ピトケアン諸島:反乱者の末裔が住む島

執筆者 | 2026年03月31日 | ICHIMAI World

これは2012年に嵐に遭って沈没したイギリス船、バウンティ号の2009年の写真だ。実はこの船は1962年に公開された映画「Mutiny on the Bounty」(邦題:戦艦バウンティ)の撮影のために作られたものであり、18世紀に実在した船がモデルとなっている。この映画の内容も実話をもとにしているが、史実は以下のようなものである。

1789年、タヒチ島から西インド諸島に向かっていたイギリスの武装輸送船バウンティ号で船長の横暴さに不満をいだいた乗組員が反乱を起こし、船長一派は小舟に流された。この反乱の首謀者フレッチャー・クリスチャンと船員たちは追手から逃れるために、船に乗っていたタヒチ出身の数人とともにタヒチ島から約2,170km離れた無人島、ピトケアン島にたどり着いた。1808年にアメリカの捕鯨船が彼らを見つけたとき、この島で生きていたのはかつての乗組員1人と彼らの子孫たちだったという。

周りの島を含むピトケアン諸島は今日イギリスの海外領土となっているが、現在も彼らの子孫たち約50人がこの島で暮らしている1999年、住民の多くが女性、特に子どもに対する性暴力に関わってきたことが明らかになり、複数人がイギリスの裁判において有罪判決を受けた。

 

太平洋諸国についてもっと知る→「太平洋諸国の危機?

海外領土についてもっと知る→「ヨーロッパではない『ヨーロッパ』

 

(写真:Kim Seng / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0]

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