近年、ベトナムでは大規模な汚職事件が相次いで発覚している。2025年、ベトナムは東南アジアの中でも最も高い経済成長(8%)を記録したが、その裏側では、腐敗問題が以前として深刻な課題として残されている。広範囲に存在し続ける腐敗は経済発展や政策実施に影響を及ぼしていると、国際的な調査・報告において指摘されている。
また、2024年に実施された統治に関する国民調査でも、腐敗は国民にとって最も重要な懸念の一つとされ、社会的信頼を揺るがす要因となっている。こうした状況に対し、ベトナム政府は近年、強力な反腐敗運動を展開している。しかし、その成果が強調される一方で、制度的・構造的な制約や副作用の存在も指摘されている。
本記事では、ベトナムにおける腐敗の背景と実態を整理した上で、反腐敗政策の展開とその効果、さらにその限界について考察する。
目次
腐敗を生み出す構造
ベトナムの腐敗問題は、単なる個人の不正ではなく、政治体制と経済構造に根ざした現象である。まず、政治的側面として、ベトナムは1975年の南北統一以降、共産党による一党支配体制を維持している。この体制は意思決定の迅速さという利点を持つ一方で、権力の分立や監視機能が限定的であるため、行政や司法に対するチェックが十分に働きにくく、腐敗が発生しやすい環境を生み出しているとされる。
特に問題とされるのは、「党と国家の融合」である。党の意思が行政や司法に強く影響する構造の下では、法の支配が十分に機能しない場合があり、汚職事件の捜査や処罰が政治的判断に左右される可能性がある。その結果、腐敗の摘発が一貫性を欠いたり、抑止効果が限定的となることが指摘されている。
さらに、経済的側面では、社会主義体制を維持しつつ市場経済を導入した経済改革であるドイ・モイ政策以降の急速な市場経済化が腐敗の温床となってきた。外国直接投資の増加やインフラ開発の拡大に伴い、土地利用権の配分や建設プロジェクトの許認可、国有企業の取引などにおいて巨額の資金が動くようになった。こうした分野では、行政官が許認可権限を握るため、企業側が手続きを円滑に進める目的で賄賂を提供するインセンティブが生じやすい。
また、急速な経済発展に対して透明性や監督制度の整備が十分に追いつかなかったことも、腐敗を助長する要因となっている。例えば、土地収用や都市開発の過程では、補償額や意思決定の不透明性が問題となり、不正な利益配分が行われるケースも報告されている。
このように、ベトナムにおける腐敗は、政治体制による権力集中と、市場経済化による利権拡大が相互に作用することで構造的に生み出されている。

腐敗の実態
ベトナムの汚職や腐敗は、日常生活の中に浸透する小規模なものから、国家規模の大規模事件まで幅広く存在している。日常的なレベルでは、医療や教育、行政サービスの分野での賄賂が広く報告されている。例えば、病院での優先的な治療や行政手続きの迅速化のために、患者やその家族から医療スタッフに対して非公式な支払いが行われるケースがある。こうした慣行は、市民の間で「必要なコスト」として受け入れられることもあり、腐敗の再生産につながっている。
世界各国の汚職を監視する非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナルが発表した「世界腐敗認識指数(CPI)」2025年版によれば、ベトナムは前年から1ポイント上昇の41ポイントとなり、世界182か国・地域中81位となった。前年の88位から7ランク上昇しており、一定の改善が見られることが示されている。CPIは数値が高いほど腐敗が少ないと評価される指標で、ベトナムの改善傾向を示す結果となった。隣国の状況と比較すると、タイは前年から指数が低下し33ポイント、フィリピンも32ポイントで下降傾向にある。こうした中で、ベトナムは改善の兆しを見せており、腐敗抑制の努力が一定の効果を上げていることがうかがえる。
日常的腐敗は、非常時においてさらに深刻化する傾向がある。その典型例が、新型コロナウイルス禍の2021年から2022年にかけて発覚したベト・アー(Viet A)事件である。この事件では、新型コロナ関連検査キットの供給をめぐり、企業が複数の省・市の医療機関や政府関係者に対して賄賂を提供し、不正に契約を獲得していたことが明らかになった。ベト・アー社は検査キットの製造に用いられる原材料や機械設備の価格を水増しする形で生産コストを詐称し、検査キットを1製品当たり47万ドン(約17米ドル)という不当な高値で販売していた。この過程で、保健省関係者や各地の疾病管理センター職員などに対して賄賂を提供し、検査キットの販売や契約を進めていたとされる。この事件には保健省を含む多数の政府高官や地方当局者が関与し、数十人規模の逮捕・起訴に発展した。

