アメリカのトランプ大統領がパリ協定から離脱を発表したことは大きなニュースとなったが、実は、パリ協定に参加していない国はアメリカだけではない。他に、シリアとニカラグアも協定に署名しないと決定した。ただし、参加しない理由は三者三様である。話題になったアメリカの場合は、パリ協定の内容が自国の経済にとって不利益になる恐れがあると主張した。シリアは、紛争が続いているため、パリ協定の交渉に参加することが不可能だった。そして、あまり注目されていないニカラグアは、それらとは大きく異なる理由を表明した。それは、パリ協定で設定された目標の甘さに不満があるということと、強制的拘束力がないために気候変動問題の根本的解決にならないということだ。
なぜ気候変動への関心が高い?
ニカラグアは中央アメリカの中心に位置している。南はコスタリカ、北はホンジュラスに挟まれ、東はカリブ海、西は太平洋に面し、中央アメリカで一番広い国土を有している。そして、火山や湖など、自然に恵まれる国である。国土の北西から南東に中央山系が縦走している。カリブ海側は高温多湿で、全域にわたりジャングルに覆われており、太平洋側には、30個以上の火山からなるマラビオス山系と、ニカラグア湖がある。また、肥沃な平原が太平洋側に広がっており、コーヒー豆栽培などの農牧業が主要な産業となっている。
ニカラグアでは、ハリケーン、洪水、干ばつなどの自然災害が非常に起こりやすい。近年は、気候変動に伴い、極端な自然災害がますます頻繁に発生している。自然災害が繰り返し発生した結果、2017年の地球気候リスク指数(Global Climate Risk Index 2017)によると、1996年から2015年の間で、ニカラグアは世界で4番目に大きく気候変動の被害を受けている。また、経済は、気候条件に敏感な農業に頼っているので、気候変動がニカラグアの貧困レベル、食品安全、社会構造に大きな影響を与えている。そのため、ニカラグア政府は温暖化などの気候変動に対して高い危機感を覚えている。

洪水の中の首都マナグア 写真:Sven Hansen /flickr(CC BY-NC-ND 2.0)
ニカラグアが再生可能エネルギーに辿り着いた経緯
実はたった数年前までは、ニカラグアも環境に大きな影響を与える火力発電に頼っていた。2003 年には、輸入した石油で作られた電力が全体の 72%を占め、その他の水力、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギーが占める割合は極めて少ない状況であった。高価な輸入石油に頼りすぎたことがニカラグアの財政に大きな打撃を与えていた。1998年に電力市場が民営化され、2000年における発電量の80%は民間企業によるものだった。配電は、スペイン系企業であるウニオン・フェノーサが独占し、電力価格の70%という高い配電費が設定され、 結局のところ、電力コストは高くなった。特に、2004年には、急騰した石油価格と、それによってさらに高くなった電力コストが、ニカラグアの経済に巨大な負担をかけた。こうして、石油を大量購入する余裕がなくなり、ニカラグアでは電力供給の配給制が始まり、不安定な電力供給が続けられていた。このエネルギー危機に応えるため、政府は、石油に頼らず、再生可能エネルギーに切り替える方針を打ち出した。2004 年の「国家エネルギー政策」において再生可能エネルギーの利用を優先する計画が承認され、2005年には再生可能エネルギーの導入を推進する法令と政策が公表された。
再生可能エネルギーが主役に
ラテンアメリカで最も貧しい国の一つであるニカラグアでは、火力発電の代わりに、再生可能エネルギーが主流となった。先進国でもなかなか踏み切らないような大胆な政策を打ち出せた背景には、再生可能エネルギー資源に恵まれた地理的条件がある。ハリケーンの経路に位置することによる風力や火山地域付近の地熱など、ニカラグアは再生可能エネルギーのパラダイスと呼ばれるほど、利用できる資源が豊富にある。このような恵まれた外部条件と気候変動に対する危機感、そして国の政策によって、ニカラグアは、輸入石油に頼る国から再生可能エネルギーの発電比率が半分を超える国に一変した。 2013年には再生可能エネルギーで作られた電力が全国電力供給の52%を超えた。その内訳は、風力が約15%、地熱が約16%、水力が約12%、バイオマスが約7%だった。また、2027年までに再生可能エネルギーの供給率が91%に達成するという目標を定めた。

リバス地域付近の風力発電所 写真:United Nations Photo /flickr (CC BY-NC-ND 2.0)
再生可能エネルギーの資金
政府は再生可能エネルギーを発展させるため、資金集めに力を入れている。2005年に新しい法律が通過され、国内外を問わず再生可能エネルギーの推進に貢献する投資家は、輸入関税、付加価値税、所得税などの税金を免除されると定められた。この政策に影響されたのか、国内の投資家だけでなく、海外からも多くの投資が殺到し、2006年から2014年の間で、海外からの直接投資が208%まで劇的に増加した。さらに、2006年から2012年の間、約15億米ドルの投資額がニカラグアのクリーンエネルギー分野に集まってきた。
海外投資の例の一つとして、持続可能農業の推進団体が行ったコーヒー豆廃水エネルギープロジェクトが挙げられる。コーヒー工場や農場で設置された機器がコーヒー豆の汚染水を分解し、その過程で形成されるバイオガスを利用できるようにするというプロジェクトだが、資金のほとんどはオランダ経済省などの外部機関から出資され、運営されていた。他に、テリカ火山に近い地熱発電所もアメリカのラムパワーの投資を受け、建設された。

モモトンボ火山付近の地熱発電所 写真:Patricia Maria Rodriguez Rivera /flickr (CC BY-NC-ND 2.0)
ニカラグアの再生可能エネルギーの課題
しかしながら、すべてがバラ色というわけではない。ニカラグアは、再生可能エネルギーに力を入れているが、環境問題全体に力を入れているとは限らない。そのことは、中南米で二番目に大きい淡水湖であるニカラグア湖を通るニカラグア運河の建設問題で顕著に表れている。ニカラグア湖の生態系に打撃を与えるのではないかと多くの反対の声があったにもかかわらず、政府は建設計画を推し進めてきた。なぜならば、ニカラグア運河はパナマ運河のライバルとして、巨大な経済効果をもたらすと考えられるからだ。
経済が環境より優先されるという考え方が、これからエネルギー分野にも広がるのではないかと心配される。原油価格が低い現在、今なおニカラグアの電力の約半分を賄っている石油による火力発電が、再び増加するのではないかという懸念もある。世界銀行の気候変動投資基金会議で、ニカラグア政府は国家投資計画を発表し、原油価格の低さに妥協せず、2027年再生可能エネルギー発電を全体の91%にするという戦略目標が変わらないと主張した。その一方で、同じく再生可能エネルギーに力を入れている中央アメリカ国家のグアテマラでは、原油価格の低さが水力発電の発展を遅らせたと既に指摘されている。万が一原油価格が低く維持された場合には、ニカラグアがどのように対応していくのか期待し注目し続けたい。
気候変動によって大きな被害に遭っているニカラグアは、危機感を持ち地球に優しいエネルギー政策に力を入れてきた。しかし、ニカラグアの努力だけで、ニカラグアが抱えている問題が大きく緩和されることはない。温室効果ガスを大量に排出し続ける国々が同じような政策に本格的に取り組まない限り、気候変動が進み、世界中での被害が増える。パリ協定に署名しなかったニカラグアから、世界が見習うべきではないだろうか。

マタガルパ、ニカラグア 写真:Germán Enrique Padilla Díaz /flickr (CC BY-NC-SA 2.0)
ライター:Lisa Xu