持続可能な開発目標(SDGs)という言葉は、日本でよく知られており、生活にもあふれている。ニュース、バラエティー番組、CM、政府や自治体の活動、さらに街中でもよくSDGsを見かけるだろう。その報道量の多さはデータからも見ることができる。例えば、2023年の新聞において「SDGs」という言葉を含む記事は、朝日新聞で183件、毎日新聞で126件、読売新聞で220件(※1)だった。このように報道量が一因となり、新聞読者のSDGs認知度は95.3%と非常に高い。
世界の課題の多くが報じられない中、なぜメディアはここまで多くの世界や社会の問題をSDGsというレンズでとらえ、これほど多くのSDGsに関する発信を続けるのだろうか。
目次
メディアの注目が遅れるSDGs
では、SDGsはいつ頃から日本で注目されるようになったのだろうか。SDGsは2015年9月の国連持続可能な開発サミットで加盟国の全会一致で採択された。2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標であり、17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っている。まず、SDGsが生まれた背景と報道がSDGsに注目するようになった背景を振り返る。
SDGsの目標設定以前に、2000年9月に国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基にミレニアム開発目標(MDGs)が設定された。MDGsでは、「極度の貧困や飢餓の撲滅」、「初等教育の完全普及の達成」、「ジェンダー平等推進と女性の地位向上」など開発分野における2015年までに達成すべき目標が8つ設定された。MDGsの対象は主に低所得国であり、一部のターゲットが達成される一方で取り残された人々の存在も明らかになった。ところが、MDGsが日本のメディアで注目を浴びることは少なかった。
MDGsを引き継ぐ形で2015年から始まったSDGsは、持続可能でより良い世界を目指すことが強調され、目標は貧困、食や水、保健医療、教育、ジェンダー、環境問題、平和など17つに拡大された。SDGsは低所得国だけでなく高所得国も対象として含まれ、世界が密接につながっている中、低所得国を切り離すことができず、世界の持続可能性における高所得国の役割をより強調している。
SDGsが発表された当時は日本ではあまり注目を浴びず、朝日新聞において過去のSDGsに関する報道量を見てみると、報道量も非常に少なく、2017年からようやくSDGsが報道されるようになったことがわかる。
SDGsが広まった背景
SDGsに対する報道が広まった背景は、様々な解釈があるが、何か大きな変化があったというよりは、様々な要因が重なり合い現在においてもメディアが注目するようになったということを以下で探る。
上記のグラフからわかるように、2016年まで少なかった報道量が2017年に突然増え始めた。その背景には日本政府の動きがあるといえる。政府は2016年にSDGs推進本部を設置した。さらに同年、政府は「Society 5.0」という概念を発表した。Society 5.0とは、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に次ぐ5つ目の新しい社会を意味し、人工知能等をはじめとする革新技術を用いて経済発展と社会的課題の解決を両立させる人間中心の社会だとされた。経済発展と社会問題の解決を両立させることは、SDGsの目標達成に関わるとして、SDGsの達成に向けてSociety 5.0という概念が用いられることとなった。
しかしそれ以上に、環境問題に対する注目の高まりがSDGsへの関心をもたらしたと考えられる。SDGsの目標の中には「13.気候変動に具体的な対策を」、「14.海の豊かさを守ろう」、「15.陸の豊かさも守ろう」といった環境のゴールが含まれている。
これらの気候変動関連の目標が注目された背景には、「脱炭素」という言葉の影響がある。2017年にNHKスペシャル「激変するビジネス“脱炭素革命”の衝撃」で「脱炭素」という言葉が用いられ、反響を呼び、SDGsという言葉も登場した。番組では、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みであるパリ協定をきっかけに、二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする「脱炭素社会」を目指して世界が動き始め、世界の環境への取り組みやビジネスが大きく変わっていったことや、日本の技術で社会問題を解決する動きが放送された。「脱炭素」という言葉とSDGsとの関連付けはインパクトを与え、メディアでは2017年からSDGs関連の報道が増え始めた。政府においては、SDGs推進本部の設置など国内実施と国際協力の面で取り組みが進められ、社会問題の解決とSDGsのイメージがつなげられた。
環境関連の中央政府の動きは2017年以降も続いており、2019年にメディアで話題になることが多い小泉進次郎氏が環境大臣に任命され話題となった。さらに、2020年9月に菅義偉氏が内閣総理大臣に就任し、所信表明演説において、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。また菅首相は2021年4月のアメリカ主催の気候サミットにおいて、2030年度に日本の温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指すと宣言した。実際にこれらの時期に気候変動に関する報道量が各メディアで増加したことがGNVの調査で明らかになっている。