ハノイでベトナム人がコロナの抗原検査に登録(2020)(写真:Truyền Hình Pháp Luật / Wikimedia Commons [CC BY 3.0])
大規模な腐敗事件
このような大規模な腐敗事件は、新型コロナ禍のベト・アー事件に限らず、その後も相次いで発覚している。2025年には、公共事業や資金管理をめぐる約4,400万米ドル規模の汚職事件で41人が有罪判決を受けるなど、政府は腐敗の抑制や統治の信頼性維持を目的として、企業関係者や公務員を対象に摘発を進めている。
さらに、ベトナムでは近年、数十億米ドル規模に及ぶ金融不正事件も相次いで発覚している。中でも特に注目を集めたのが、不動産大手バンティンファット・グループの会長であるチュオン・ミー・ラン氏を中心とする事件である。2022年に発覚したこの事件は、前述の汚職事件を大きく上回る規模の不正とされている。
この事件では、チュオン・ミー・ラン氏が銀行との強い結びつきを背景に、実態のない企業を通じて架空の事業を装い、銀行から巨額の融資を引き出すことで資金を不正に流用していたとされる。こうした不正は銀行の資金、すなわち預金者の資金にも影響を及ぼし、金融システム全体への信頼を揺るがす深刻な問題となった。
その資金は、実態のない、いわゆる「幽霊会社」の口座へ送金されるほか、銀行や投資家からの融資や資金提供を現金として引き出す形で不正に流用され、追跡が困難な状態で運用されていたとされる。この手法によって流用された資金総額は約430億米ドルに達し、そのうち横領と認定された額だけでも約120億米ドルにのぼると報じられている。この事件では、融資や投資として得た資金が本来の事業目的に使われず、会長や関係者の私的利用に回されたことが問題とされている。その規模は、ベトナムの国内総生産(GDP)の約1割に相当するとされ、同国史上最大級の金融スキャンダルの一つと位置づけられている。

