東アフリカからサウジアラビアへの入国を試み、その国境付近でサウジアラビアの国境警備隊により多くの難民や移民が虐殺されている。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によるとその人数は、2022年3月から2023年6月の間に少なくとも665人に上るとされている。このように、サウジアラビアの国境付近では難民や移民(※1)に対する人権侵害は多く報告されているが、なぜ多くの東アフリカの人々はサウジアラビアを目指すのか。どのようにしてたどり着くのか。そしてなぜ殺害されるのか。この記事では、アフリカ大陸の北東部(通称アフリカの角)から海を渡りイエメンやサウジアラビアにかけるルート、通称「東のルート」に焦点を当て、これらの問題についてみていく。
目次
東のルートとは
アフリカ大陸の北東部に位置するジブチとアラビア半島に位置するイエメンとの間にはバブ・エル・マンデブ海峡があり、その幅は約30kmとなっている。
両地域は距離が近いことから歴史的なつながりは深い。両地域の関わりは紀元前にまで遡り、紀元前10世紀に、イエメンが位置する地域からエチオピアが位置する地域にセム系の人々が移り住んだことが記されている。以後もアフリカ大陸の北東部とアラビア半島では、貿易や宗教による関わりが続いている。さらに現在、バブ・エル・マンデブ海峡にはヨーロッパとアジアをつなぐ海上の貿易ルートという一面もある。
貧困や災害に加え、1990年代にソマリアやエチオピアなどで多発した武力紛争の影響により、近年、アフリカ大陸北東部からイエメンへの難民の移動が活発になった。また、1990年に統一されたイエメンがアラビア半島で唯一1951年の難民条約を批准していたことも、イエメンを目指す難民や移民の増加の理由として考えられる。しかし、イエメンでも1994年に武力紛争が発生していたり、深刻な貧困問題を抱えてきたり、必ずしも安定した難民の受け入れ国というわけではなかった。
難民となったアフリカの人々の大半は隣国等の大陸内にとどまっており、隣国が受け入れ国となっている場合が多い。労働のための移民についてもアフリカ大陸内の移動が大半である。しかし、難民や移民の一部はアフリカ大陸の外部を目指す。出発地や状況によって様々なルートがあるが、大きく分けると、サハラ砂漠を超えアフリカ大陸北部から地中海を渡ってヨーロッパを目指すルート、アフリカ大陸北東部から紅海やアデン湾を渡ってイエメンを目指すルート、通称東のルートがある。この東のルートは2019年の時点では地球上で最もよく使われている難民や移民用の海上ルートとなっていた。
次に、東のルートについて詳しくみていく。まず、アフリカ大陸からイエメンを目指す難民や移民はアフリカ大陸の北東部の中継地となる海岸地域へ向かう。主な中継地としてソマリア北東部のプントランドの都市であるボサソとエチオピアの東に位置するジブチの都市であるオボックの2つが挙げられる。そしてアデン湾を渡りイエメンを目指す。誘拐等の人権侵害がオボック発のルートでより顕著になっていることもあり、近年はボサソ発のルートの方が頻繁に使われている。そして、イエメンに到着した難民や移民の大多数は砂漠を通ってサウジアラビアを目指す。
難民や移民がなぜ多いのか
東のルートを使うのは主にソマリアとエチオピアからの人々である。なぜ、これらの国々から多くの人々が移動しようとするのか。
ソマリアの近年の動向についてみていく。1991年に中央政府が崩壊し、ソマリア全体を統治する政府が存在しておらず、紛争 が続いている。また、1991年にはソマリランドが独立宣言を行い、1998年にはソマリア北東部のプントランドが自治州化 した。2006年のエチオピアによる軍事介入、2007年のアフリカ連合ソマリア平和維持部隊(AMISOM)の展開、2011年のケニアによる軍事介入など外部からの介入もあった。2012年には新たに憲法が採択され、ソマリア連邦政府が設立 された。この政府はソマリアの統治を目指す正式な政府として誕生した。しかし、アルシャバブという武装勢力と政府との間での武力紛争や、多発するテロ事件など、国内の問題は多く残存しており、国の統治は限定的である。