環境関連の動きは政治だけではなく、企業の影響も大きい。2017年4月、リコーが日本企業で初めて、事業を100%再生可能エネルギーで賄うことを目標とする企業連合である再生可能エネルギー100%(RE100)に参加し、2023年3月には78社の日本企業が参加している。この企業数はアメリカの99社に次ぐ多さであり、全体で399社ということからも日本企業が積極的に参加していることがわかる。
しかし、環境への関心だけではなく、社会問題などもビジネス界では注目されSDGsにつなげられるようになっている。環境問題の他に社会に配慮して事業を行い、適切な企業統治がなされているかを重視するESG投資が投資のトレンドになっている。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字からとられたもので、ESG投資は、利益だけではなく、企業の持続可能性を重視する。ESG投資の影響力は大きく、例えば日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は年金積立金を運用し、2023年度は224兆7,025億円という莫大な資金を扱っており、全面的にESG投資を推進している。こうして企業側はESGに注力し、事業活動をSDGsにつなげることができ、投資価値や企業価値が向上するという理由でSDGsやESGに注目するようになった。
このような動きに合わせてSDGs関連の報道が増えたとみられる。報道は政治的エリートや経済的エリートに寄り添う傾向があることは、過去のGNVの調査でも明らかになっている。内閣官房のような中央政府や大企業のSDGs関連の取り組みは少なからずメディアに影響を与え、SDGs報道が増えていったと言えよう。これらのエリートの関心と報道の関心が同時期に増加しており、またSDGs関連報道の内容から見ても、SDGs報道においては環境問題が全体の25%と多く報じられている。SDGsの目標は環境だけでなく、貧困、食、水、保健医療、教育、ジェンダー、平和など幅広いが、政治・経済エリートにおいても、報道においても、日本におけるSDGsの捉え方は環境問題に大きく偏っている。
報道機関の取り組みとしてのSDGs
SDGsを取材や報道の対象としてだけではなく、組織としてSDGs自体にコミットしている報道機関も多いようだ。例えば、TBSテレビでは2020年よりSDGsの概念に基づいて「地球を笑顔にするWEEK」というキャンペーンを実施している。2021年以降はキャンペーン期間を春と秋に1週間程度設けている。TBSラジオ、BS-TBS、ユーチューブ、SNSのエックス(X:旧ツイッター)など、企業全体としてSDGsに取り組んでいることがわかる。協賛企業として、トヨタ自動車、日産自動車、日清製粉、セブン&アイホールディングス、アサヒ飲料など多くの企業が支援している。このようにSDGsを冠としてキャンペーンは企業と共同で行っている。
また、SDGsへの取り組みを示すために多くの報道機関が国連メディア・コンパクトに参加している。国連メディア・コンパクトは、2018年9月、世界中の報道機関とエンターテインメント企業に対し、その資源と創造的才能をSDGsの達成を促すことを目的として設立された。2024年1月時点で国連メディア・コンパクトに217社もの日本の報道機関が参加している。世界全体の参加企業数が約400社であり、日本企業がおよそ半数を占めている。
今回SDGsとメディアの関係についての記事を書くにあたり、なぜここまでSDGsに注目されるようになったのか報道関係者にインタビューを行った。気候変動関連の番組を多く制作してきた番組制作会社「こそあど」のプロデューサーである橋本直樹氏によると、「SDGsは扱う問題の幅が広く便利で対応力がある」そうだ。つまり、SDGsを取り扱うことで環境問題への取り組みはもちろんのこと、あらゆる社会問題にも適応することができる。また、SDGsに関して「国連が取り組みを推進しているため信頼度が高い印象を与える」ことでメディア側としてSDGsを推進しやすく、メディアがSDGsに関わりやすい環境が整っている。
企業を引き寄せるSDGs
前章で企業がSDGsにコミットしていることを述べたが、具体的にどのようなメリットがあるのだろうか。SDGsには報道の対象としてだけではなく、商業目的のメディアにとっては、スポンサーとなる企業を引き寄せる必要があり、その一環でSDGsという概念が利用されている。ここではSDGs報道が続く背景をみていく。
今では、SDGs関連の環境問題や、ジェンダー問題がよく取り扱われるようになったが、もともとテレビ業界ではそれらの問題は視聴率が取れないということが言われていた。環境問題に関しては、日本は他国に比べ日常的に災害が起こるため、日本では気候変動などに対する意識が低いと報道関係者の間で感じられることが要因だとされる。過去の環境問題に対するメディアの姿勢を振り返ってみると、2000年代には、1997年に定められた京都議定書に続く取り組みや、2005年に開催された日本国際博覧会の愛・地球博、2008年の洞爺湖サミットの開催など、環境問題が盛り上がる時期があった。しかし、現在のSDGsのような継続的な盛り上がりにはつながらなかった。
