GNVはこれまで、主に日本の大手新聞をはじめ、報道番組やネットニュースなどさまざまなメディアにおける国際報道の傾向について調査し、国際報道の少なさを指摘しつつ、国・地域や報道内容に関する偏りについて調査してきた。
今回の記事では、NHKの国際報道を専門に扱う番組である「国際報道」を取り上げる。国際報道専門の番組であるため、報道に占める国際報道の少なさはないが、地域的な分配はどうであろうか。2023年の1年間の放送の中で取り上げられた国・地域を分析し、その傾向を見ていこう。
目次
「国際報道」について
国際報道は2014年からNHK BS1で平日の午後10時から放送されている、40分間の報道番組である。2021年からは地上波での放送も開始しており、放送翌日の午前4時20分から前日放送の録画が放送されている。放送年が番組のタイトルにつくようになっており、例えば2024年中の放送における番組タイトルは「国際報道2024」となる。
この番組は、「いま世界で何が起きているのか」をわかりやすく伝えることを謳っており、世界の出来事やその背景をわかりやすく伝えることを目指している。番組の中では特に注目しているニュースが特集として扱われたり、NHKの前ワシントン支局長であり、番組キャスターを務める油井秀樹氏がニュースを解説する「油井’s VIEW」というコーナーがあったりと、ニュースの伝え方に工夫が見られる。また、政治や事件に関するニュースだけでなく、ビジネスやカルチャー、エンターテイメントの情報も取扱い、「世界を身近に感じる40分」をコンセプトに掲げている。
過去にGNVの記事で「国際報道2016」について取り上げたが、それから7年経って報道の傾向に変化があるのかをもう一度分析する。
注目される国、地域
まずは、国際報道2023の1年分の報道量を地域別に分けて報道の傾向を見ていく(※1)。最も多く報道されていた地域がアジアで、全体の38.6%を占めていた。次に多かったのがヨーロッパで31.9%、北米が13.6%と続く。この上位3地域で全体の84.2%と大部分を占めていることがわかった。2016年の調査の際も上位3地域は変わらず、合計で全体の84%を占めており、同じ傾向であることが読み取れる。また、中南米やアフリカの報道が極端に少ないことも読み取れる。2016年に5.2%(※2)であったアフリカは2023年では2.5%と減少し、2016年には1.3%であった中南米は2.0%とわずかに増加するも依然として低い割合である。
この報道の格差を読み解くために、各地域でどの国が多く報道されていたかを見ていく。アジアに関する報道では、日本に近く密接な関わりがある東アジア諸国(※3)の報道がアジア全体の44.3%を占めたり、2023年10月に大きな衝突が再発したイスラエル・パレスチナに関連する報道がアジア全体の16.4%を占めていた。一方で、東南アジアや南アジアの報道は少なくなっている。例えば、2023年に人口が世界一になったインドに関する報道がアジアに関する報道の3.1%にしか満たないのは特筆すべき点であろう。ヨーロッパに関する報道のうち、2022年からロシアとの戦争が続いているウクライナが関連するものが43.6%と約半数を占めており、ヨーロッパの中で次に多く報道されていたロシアと合わせると69.1%であった。北米についてはアメリカに関する報道が99.1%であり、地域内でも報道が一部の国に集中していることが伺える。
全体として報道量が少なかったアフリカでは、2023年の4月に武力紛争が勃発したスーダンに関するニュースが最も多く、9回程度取り上げられており、アフリカ全体の45.2%を占めていた。しかし、最後にスーダンが国際報道2023内で取り上げられたのは2023年6月22日放送分であり、2023年後半の紛争激化については一度も取り上げていない。中南米では、3回取り上げられていたメキシコが最多であった。
次に、先述したものも含め国別の報道を見ていく。図の通り特に多く取り上げられていた10カ国とその割合は、ウクライナが13.9%、アメリカが13.5%、ロシアが8.2%、中国が7.3%、イスラエルが4.9%、トルコが2.3%、ミャンマーが2.1%、北朝鮮が2.0%、タイが1.9%、イギリスが1.8%である。2022年までにGNVで行ってきた報道分析においてはいずれもアメリカと中国が国際報道の中心であったが、ウクライナがアメリカを、ロシアが中国をそれぞれ報道量で上回る結果になっている。
ロシア・ウクライナ戦争への圧倒的な注目は、国際報道2023の公式サイトからも明らかである。トップページには「ウクライナ情勢」の特設タブがあり、番組の内容や放送予定、記事などのタブが並ぶ中で唯一の地域別、テーマ別タブである。では、2023年におけるウクライナ情勢はそれだけの注目を向けるに値する動きを見せていたのだろうか。依然として続く戦闘により多くの死者が出ていたことは事実であるが、ウクライナによる反転攻勢が進まず、2023年には前線もほとんど動いていないことから、情勢としては膠着状態であったと言える。2023年には動きが激しく多くの犠牲を伴う武力紛争が他の地域でも起こっており、1つだけの特別扱いにも疑問が残る。
報道されなかったニュース
ここまで、国際報道2023において多く取り上げられた国や地域を見てきた。報道されていない国や地域においても重大な出来事は起こっている。GNVは「2023年潜んだ世界の10大ニュース」で日本の新聞がほとんど報道していない重大な出来事を取り上げている。国際報道2023がこのようなニュースを取り上げてきたのかをテーマ別に見ていく。
