メキシコから最南のマジェラン海峡まで含まれる中南米地域。全世界の15.2%の面積の中に33もの国々が存在し、世界人口の8.6%の人々が住んでいる。石油や鉄鉱石などの産業に不可欠な鉱物資源、食料資源を豊富に有しており、重要な供給地域である。全世界の41%の銅、12%の鉄鉱石や、47%のリチウムが中南米地域から生産されている。ノートパソコンや携帯電話、電気自動車などの電池用として今後更なる需要が見込まれるリチウムといったレアメタルやシェール・ガスの主要埋蔵地として注目が集まっている。食料資源については、大豆、コーヒー豆、サトウキビの約50%が中南米から生産されている。日本との関係では、地域別輸入割合は3.8%(主に自動車関係)、輸出割合は5.3%(主に鉄鉱資源)であった。品目別では鶏肉の90%、コーヒー豆の61.9%、さけ・ますの59.1%を中南米諸国から輸入している。
このように世界に重要な役割を果たしているにもかかわらず、こちらの記事にあるように、2015年に国内新聞3社(朝日、読売、毎日)で報道された国際報道のうち中南米地域の報道量はわずか2.1%であった。中南米地域が他の地域と比較しても報道量が少ないことがわかる。ではいったいどのような報道がなされたのだろうか。
日本の中南米報道について、国別の報道量、中南米報道量の81%を占める上位5か国に注目して分析を行った。データは、2015年に国内新聞3社(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞)によって報道された国際報道のうち、中南米地域に該当する記事を用いた。なお、中南米地域の該当国はUNSD (国連統計部)の基準に従い、GNVの国際報道の定義についてはこちらを参照していただきたい。
ではまず、中南米における国別報道割合をみてみよう。
(グラフ1)
グラフ1は、国別の報道量を3社の記事の合計文字数で示したものである。中南米報道においてキューバ一の一ヶ国のみが46%と半数も近く占めていることがわかる。2番目に多く報道されていたブラジル(18%)の2倍以上と圧倒的に多かった。キューバがこれほどの割合を占める理由は、2015年7月20日にアメリカと1961年から54年ぶりに国交が正式に回復した報道が、1年を通して大きく取り上げられたからであった。
以下のグラフを見て頂きたい。キューバの記事の中でアメリカ関連の記事とアメリカ関連でない記事の割合を示した。
キューバの半数以上がアメリカ関連の報道であった。国交回復が歴史的な出来事だとはいえ、他の中南米の国々との報道量の差があまりにも激しすぎる。アメリカで大きく報道されるニュースは日本国内でも大きく報道されるのだろうか。
では、次に取り上げられたニュースの内容を見てみよう。分析上、記事ごとにニュースのトピックについて、「ポジティブ」「ネガティブ」「中立」の3つに分けた。トピックとは何について書かれたものかで、基本的には記事の見出しから判断する。例えば、和平合意などの「平和・民主的な」ものは「ポジティブ」、紛争、事件などの「望ましくない」ものには「ネガティブ」、どちらでもないもの、または判断が人によって分かれるようなはっきりしないものについては「中立」とした。3分類の詳しい判断基準についてはこちらを参照していただきたい。
(グラフ2)
グラフ2は、記事ごとにニュースのトピックを3分類(ポジティブ、ネガティブ、中立)し、報道上位5国ごとに記事数で示したものである。注目していただきたいのは、ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラ、チリではネガティブの記事のほうが多いのに対し、キューバではポジティブな記事がネガティブの記事数の約4倍大きく上回っている点である。中南米全体ではどうだったのか見てみよう。
(グラフ3)
グラフ3は、上と同様の作業を中南米の全記事に行い、地域全体のポジティブ、ネガティブ、中立の割合を示したものである。ポジティブの記事(24.1%)がネガティブ(21.7%)を上回った(しかし、全世界でポジティブの記事がネガティブよりも多い地域は中南米だけであった。詳しくはこちらの記事を読んでいただきたい)。これはすでに述べたように、報道量の少ない中南米地域においてアメリカキューバ国交正常化というポジティブなニュースを大きく取り上げたことが、結果として中南米全体をポジティブに転じさせた要因となった。
分析すると、キューバの報道、特にアメリカとの国交回復のニュースばかりが目立つ結果となったが、この地域には他に重要な出来事がなかったのだろうか。3社のうち1社にでも記事があったのは、33ある中南米諸国のうち21カ国であり、うち6か国(ホンジュラス、エクアドル、ハイチ、ニカラグア、ドミニカ共和国、エルサルバドル)が500字に満たない文字数で、たった1社にのみ取り上げられたものであった。取り上げられなかった出来事や扱いの小さかった出来事は重要ではないということなのだろうか。
2015年には、アルゼンチン、セントクリストファー・ネーヴィス、ガイアナ、スリナム、グアテマラ、トリニダード・トバゴ、ハイチ、ベリーズ、セントビンセント及びグレナディーン諸島で大統領選挙や総選挙が行われた。アルゼンチンの大統領選は12年続いた左派政権が敗北し、ベネズエラにおいて行われた国会議員選挙では左派である与党が敗北するなど、多くの政治的動向が見られた。アルゼンチンやベネズエラ、グアテマラ、ハイチでは選挙に関する記事が見られたが、その他の国に関しては記事がなかった。また、今年2016年の、50年に及ぶ世界で最も長く続いたコロンビア戦争の和平合意に至る合意形成においても重要な年であった。メキシコの麻薬戦争問題や、2014年12月より中国系企業が着手し始めたニカラグア運河の建設プロジェクトに現地住民が住宅や環境に与える影響などから何度も抗議運動が行われていた。しかし、これらの問題に関してもほとんど取り上げられることはなかった。
このように日本では報道されないが重要な出来事は現実には多くあるだろう。しかし現在の日本において中南米報道は全体的に乏しく、少ない中で大きく取り上げられるニュースがひとつでも起きると2015年のように1国に非常に偏った報道になってしまう。世界の、人類の大きな一部を占める中南米の現状に対する理解を妨げる結果になってしまう。一般の人にとって、遠く離れた地域のイメージ形成は報道をもってなされることも多いだろう。報道されたものは現実を映し出している一部に過ぎないと捉えることでまた違った目線でニュースを読み解くことができるかもしれない。
ライター:Miho Takenaka
グラフィック:Miho Takenaka