それではなぜSDGsは現在盛り上がっているのだろうか。「自社の環境への取り組みを「わかりやすく」アピールしたい企業側と、読者や視聴者の興味を引きにくい気候変動などの複雑な問題を「わかりやすく」伝えたいというメディア側とのニーズがマッチしているから」と橋本氏は語る。メディアとスポンサーの関係、テレビにおいてはコマーシャル(CM)契約について取り上げる。TBSのSDGsウィークで多くの企業が協賛したことを述べたように、SDGsを取り上げるメディアのスポンサーになる企業は多い。これについて、「スポンサーになりコマーシャルを放映することで視聴者に企業がSDGsに取り組んでいるという好印象を与えることができる」と橋本氏は言う。
企業のSDGsに特化したページや、企業の商品、サービスよりも、テレビCMから視聴者が情報を受け取ることが多いことから、テレビCMが企業イメージの浸透に効率的な手段であると言える。企業のSDGsへの取り組みが視聴者、つまり社会に知られることには様々なメリットがある。例えば、ESG投資の対象としてのアピールとなる。これに関しては投資される企業だけではなく、証券会社もアピールしており、野村證券は持続可能な企業への投資を心掛ける内容のCM を公開している。ESGの取り組みの認知経路も、SDGsと同様にメディアの番組や記事である場合が最も高いという結果が出ており、やはりメディアの影響が大きいことがわかる。
また、メディアで企業のSDGsやESGの取り組みを知った後に行動に移したことがある生活者の割合は43.8% にも及び、メディアを通じて企業の取り組みが知られることが重要であると考えられる。このように企業側にはSDGsを取り上げるメディアのスポンサーになることのメリットが大きく、SDGsをメディアが扱うことでCMの枠が売れるという構図はしばらく続くと考えられる。
放送外ビジネスとしてのSDGs
近年、テレビ局はテレビ番組のみで生き残っていくことは厳しいという流れがあり、SDGsは放送ではない新規ビジネスへのツールとして注目されている。実際にテレビ東京ホールディングスは2019年4~9月の決算が前年比33.6%の営業減益となり、放送外収入を増やしていくことを宣言している。テレビというメディアの立ち位置が変化したことで、今までの視聴率と広告収入に頼ったビジネスモデルが徐々に通用しなくなっており、放送外収入を創出することはテレビ業界に共通した課題となっている。SDGsは放送外ビジネスとどのようにつながっているのだろうか。
放送局は地元とのつながりにより独自の特徴を出している。そこで自治体とのつながりを作る事例が見られる。SDGsと事業とのつながりは一見わかりづらいが、名古屋テレビ放送のプロデューサーである村瀬史徳氏は「報道機関の役割と行政の思惑が一致した」と述べており、「看板」としてSDGsを掲げることで様々な事業を展開している。例えば、2023年に名古屋テレビ放送は、音楽番組を出張して文化会館で開催し、多文化共生をテーマにしたイベントを開催した。このように企業として地域イベントとSDGsを結び付けて社会にアピールしている。また、中央政府としても2021年度の予算案において「放送コンテンツ等が、放送局と地方公共団体や地場産業との連携を通じて日本の魅力を発信するコンテンツを作成、発信するため」の地域情報発信力強化事業等に2億円が充てられている。
放送外ビジネスは自治体との関係に限られず、SDGsという共通の志や共感という概念に基づき新たに構築された異業種を含めたパートナーシップがある。従来の放送という枠組みを超えて商社としての事業など新たなビジネスとして可能性を探っている。他にも放送外ビジネスの例は数多く存在する。
まとめ
これまで見てきたように、SDGs報道が継続される背景には、「SDGs」という言葉の利便性や報道機関と企業の双方のメリットがあるが、メディアの読者や視聴者の需要が関連する部分ももちろんある。例えば、SDGsに関心が高いとされる若者向けの報道機関の中で、SDGsを大きく扱っているものもある。しかし、SDGsが日本の報道の中で台頭した経緯を見渡すと、報道機関や企業がその需要に応えている以前に、需要を作ってきていた経緯がある。
また、世の中はSDGsの実際のゴールの達成に向けて取り組んでいるというより、SDGsという概念からメリットを見出し利用している側面が大きいように見受けられる。SDGsが世界全体の問題を扱うものにもかかわらず、日本の報道での対象はほとんど国内事象に限られている。また、SDGsよりも前から行ってきた活動をSDGsの枠に当てはめるものも少なくない。このようなことから、メディアや企業広告などがSDGsで溢れる一方で、実態が伴わないのにも関わらず、SDGsに取り組んでいると見せる「SDGsウォッシュ」(※2)が目立つ。
実際にSDGsが2030年までに達成する見込みは極めて低いのが実態である。報道されている世界と見比べながら世界では何が起きているのかを批判的に見ていきたい。
※1「SDGs」を見出し、本文に含まれる文字列として2023年1月1日から2023年12月31日の期間で検索。
毎策、朝日新聞クロスサーチ、ヨミダスを利用。
※2 実態が伴わないのにも関わらず、SDGsに取り組んでいると見せること。
ライター:Junpei Nishikawa