また、干ばつなどの自然災害にも悩まされている。直近では、2022年から2023年の間にここ40年間で最悪と言われる干ばつが起こった。干ばつの影響により不作が続き、飢餓も深刻化している。干ばつに悩まされている国家であるが、2023年には100年に一度と言われるほど大規模な洪水にも見舞われた。これらの自然災害も紛争の一因となっている。また、貧困率も高いことや紛争の影響により、約390万人の子どもが学校へ行けていない。
次にエチオピアの近年の動向についてみていく。1991年に長年の独裁政権が倒され、1993年にはエリトリアの独立が決定した。しかし、大規模な武力紛争が終わったものの、国内情勢が完全に落ち着くことはなかった。オロモ解放戦線(OLF)やオガデン民族解放戦線(ONLF)の勢力がエチオピア政府に抵抗していた。また、1998年にはエリトリアとの国境紛争が発生した。その後エチオピアとエリトリアの国交断絶状態は続いたが、2018年にアビー・アフメド氏が首相に就任したことがきっかけとなり、両国の国交正常化が実現した。また、アビー氏は政治体制や経済に関する改革も行った。しかし、2020年からのティグレ州との紛争や一部のオロモ州の人々との対立など、統治上の問題は残存している。
また、エチオピアにも干ばつ等の自然災害による問題もある。前述したソマリアでの干ばつは東アフリカに幅広く広がっており、エチオピアにおいても近年干ばつは深刻化している。干ばつはエチオピアに飢餓をもたらしている。また、貧困が以前から蔓延しており、農業以外の雇用機会も不足している。
このように、ソマリアやエチオピアから多くの難民や移民が発生しており、その多くが東のルートを通じてアラビア半島に移動している。しかし、東のルートの経由地であるイエメンにおいて、2014年から武力紛争が発生しており、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)等による大規模な軍事介入も伴った。この武力紛争による直接死と間接死を合わせた推定死者数は、数十万人にも上るとされている。また、サウジアラビアとUAEは介入に伴い、イエメンとの国境沿いの陸海空を封鎖してきた。このような状況であるが、イエメンに入国する難民や移民の数は減少しておらず、増加傾向にある。紛争によってイエメン国内の統治が様々な勢力に分割されていることに乗じて、取り締まられずに入国できると考える人々もいると考えられている。また、イエメンで紛争が起こっていることを知らずに目指す人々もいる。
中継地から海上へ
東のルートにおける中継地及び海上への出発地は上記で挙げたジブチにある都市オボックやソマリアにある都市ボサソの他、ジブチにある都市トゴチャレなど、様々な都市がある。また、ソマリランドにある都市ハルゲイサなど、中継地となる都市もある。ここではジブチに焦点を当てる。
ジブチでは、世界銀行から得られるデータによると、2017年時点において国民の82%がエシカルな貧困ライン以下で暮らしている(※2)。ジブチは裕福な国であるとは言えないが、多くの人が集まる場所となっている。ジブチには難民や移民の中継地としての側面の他、他国の軍事基地という側面もあり、アメリカ、中国、フランス、日本、イタリア等の軍事基地が設置されており、サウジアラビアも設置を予定している。ジブチはアジアとヨーロッパをつなぐ、海上経路のボトルネックとなっているバブ・エル・マンデブ海峡に面しているため、各国による自国の貿易ルートの防衛という戦略的な意味合いがあると考えられる。また、政府間開発機構(IGAD)という地域組織(※3)の本部も置かれている。
ジブチから海を渡り移動を試みている難民や移民は毎年20万人以上にも上ると言われており、2022年には少なくとも22万人もの難民や移民がジブチに入国している。2023年にはジブチ政府により取り締まりを行うことが発表され、移民に対して強制送還を開始した。
