において、世界各地で日々発生する出来事や現象を伝えることを託されているジャーナリズムをAIがどこまで代替することになるのだろうか。人間によるジャーナリズムを手助けする補助ツールに留まるのだろうか。国際報道を背景にその可能性や発生しうる影響について現状のデータや今現在行われている取り組みから分析していきたい。
AIとは
そもそもAIとは何を意味するのか。AIはArtificial intelligenceの略称であり、日本語では人工知能と呼ばれる。この人工知能とは、人間が思考して実行に移す活動の一部をコンピュータープログラムを用いて人工的に再現しようとするものである。では具体的にAIにはどのような機能があるのか。主に5つあると考えられている。

AIによる自動運転技術搭載車の試運転の様子(写真:Dllu / Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
1つ目は学習機能である。もっとも単純な機能としてAIは試行と失敗を繰り返すことで学習する。失敗を繰り返す中で成功する事象が発生すると、そのときの状況を記憶して、次に似た状況が訪れたときにその記憶を適応させるのである。例えばキーボードの予測変換機能に使われたりしている。パソコンに入力するとき、ローマ字のキーボードでローマ字以外の文字を打つときに、複数の文字から自動変換が行われるが、頻繁に入力される文字や文脈に合った文字を学習し変換できるようになっていく。
2つ目は論理的思考能力である。これは人間が課題を解決しようとするときにとる思考を真似る機能であり、推論から結果を導く力である。AIは普遍的、一般的な前提を学習し、それらを個別の課題に適応させる。例えば動画配信サービスの視聴履歴の分析が挙げられる。視聴者は同じジャンルの映画を複数見ている。従ってこのジャンルの映画が好きであると推定できる。このようにAIは分析し、同じジャンルを勧めようという結論を出すのである。
3つ目は問題解決能力である。これは前もって提示された目標に達するための解決策を示す能力である。例えば医療現場において、医師の代わりにディープラーニング(※1)によりAIが病気の原因となるDNAの中での突然変異を見出し、病気の発生を予測するものである。
4つ目は認識能力である。これは現実にある物体や人工物を認識、判別する能力である。物の見え方は角度や光の加減などにより違って見えるため課題が多いが、自動運転車の視覚センサーや掃除ロボットなどに使われている。
5つ目は言語能力である。これは単純に言語の文法を理解するだけでなく、実際に文章や会話で使われる言語を理解し反応できるようになっていく機能である。音声認識により情報の検索やオーディオの再生を行うAIアシスタントなどが挙げられる。
これらの機能を用いることによってAIは人間の活動を補助してきた。ではこのような技術をどのように報道において応用することができるのだろうか。
報道におけるAIの活用機会の現状
現在すでに報道機関では様々な場面でAIが導入されている。1つ目は情報の収集である。主にSNSやほかの報道記事、あるいは国際機関や政府、研究機関が公開しているデータベースなどから膨大な情報をウェブクローラー(※2)により自動的に収集し分析する。それにより世界での現象や出来事、傾向を発見でき記事のネタを生み出す助けとなることもある。また、以前から問題視している分野において、新規データの定期的な収集、更新も行うことができる。

ロボットがジャーナリストに?報道におけるAIの進捗を披露する様子(写真:Deutsche Welle/Flickr [CC BY-NC 2.0])
2つ目はニュース制作に携わることである。もっとも単純なレベルでは、誤字脱字や文法間違いの発見・修正ができるが、内容に関してもAIが活用される場面が増えている。例えば、政治家の発言の中身の事実確認をするツールが開発されている。またひな型に沿って、あるいは過去の記事の書き方から学習することで簡単なニュース記事を書くことができる。例えば、どこかの国で地震が発生すると、震源、震度、マグニチュードなどの決まった情報をもとに、記事を瞬時に自動的に作成する。さらに、すでに発信済みの記事を自動更新できる。例えば、選挙の結果に関する記事を開票が進むにつれて新着情報で自動更新する。そして記事に合った写真や動画を選んだり、紙面や媒体に合わせて編集を行ったりする。
3つ目はニュースの配信を行うことである。個々の読者・視聴者の傾向を学習し、それに合わせて記事を配信したり、おすすめに表示する。またスポンサーと読者・視聴者の傾向を合致させ、視聴者に合った広告を掲示する。
では実際、どの程度AIの導入が進んでいるのか。世界の異なる32か国の71の報道機関を対象とした調査が2019年に行われたが、AIの導入戦略があると答えた機関は37%であり、現状でAIが報道機関に浸透すると考えられる作業において今後さらなる進展が予測される。