ベトナム・ニャチャン市警察(2009)(写真:Luther Bailey / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
また、この事件ではチュオン・ミー・ラン氏に対して2024年4月に死刑判決が下され、ベトナム政府の強い反腐敗姿勢が国内外に示された。しかし、2025年にベトナム国会が刑法改正を行い、横領など一部経済犯罪に対する死刑は撤廃され、こうした犯罪には無期懲役が適用されることとなった。これにより、経済犯罪に対する刑罰のあり方には大きな変化が生じている。
このように、ベトナムにおける腐敗は、日常的な賄賂から国家規模の金融スキャンダルに至るまで多層的に存在している。厳しい摘発や処罰が行われているにもかかわらず、腐敗が根強く残っている現状は、それが単なる個人の不正ではなく、制度や構造に深く組み込まれた問題であることを示している。
反腐敗政策の強化と課題
こうした腐敗に対抗するため、ベトナム政府は近年、反腐敗政策を大幅に強化している。その中心となるのが「燃える炉」と呼ばれる運動である。グエン・フー・チョン国家元首が2016年に創始したこの運動は、2024年の同氏の死後、トー・ラム国家主席(現書記長)の下で、取り締まりが一層強化され、高官の摘発が相次ぐなど、政治との関係も指摘される動きとなっている。
このキャンペーンは、「腐敗した官僚を徹底的に摘発する」という強い姿勢を示し、多くの高官を対象とした大規模な摘発を伴っている。さらに、2026年には指導部が腐敗対策と経済成長の両立を掲げ、年間10%のGDP目標とともに反腐敗の継続を打ち出している。
こうした反腐敗運動は、一定の成果を上げていると評価されている。特に、これまで手が届かなかった高官レベルの腐敗が摘発されるようになったことは、大きな変化である。しかし、その一方で、いくつかの深刻な問題も指摘されている。
まずは、行政の停滞である。強力な取り締まりの結果、官僚がリスクを避ける傾向が強まり、政策決定や公共事業の実施が遅れる現象が報告されている。これは、制度や手続きが複雑で小さなミスも追及されやすく、政治的圧力や処分への不安が官僚の行動を慎重にさせるためである。この停滞は経済成長にも影響を及ぼす可能性がある。
次に、投資環境への影響である。反腐敗政策は透明性の向上につながる一方で、政治的不確実性を高める側面も持つ。特に、大規模な摘発が続くことで、外国企業がリスクを懸念するケースも見られる。これは、摘発が政治的な動機や権力闘争と結びつく場合があり、企業側から見ると政策の先行きが読みにくくなるためである。
最後に、人権との関係である。近年、反腐敗政策と並行して政府による言論統制や反体制派への取り締まりが強化されているとの指摘があり、腐敗対策が政治的統制の手段として利用されている可能性も議論されている。
なぜ腐敗はなくならないのか
現在のベトナムの反腐敗政策は、主に「摘発」に重点を置いている。しかし、腐敗の根本的な原因が制度や社会構造にある以上、このアプローチには限界があると専門家は指摘している。
まず、権力の集中と透明性の欠如が依然として重要な障壁となっている。ベトナムでは共産党による一党支配体制の下で、意思決定プロセスが閉鎖的であり、政策の透明性が十分に確保されていないとの調査結果もある。
また、メディアや市民社会の役割が制限されていることも、腐敗の監視を困難にしている。トランスペアレンシー・インターナショナルの報告書の分析によれば、政治的および市民的自由が制限されている国では、メディアや市民社会組織による政府の監視が制約され、腐敗の発見と抑止に限界が生じるとされる。独立した報道機関が十分に機能しない環境下では、内部告発や調査報道が制限され、腐敗の隠蔽や再発の温床となることが懸念されている。

チュオン・ミー・ラン氏に関連する建設現場(2024)(写真:Remko Tanis / Flickr [CC BY-NC-ND 4.0])
さらに、公務員の待遇の低さも腐敗の温床となる要因のひとつと考えられる。ベトナムでは公務員給与が民間に比べて低く、支払いの遅延も生じることがあり、生活向上のために賄賂を受け取る動機が生じやすいとの指摘がある。世界銀行の最新報告書『ベトナム 2045』によれば、専門家は、公務員の給与改善や能力に応じた評価制度の導入が、腐敗抑止の観点からも重要であると指摘している。
こうした構造的な限界は、単なる「摘発」による対策では腐敗全体を根絶できないことを示している。権力分散の実現、制度や透明性改革、独立監視機関の強化、市民社会とメディアの役割拡大など、多角的な取り組みが必要である。
経済成長と腐敗対策の狭間で揺れるベトナム
ベトナムは現在、政治体制の維持とガバナンス改革という2つの課題の間で重要な選択を迫られている。反腐敗運動は高官や金融スキャンダルの摘発で一定の成果を上げており、政府の統治力や国民の信頼向上に貢献している。しかし、摘発だけでは制度的腐敗の根本解決には至らず、政治体制や社会構造に深く根ざした問題は依然として残っている。
今後は、権力の集中是正、政策透明性の向上、独立した監視機関の強化、市民社会やメディアの役割拡大など、多角的な改革が求められる。また、こうした改革を進めながら経済成長を維持するには、企業の投資環境を安定させ、政治的不確実性を最小化する取り組みも必要だとされている。である。
腐敗問題が改善されれば、経済成長につながると考えられる。しかし、権力の集中を是正する政治的意欲は果たして十分にあるのだろうか。
ライター:Suren G.
グラフィック:Mayuko Hanafusa
























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