中継地から海上へ出発した難民や移民は、度々人権侵害の危険性にさらされることになる。難民や移民が海を渡るために用いるボートは密輸業者が手配するが、身代金目的の拷問や人身売買の被害に遭う危険性がある。そのため、信頼度の高いブローカーに頼る必要がある。無事にボートを手配してもらい海上に飛び出しても、危険な状態に身を置かれている状況は変わらない。イエメンを目指すボートは、大勢の人々で過密状態となっており、水や食料もないと言われている。過密状態の緩和のため、移民をボート外へ放り出すという事件も報告されている。
それに加えて、東のルート周辺の海は荒れていることが多い。東のルートの海上におけるボートの転覆事故は多数報告されている。2023年に確認されたものとして、8月にジブチ沖で移民が乗ったボートが難破し24人以上が行方不明となった事故や、11月にイエメンへ向かう途中のボートが転覆し64人が行方不明となった事故等がある。このように、東のルートの海上では多くの人々が命を落としている。
イエメンからサウジアラビアへ
イエメンでは紛争が続いており、その影響は東のルートの海上にも及んでいる。2017年には東のルートの海上で、140人の難民や移民を乗せたボートがイエメンに介入していたUAE軍のヘリコプターから発砲を受け、42人が死亡した事件も報告されている。
イエメン国内でも紛争の影響があり、人身売買、誘拐、拷問等の犯罪に対する規制が弱くなっており、密輸業者の取り締まりも十分に行われていない。実際、イエメンに到着後の難民や移民が密輸業者による暴力、恐喝、拷問、労働の強要などの被害を受けたと報告されている。また、北部の首都を含みイエメンの大部分を統治しているフーシ派勢力と南部を統治する勢力の双方が、難民や移民に対して拘禁、虐待などの残虐行為を行っているという報告もある。両勢力が反移民的な行動を示していることもあり、イエメンでの庇護申請が困難化している。これは、難民や移民が敵軍に徴兵、搾取されることを恐れているからだと考えられる。
拘禁された後に強制送還をされても、自国の状況から逃れるため、再び海を渡ってイエメンへ向かうというループを何度も繰り返している人々もいるという。東のルートを使用する人々の中には、アラビア半島に渡り仕事を得て家族に送金し、自国の劣悪な状況を逃れたいという考えが多くみられる。そのため、このような困難を乗り越えてでも、多くの人々がサウジアラビアを目指す。UAE等その他の国を目指すものもいる。
サウジアラビアはイエメンとの国境沿いにフェンスを設けており、国境警備隊を配置している。そして、イエメンからサウジアラビアの国境線までたどり着いた難民や移民は、冒頭で述べたようにサウジアラビアの国境警備隊によって直接命を狙われる。サウジアラビアとイエメンの国境付近では、サウジアラビアの国境警備隊が難民や移民を至近距離から射殺した事件や、迫撃砲で攻撃する事件が頻発している。サウジアラビアの国境警備隊により殺害された難民や移民の数は、2022年3月から2023年6月の間に少なくとも665人は確認されており、数千人に上る可能性もある。国際連合人権理事会(UNHRC)に委託された専門家らは、サウジアラビア政府が難民や移民の殺傷を組織的に行っているのではないかという疑惑について言及したが、サウジアラビア政府はこれを強く否定している。
サウジアラビアと移民
サウジアラビアは難民条約に非加盟であったり、国境沿いの警備の強化をしたりなど、アフリカからの非正規移民を止めようとしている一方、移民の労働に頼っている面もある。サウジアラビアでは、石油産業を通じた経済成長により、多くの雇用が生み出されている。そのため、多くの移民がサウジアラビアへ集まり、民間の労働力の80%以上を移民労働者の労働が占めている。国際移住機関(IOM)によると、2022年時点では推定75万人のエチオピアの人々がサウジアラビアに居住しているとされている。この移民労働者には、合法的な移民と不法的な移民の双方が含まれている。また、移民労働者の中には長時間労働や虐待など、人権侵害の被害を受けている者も少なくない。
サウジアラビアは不法入国者に対しては法的地位を与えておらず、逮捕、起訴、強制送還される場合もある。サウジアラビア政府は2019年に、61,125人の不法入国者を拘束したと発表している。拘束された難民や移民が送られる拘置所の環境は劣悪なものである。過密状態であり、食料や水、医療も不十分であるという。拘置所内で虐待を受ける場合もある。そのような拘置所内で拘禁された後、強制送還される。2017年よりサウジアラビア政府が難民や移民の取り締まりを強化したことに伴い、難民や移民に対する人権侵害がより深刻化した。