ロシアの報道機関の様子(写真:Jürg Vollmer/Wikimedia [CC BY 3.0])
報道におけるAI導入のメリット
ではAIが報道機関に導入された時の発信者側と受け手側それぞれのメリットについて考えていきたい。
まずはAIが導入されたときに考えられる発信者側のメリットについて挙げていく。第一に容易に考えられることとして、作業時間の短縮が考えられる。情報収集や文章の編集作業をAIが担当することはジャーナリストの仕事を奪う場合もある。しかし時間の余ったジャーナリストはフィールドワークや街頭インタビューなど実際に現場に赴いて調査をする時間をより多く確保でき、現地でしか得られない情報をもとに他社と差別化した記事を多く書くことが可能になる。
次に考えられるのは情報収集の範囲を広げられることである。例えば世界中のSNS・他社メディア・データベースがアクセスできるようになる。また以前は翻訳に苦労していた言語でも自動翻訳機能により言葉の壁が大きく下がり、どんな言語での情報でも収集できる。その結果、普段注目されない国々の報道が可能になるだろう。
さらにまた情報の分析の点でも一見関係のないように思われる出来事や現象、分野が、ビックデータの比較から関連を探し出すことも可能である。ビックデータの比較とは、例えば経済や保健医療、環境問題といった複数国の複数分野にまたがる問題を比較する作業のことをいう。それによって記事のネタを見出せたり、問題の文脈や副作用などに関する理解につながる。

人間のジャーナリストによる街頭インタビュー(写真:Ezarate/ Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
このようなAIのメリットについて、「アラブの春」と呼ばれる大型デモや社会運動に関する報道を事例にあげよう。小さな出来事からエスカレートし複数の国の政権を倒すまでに発展したこの出来事だが、もし、この一連の出来事に関する報道にAIを導入した場合、どのようなことが可能になるのだろうか。まず、AIを用いてSNSや世界各地のメディアでの情報を常にモニタリングできれば、「デモ」などに関連するワードが急増していることを察知し、現地の異変にいち早く気づくことができる。またSNS等の分析から、どの国のどの都市や地域でどれほどのスピードでデモが広がっているのかを把握することができる。あるいは自動翻訳機能や言葉の内容分析を通じて、そのデモに参加している人たちは何を要求しているのか、どのような行動をとっているのかなど、その詳しい内容を理解することができる。さらに物価や失業率、格差のレベルや石油価格などに関する情報を発行しているデータベースなどとも比較することで、複数の国にまたがる問題の背景や現象を正しく理解し報道することができる。
また内部告発者などが膨大なデータを報道機関にリークした場合もAIを活用できると考えられる。例えば、タックスヘイブンを利用した金融取引に関する機密文書である「パナマ文書」、「パラダイス文書」や、政府や企業の秘密を暴露する非政府組織のウィキリークスや他の報道機関に、25万点ものアメリカの外交文書がリークされた「アメリカ外交公電ウィキリークス流出事件」などが挙げられる。これらの事例でAIを用いて、データの中からどのような当事者や事件がつながっているのか、他の関連する情報が載っているデータベースとも合わせて分析することが可能となる。そこから多くの発見を生み出したり、新たなニュースにつながったりする。
これらは新聞社やテレビ局などの伝統的な報道機関のAIの活用法であったが、現在、AIの技術を活用した新たなメディアが登場してきている。例えばLiveuamap(※3)というウェブサイトである。このサイトは、SNSや現地メディアなどからの情報を自動収集して分析した上で、世界のどこで何が起きているのか、武力紛争においてはどの武装勢力がどの地域を占領しているのかなどを察知するものである。得た情報で伝統的な報道機関のように記事を書くのではなく、地図上で情勢を表す新しいメディアである。このサイトはAIだけでなく、ソフトウェア開発者と専門のジャーナリストの協力で開発された。AIが可能にした最新の紛争情勢が掲載されたこれらの地図は、大手報道機関にも信用できるデータとして利用されている。