まずは環境問題から見ていこう。2023年に、気候変動や廃棄物などに関するさまざまな出来事が発生した。GNVが10大ニュースで取り上げたものとしては、G20諸国で化石燃料に対する補助金が4倍に急増したことや、イラクにおいて100年間で最悪の水不足が発生したこと、アフリカで初の気候サミットが開催されたこと、欧州連合(EU)が非経済協力開発機構(OECD)諸国へのプラスチック廃棄物輸出禁止に合意したことなどがあった。番組内ではこれらの出来事のいずれも取り上げられなかった。環境や公害に関する分野のニュースは番組全体の1.4%であり、あまり注目していないことが伺える。この少ない報道量の中でアメリカや、中南米諸国の環境問題に関するものが多かった。例えば、ニューヨークでの大気汚染の問題や、アマゾンの破壊に関する報道があった。
次に、教育に関する報道はどうだったか。GNVの10大ニュースでは世界の深刻な教員不足の問題を取り上げた。国際報道2023では、教育全般に関する報道は全体の1.6%であり、こちらもかなり少なかった。紛争などの影響で教育を受けられなくなった子ども達に触れられているのはウクライナに関する2件とミャンマーに関する1件の合計3件である。また、アメリカにおける教師不足についての報道も1件あった。しかし教師不足や紛争による教育への影響が最も顕著だと言われているサハラ以南アフリカについての報道はなかった。
続いて、保健や医療についての報道を見ていこう。2023年、GNVが10大ニュースで注目したのは結核薬のジェネリック製薬が可能になったことである。保健医療全般に関する報道は国際報道2023全体の1.2%であった。保健医療分野の報道の中で感染症に触れているものはいずれも新型コロナウイルスに関連するものであり、結核に触れているものはなかった。
最後に武力紛争やテロ、あるいはそれに伴う難民などの暴力に関する報道を見ていく。まず、戦争や紛争に関するニュースから分析する。この分野では、GNVの10大ニュースにおいてサウジアラビア国境警備隊による移民の虐殺により数百人が死亡したことや、ブルキナファソでの紛争やテロが激化し、死者が急増したことが挙げられていた。国際報道2023では、ウクライナの情勢に関するものが42.4%、イスラエルの情勢に関するものが17%と、大部分を占めていた。一方、サウジアラビアの移民虐殺事件やブルキナファソでの紛争は一度も取り上げられることはなく、アフリカで取り上げられているのはスーダンに関するニュースのみであった。また、テロ事件に関しては、2001年にアメリカで発生した同時多発テロ事件(9.11)や、2008年にインドのムンバイで起きたテロなど過去のテロを振り返るものが多かった。2023年に発生したテロについて扱っているものは7月に起こったパキスタンでの自爆テロの1件のみであった。
以上のように、世界的に見て非常に大きなニュースであるのにもかかわらず、国際報道2023においてはほとんど報道されていないというものが多かったと言えるだろう。
情報源から見る偏った報道の要因
ここまで、国際報道2023において報道されている国や地域と報道されなかったニュースを見てきた。では、報道される世界とされない世界があるのにはどのような背景があるのだろうか。この番組の情報源からヒントを得ることができる。国際報道2023は公式サイトにおいて「世界に広がるNHKの取材網と世界各地の放送局から届くニュースで構成する本格派の国際ニュース番組」と紹介されている。そこで、国際報道2023における報道の傾向をNHKの支局と連携している放送局の2つの要素から見ていく。
まず、NHKの海外支局を見る。NHKは海外取材の拠点となる海外総支局を合計29局有しているが、うち約半数である15局はアジアにある。また、アメリカの1カ国に3つ、西ヨーロッパに4つと、一部の地域に集中している。一方で先ほど極端に報道量が少ない地域として挙げたアフリカと中南米については、アフリカはカイロとヨハネスブルクの2つ、中南米はサンパウロのみと支局の数も極端に少ないことがわかる。支局の配置から、NHKがこれらの地域を重視しておらず、それが報道量の少なさに結果として表れていると言えるだろう。
次に、NHKが提携している放送局を、NHK BSで世界各地のニュースを放送している「ワールドニュース」から見ていく。ワールドニュース内に登場する放送局を見ると、アジアが10局、北米がアメリカの2局、ヨーロッパが西ヨーロッパの5局であるのに対し、中南米はブラジルのみであった。また、アフリカの放送局のニュースは見られなかった。
このように、海外支局や連携放送局の配置に地域的な偏りがあり、その偏りが報道の傾向にも表れているのだろう。
まとめ
ここまで、国際報道2023の報道の傾向を分析してきたが、結果としてGNVがこれまで行ってきたテレビや新聞、オンラインニュースなどの傾向とよく似ていることがわかった。依然として報道されていない地域や重大な出来事が多い一方で、過去に国際報道2016の分析をした時と比べると、ウクライナ情勢への圧倒的な注目が続いていることが目立っていた。
NHKの「国際報道」という番組では「いま世界で何が起きているのか」を伝えることをテーマにしているが、世界の一部を断片的に伝えているというのが現状であろう。この報道の傾向がどう変化していくのか、今後とも注目していきたい。
※1 詳しい調査方法は次の通りである。番組の公式ホームページに掲載されている放送アーカイブからトピックを抽出し、国や地域を分析する。各放送回のトピックで登場した国を数え、登場国が多数の場合、「1」を登場国数で割った値を各国の放送回数として計算している(例えば日本のみが登場すれば「1」として、日本とアメリカが登場すれば双方に「0.5」を放送回数として割り振る)。
※2 南スーダンへの日本自衛隊の派遣の関連で例年より報道量が一時的に多くなったと思われる。
※3 澳門(マカオ特別行政区)、韓国、香港、台湾、中国、北朝鮮を東アジア諸国としてカウントした。
ライター、グラフィック:Haruka Gonno
国際報道について、全てを偏りなく平等に報じることが良いとは思わないが、現状は偏りがかなりあることは明らかだと感じる。人報道されることがなければ、人々は海外の事象を知ることはほとんどできないので、報道機関としての役割は重要だと感じた。