西側諸国政府は、特定の他国に対しての人権問題を指摘している一方、以上のようなサウジアラビアによる難民や移民に対する人権侵害の問題、並びに東のルートの話題は大きく取り上げていない。例えば、アメリカ政府はサウジアラビアとイエメンの国境付近での虐殺を知りながらも、公では言及や批判をしてこなかった。このような西側諸国政府が大きく取り上げないことは、サウジアラビアとの関係、特に石油や武器の貿易等の戦略的な関係に起因すると考えられる。アメリカやイギリスはイエメン紛争においてサウジアラビア連合軍の支援を行ってきた。
また、アメリカやドイツは、イエメン軍やサウジアラビアの国境警備隊の訓練に関与していたり、武器の提供を行ったりしてきた。日本も石油においてサウジアラビアに大きく依存している。また、サウジアラビア政府は多額の費用を用いて娯楽、文化、スポーツ等の国際イベントを開催するなど、人権侵害を行っている事実から目をそらさせようとしているとHRWは主張している。
対策
この記事では、東のルートを用いるアフリカからの難民や移民の現状及び彼らに対する人権侵害の問題についてみてきた。これらの問題は必ずしも無視されてきたわけではない。
国家によって行われた、問題の改善に向けた動きと捉えられるものがいくつかある。2013年にエチオピアは国外での自国民に対する人権侵害を受け、自国民の中東への渡航を5年間禁止した。しかし、当該禁止令は不法移民の発生に拍車をかけた可能性が高いと考えられている。2019年にはエチオピア政府とサウジアラビア政府は家事労働者の採用制度の合意をし、移民の労働の安全性の向上を図った。そして、2023年のHRWの報告を受け、エチオピアの外務省はサウジアラビアと連携して、難民や移民に対する人権侵害に関して調査を行うと発表している。しかし、この発表はエチオピア政府がサウジアラビアとの経済的な結びつきを考慮して、控えめな対応をしているという指摘 もある。
また、国際組織による動きも存在する。IOMはイエメンで難民や移民の支援を実施している。安全な帰還経路の提供、人権侵害から生き延びた人々の保護や救済、難民や移民に対する医療の支援、水等の物資の提供など、IOMの支援は多岐にわたる。
上記のような動きは存在するのだが、この膨大な問題に対する十分な対策とは到底言えない。この地域でみられる貧困、飢餓、紛争等の難民や移民が発生する根本的な原因が取り除かれない限り、多くの人々が危険な状況だとわかりながらもアラビア半島へ出発することを止めることはできないだろう。東のルートに関係する今後の動きに目が離せない。
※1 難民と移民の完全な区別は困難であるため、この記事では難民と移民の双方を総称する場合は「難民や移民」と表記する。
※2 世界銀行が2019年時点において定めた極度の貧困ラインは1日あたり1.9米ドルである。しかし、人間が生活することを考えるとこの基準は現実的ではないとして、その代わりに「エシカルな(倫理的)な貧困ライン」を提案する研究者もいる。これは、寿命と所得の関係から生き延びることが保障される最低ラインのことであり、2019年当時は1日7.4米ドルとされていた。GNVではこのエシカルな貧困ラインを採用している。ただし、世界銀行のデータから調べることができる貧困率の基準は、1日7.0米ドルのものと7.5米ドルのもののみであったため、よりエシカルな貧困ラインの1日7.4米ドルに近い7.5米ドルを採用した。
※3 政府間開発機構とは東アフリカにおいて1996年に設立された干ばつ等の自然災害の対策を講じる地域組織である。
ライター:Ryoga Kuniyoshi
グラフィック:MIKI Yuna
サウジアラビアが国として組織的な大虐殺をしているというのは驚きであり、恐ろしいです。
なにも殺害することはないのではないかと思いました。殺害する前に移民、難民をどうするか、国内だけでなく、国外でも議論を訴えるなどすることが必要なのでは