Liveuamapで見るリビア情勢(スクリーンショット、2020年6月11日現在)
次に読者・視聴者側のメリットを見ていく。1つ目は報道機関が情報収集や翻訳などAIの機能を利用すれば、読者・視聴者はより広い範囲で世界各地からの情報を得ることができる。これは世界の現在の流れを知るのに役立つ。2つ目はAIの学習機能により読者・視聴者が求めているニュースを推測でき、その好みに合わせて情報を届けることができる。つまり、読者・視聴者は自分の興味関心に関連した情報が得やすく、記事を探す手間を省くことができる。その結果興味関心ごとについてより深く知ることができる。
報道におけるAI導入のデメリット
次に今後AIが報道機関に導入された時のデメリットについて考えていきたい。
発信者側のデメリットとして簡単に挙げられるものとして技術的、金銭的なものがあるだろう。技術面ではAIの導入、管理に負担が生じる。AIを導入するには多額の初期投資が必要で、またAI技術を扱う専門家を雇うのかそれとも社内で育成するのか、どちらにせよ負担はかかる。またAIを導入することで、人件費あるいは仕事がなくなり冒頭のMSNニュースの事例のようにジャーナリストが解雇される可能性もある。
読者側にもデメリットが発生する可能性がある。AIの学習機能により閲覧履歴などから読者・視聴者の興味関心に関連した記事を表示しやすくなる。これは上にあげたように読者・視聴者にとって便利なことであるが、実は危険な面も存在する。それは読者・視聴者の興味関心に限定することで、多様な視点を失うということである。興味の薄いものは表示されにくくなるため、例えばスポーツに関心のある読者・視聴者が国際問題の記事を見かけたりアクセスする機会を減少させる。逆に言えば国際問題に興味関心がある人にしか閲覧されなくなり、グローバル化が急速に進展し、グローバルとローカルの問題が切り離せなくなっている問題が増えている中、国際問題の一般認知がされにくくなる状況が形成される恐れがある。結果として世の中に対する視野が狭くなってしまう。
またAIの編集機能によりフェイクニュースが作成される危険性がある。AIによるディープフェイク(※4)の技術で、政治家や有名人がまるで実際に発言したかのような動画や画像が作成され、一般の読者・視聴者がみても判別のつかない誤ったニュースが流れてしまう。その結果誤った情報を発信する報道機関が増えてしまう可能性もある。フェイクニュースかどうかを判別できるAI技術も活用されているが、フェイクニュースを流してしまうと報道機関の信用問題に関わってしまう。

AIによるデータ管理(写真:Medialab Katowice/Flickr [CC BY 2.0])
さらに報道機関が読者・視聴者からオンラインでの行動について情報を収集し利用しているという点で、プライバシー等の倫理上の問題も発生している。例えばケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)のスキャンダルが挙げられる。ケンブリッジ・アナリティカとはコンサルティング会社であり、クライアントとなる政治家・政党が選挙で有利になるようにビックデータを活用することで有名になった。フェイスブックから得た閲覧履歴や行動などの多量の情報を利用してAIにより個人の政治視や性格を分析することで、個人の特徴をつかむ。そして、それに合わせた政治的広告をピンポイントでフェイスブックのニュースフィードに発信する。そうすることで、候補者のイメージを意図的に上げ、選挙に有利になるように操作したとされている。特に、支持政党のない無党派層の取り込みに力を注ぐことで、票を集めようとした。アメリカ、イギリス、ブラジル、ケニア、ウクライナなどの国々の選挙でケンブリッジ・アナリティカは上記の活動を行ったとされている。このようにAIを用いた情報操作の危険性も存在する。
AI利用における国際報道の限界
AIは現状として世界中からの情報の収集や情報の関連性、経口の自動察知、編集作業、ニュース配信などのジャーナリストの負担軽減に役立っている。しかし未だ記者の仕事の15%、編集の仕事の9%しか代替できていないという報道もある。
AIの補助が効かない場面はどのようなものがあるか。1つ目は何がニュースに値するのか、社会や世界を包括的に理解した上で、何をどの角度からどれほど深く取り上げるのか判断するときがまず挙げられる。これは実際に人間がその時の社会状況などを考慮して判断する必要がある。2つ目はニュースの関係者(加害者・被害者・決断する人など)から上手に情報を聞き出し、真実かどうかを判断すること。言葉の表面上の意味だけでなく、その裏に隠された意味まで考慮する力は人間特有のものである。3つ目は出来事や現象から文脈や意義を理解することである。それは、歴史、文化や政治の文脈だけではなく、そのニュースに関わっている人々の性格や感情も含むものである。人間はデータだけに頼ることなく、様々な情報や状況に対応できる。4つ目は読者・視聴者の理解を促し、印象を与えるための表現、見せ方を創造・作成し発信すること。ある出来事や現象を心に響くように読者・視聴者に伝えることができるのは人である。

データ・ジャーナリズム研修の様子(写真:Deutsche Welle/Flickr [CC BY-NC 2.0])
例えば上でも挙げた「アラブの春」の事例をもう一度見てみる。このような大規模反政府デモにおいてAIを用いることで、デモの発生と拡大を把握し、様々なほかの分野におけるデータと合わせてある程度の分析や予測は可能かもしれない。しかし、どこからをニュースとして取り上げるのか、各国の政権がその事実をどのように捉え反応していこうと考えているのか、あるいは関わった人々はどのような感情であるのか、といった側面を判断し分析することは人間にしかできない。またこの出来事をどのように世界に発信すれば人々の心に訴えかけられるのか、AIが考えることは難しい。
まとめ
AIはますます発達しており、国際報道においてもその役割は今後増えていくだろう。またジャーナリズムの形態に変化をもたらす場面も現れてくるかもしれない。しかし包括的に見てAIはジャーナリストを代替するのではなく、ジャーナリストの力を補う存在となるだろう。AIによる効率的な作業とジャーナリストの活動を通じた知識の共存により、我々が入手できる世界に関する情報の量と質は高まっていくのかもしれない。
※1 日本語で深層学習。人間が自然に行うタスクをコンピューターに学習させる機械学習の1つ。
※2 ボット、スパイダー、ロボットとも呼ばれる。インターネット上に公開されているテキスト・画像・動画などを自動で収集、保管するアプリケーションソフトウェアのこと。
※3 Live Universal Awareness Mapの略で日本語では世界認識地図という意味。
※4 AIによる人物画像合成の技術のこと。
ライター:Kaito Seo
AIが報道機関で活用されていることについて知らなかったのでおどろいた。AIと人間のジャーナリストの、お互いのデメリットを補うような形で、使用されていくのが望ましいと思った。これからAIが世界においてどんな存在になっていくのか注目したい。
AIが報道機関で具体的にどのように活用されているのかがよくわかった。AIと人間の使い分けをうまくしていけば、より豊かな情報環境が実現できるのではないかと感じた。AIをよりうまく活用する方法を考えていきたいと思った。
AIの報道における活用について全然知らなかったです。とても読みやすく面白い記事でした!
AIをつくる人間も使う人間もAIの影響をしっかりと意識して生活しなければならないと思った。
AIが今後どれほど発展してジャーナリズムに関わっていくのか興味深いです!!!